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18.柚子、かぼす、すだち、みんな違ってみんないい

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 「これ、黄色い部分だけすりおろせばいいんだよな?」

 「うん。深追いしないようにお願いします。皮と身の間の白い部分は苦みの原因になるから」

 お家に帰って、お茶を飲んで一息ついて、干してあった洗濯物を取り込んで畳んで。
 それから、私達はキッチンに二人で並んで、湯豆腐の準備をしていた。

 「わかった」

 そう言って腕まくりをし、おろし金と柚子を手に取る仁ちゃん。
 仁ちゃんの大きな手で掴むと、ただでさえ小ぶりな柚子が、一層小さく見える。

 「いい香り……」

 ゴリゴリという音と同時に広がる、爽やかな香り。
 そして……その動きに合わせて隆起する、前腕の筋肉。

 「ん? すり方間違ってる?」

 「あ、ううん、全然大丈夫! その調子でお願いします!」

 いけない。つい見惚れてしまった。
 私、仁ちゃんの腕が好きなんだよね……。

 元々マッチョな人が好きとかそういうわけでは無いんだけど。
 筋肉そのものが、というよりは、がっしりとした体つきに、仁ちゃんの実直なストイックさとか、頼もしさとかが現れているように思えて……うん、結局は仁ちゃんが大好きだから、仁ちゃんのパーツの一つ一つも大好きなんだろうな。

 力こぶで膨れる二の腕も。手の甲に浮き出る筋も。真剣な横顔も。
 柚子一つすりおろすだけで、こんなにもカッコいい人は、この世に仁ちゃんだけだと思っちゃう。
 
 「気持ち悪い人だな……」

 「ん? なに?」

 「あっ、ううん、ただの自虐」

 「自虐?」

 「なんでもないの。あ……黄色い所なくなったら、絞って貰ってもいい? 小さいから、果汁あんまり取れないかもだけど」

 なんていうのは、要らぬ心配だったようで。

 ブシュッ!

 仁ちゃんが握りしめると、柚子はたちまちぺったんこになって。中サイズのボールの底が見えない位に、果汁が取れた。
 さすがはSSSの握力……。

 「あ、悪い。汁飛ばなかったか? 潰し過ぎないように、力加減が難しくて」

 「あはは、今のでも加減したんだね。すごいなあ、さすが仁ちゃん」

 思わず、笑ってしまった。
 クールな仁ちゃんが小難しい顔をして柚子を握りしめてる姿が、なんだか可愛らしくて。

 「あ、種は取っておいてくれる? 後で植えるから」

 掌についた皮や果肉のカスや種を洗い流そうとしていた所に声を掛けると、仁ちゃんは少し驚いた顔をした。

 「植える? これを?」

 「意外とちゃんと育つんだよ。物心ついた頃から、食べ物の種は一通り植えてみるんだ。いざという時安心だから」

 「いざという時?」

 「昔はお腹が空くと、公園や川辺の野草を食べてたんだけどね。うっかり毒があるのをとっちゃって、ひどい目にあった事があるの。それからは気軽に手を出せなくなっちゃって。お家で育てているものなら、いざという時でも安心して食べられるでしょ? だから」

 と。
 取り返しのつかない所まで説明してしまった所で。ハッとした。

 隣にいる仁ちゃんの顔を覗き込むと……案の定、大分困惑している様子。

 「ご、ご、ごめん! こんな話……っ」

 やってしまった。

 離乳食の為だけに専門のシェフを雇うような家で育って仁ちゃんには、あまりにもショッキングな内容。
 絶対に引かれたに決まってる。

 なんて頭を抱えていたんだけど……仁ちゃんはふっと笑って。

 「たくましいな、唯は。優しくて控えめなのに、弱くはない。そういう苦労が、唯を強くしたんだな」

 「……仁ちゃん……天使?」

 『なんだよそれ』と、仁ちゃんはまた笑ったけど。

 ドン引き必至のエピソードさえ、ポジティブに変換して受け止めて、温かい言葉を返してくれる。
 これはもう、人類の優しさの限界を超越した、天上人の行いとしか思えない。

 「あ、でも今の話、親父と母さんにはするなよ。絶対泣き出す。で、その後少なくとも3年はあらゆる高級食材を送って来るぞ」

 「あ~……二人とも優しいから、その可能性あるね。うん、内緒にしとく」

 ああ……あの頃の、野草を片手に公園をうろついてた私に教えてあげたい。

 もう少し……もう少しだけ頑張って生き抜いていれば、その苦労をたくましいと褒めてくれる人に出会えるよ。私の苦しみに涙をしてくれる人に出会えるよ。

 そんな、なんだかホコホコした気持ちで、おネギを切ろうとした時――
 仁ちゃんが『唯』と、低い声で、改まった調子で私の名前を呼んだ。

 「うん?」

 「俺は……野草を食べてた唯自身には、負の感情はまるでない。ただ――そんな生活を唯に強いてた人間を、絶対に許さない」

 怒鳴ったりわめいたりなんて事は、まるでないけれど。燃えるような怒りをはらんだ、言葉。

 真剣な顔で私の方を見る、仁ちゃん。

 「この前ホテルで……男達を雇って唯を狙った連中についてだけど」

 「…………う、うん」

 そうか。さっき一輝さんから何か報告があったのかな。
 『そんなに怖くなかった』というのは嘘じゃ無かったけど。やっぱり少し、肩に力が入ってしまう。

 「あいつらを雇った……犯人ていうか……黒幕は…………」

 「うん」

 珍しく、勿体ぶった言い方をする仁ちゃん。固唾を飲んで、続きの言葉を待つ。
 けれど――

 「……黒幕……とかは、特にいなかった」

 「え?」

 「あのホテルで飛鳥が……血統種がパーティーをやるって知って、誰でもいいから拉致って金にしようと考えての犯行だったって、供述してるらしい。唯を狙ったのも、俺よりも唯の方が弱そうだったから、だと」

 「そ……っか」

 自然と、安堵のため息を漏らしてしまう。

 無差別誘拐なんて、恐ろしい犯罪には変わり無いんだけど。
 私個人を……私の能力を知った上で狙われたわけじゃないのだと、わかったから。

 「だから、今まで通りに過ごしてて大丈夫だと思う。ケルベロスもいるしな」

 「一輝さん、スーちゃんも今まで通り、私の傍にいて貰っていいって?」

 「大丈夫だろ。特にきかなかったけど、返してくれとは言ってなかったし」

 「そっか……。改めて、お礼を伝えておいてもらってもいい?」

 「だからいいってもう。今日の豆腐で、向こう10年はありがとうのあの字も必要ない」

 「ふふ、お願いね」

 本当は、自分で直接お礼を言うべきなんだけど……一輝さんは多分、私を良く思っていない。

 今日買った贈り物も、本当は明日仁ちゃんに会社で渡して貰おうと思ってた。
 一輝さんは直接私には会いたくないだろうから。
 お家にあげてくれたのも、あくまで仁ちゃんが一緒だったから。だろうし。

 「一輝さんてさ、本当に仁ちゃんが大好きだよね。いいなあ、幼馴染とか、親友とか」

 「気持ち悪い事言うなよ。あいつが俺の使い走りしてんのは、俺が社長になるのを見越しての事だから」 

 「仁ちゃんが絶対社長になるって、信じてるって事じゃない」

 一輝さんはきっと、仁ちゃんの為なら何だってする。
 亜種である私にも優しく接してくれるのも、自分の使い魔を護衛に付けてくれているのも、仁ちゃんの為。仁ちゃんがそう望んでいるから。

 私はやっぱり誰にでも疎まれる。
 誰かの力を借りなければ、誰かの協力を得る事も出来ない。

 こんな私が傍にいたら……いつか仁ちゃんを、不幸にしてしまうんじゃ。
 そんな不安は常につきまとっているけど――

 「っつ……!」

 「どした」

 いけない。ネガティブ思考に陥ったまま包丁を握ったら、やってしまった。

 「大丈夫、指先ちょっと切っちゃっただけ」

 「みせて」

 そう言って私の手を取る仁ちゃん。

 え。これはまさか。

 「じじ仁ちゃん!?」

 漫画とかドラマでよく見る、あのシーン。
 それが、まさか自分主観として展開されるのでは。

 そんな妄想を勝手に膨らませた私は、笑える程に声をひっくり返してしまうのだった。
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