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4.ドラマの社長室とかにある電話でボタン押すだけで通話できる機能って要はスピーカーホン?

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 やらかした。

 やらかしたやらかしたやらかした――。

 津波のように押し寄せる後悔と苛立ち。
 それをぶつけるように、エレベーターのボタンを連打する。

 3か月も前から準備してたのに。部屋もケーキもプレゼントも。
 驚く唯の顔を想像しては、にやけながら。
 
 部屋に入ってからも……クソどうでもいいスイートルームのうんちく話をしたりして、高ぶる心を必死に抑えていた。

 なのに――さっきの電話一本で、台無しだ。

 電話で話す時は受話器を取る。
 こんなごく当たり前の動作を怠ったがために――。
 

 国内屈指の血統種人材派遣会社、アスカセレスチャルグループ。
 その経営の要と言っても過言では無い、人事部スカウト課。

 そこに配属された社員には肩書に関わらず個室が与えられる。
 優秀な血統種を見つけ出し、雇用契約を結ぶという職務に専念できるように。

 個室の固定電話が鳴ったら受話器を取らずボタンで『ピ』、の生活が始まったのはそれからだ。

 社内随一の花形部署。出生街道まっしぐら。
 唯からも『やっぱり仁ちゃんはすごいね!』とか言われて。
 完全に調子に乗っていた。
 同期入社の奴で個室を与えられ、こんな電話の取り方を出来てる奴は他にはいないだろうと。

 ピ。で、通話をする度に、ドラマに出て来る社長的な人間になれたような……唯が誇れる夫になれているような気がして、浮かれまくっていた。

 まさかその報いが、こんな形で訪れようとは――。


 「今度から、電話は必ず受話器で取ろう……」

 無駄に広いエレベーターの中で、一人呟く。

 唯は、電話の相手が何を言ったか聞こえなかったと言っていたけれど、本当だろうか。
 嘘がド下手と言っておきながらアレだけど。テンパり過ぎてて、咄嗟に真偽のほどを判断できなかった。

 でも唯の性格から察するに、俺に気を遣って嘘をついた……可能性が高いんだろうな。
 
 唯は……優しいから。


 『私が仁ちゃんの役に立てるなら……喜んでお嫁さんになるよ』


 俺が結婚を申し込んだ時も、そうだった。

 好きでも無い男の名で戸籍を汚す事を……役に立つならと快諾してくれる子だ。
 唯は、俺や親父や母さんに過剰な恩を感じているから……それに報いたいという想いがあったのだろうけど。

 それを利用した事に、罪悪感はある。当然ある。
 でも……それでも、どんな手を使ってでも、阻止しなきゃならなかったんだ。特別養子縁組で、俺と唯が兄妹になる事は。


 「飛鳥様! わざわざお越しいただいて申し訳ありません! 先程お電話が途中で切れてしまったようで……」

 フロントに着くと、どうやら通話相手だったらしい男性スタッフがホッとした顔で出迎えてくれた。

 「……いえ。直接話したほうが早いと思って」

 お越しいただいて申し訳ありませんじゃねえよ。謝るのそこじゃねえわ。サプライズだっつーのに、嫁さんもいる部屋に電話してくるってどーゆー神経だよ。唯が電話取ったらどうするつもりだったんだコラ。唯の笑顔見る為に俺が今日までどんだけ社畜的に仕事してきたかてめぇは知らねえだろ。スカウト社員は成績次第で給料の桁が変って来るから、毎日リサーチに次ぐリサーチで平均睡眠時間3時間、何十人というスカウト候補の血統種と面談する為に猛暑の中を歩き回り、靴底をすり減らして履きつぶした靴はこの3か月で5足。まぁそんなんで唯が喜んでくれるなら安いもんだけど、その努力をお前が無にしていいって事にはならねえんだよわかってんのかクソ野郎。

 と、いう心の声は、口には出さない。

 俺は唯のように優しくないし、基本唯以外の人間はどうでもいい。
 だからアスカの後継者候補という立場を利用して、この場でこいつをつるし上げてもいいんだが……しない。
 もし唯が、自分が原因で一人のホテルマンが失職したと知ったら……きっと心を痛めるだろうから。

 「それでは早速でございますが……奥様へのお誕生日ケーキとお花束は、いつお持ちいたしましょう? ご予約時のお打ち合わせでは、チェックインが8時前後予定なのでその後に。という事でしたが……今夜は大宴会場で、飛鳥社長主催のパーティーのご予約を頂いておりまして。お客様もそちらに出席され……ますよね?」

 そう。俺がここのスイートを予約した後に、社長からパーティーの招待状が届いた。
 あの時から、計画が狂い始めたんだ。

 本当なら今日は、唯の大好きな蝶を観察できる都内の昆虫館を巡って、専門書を扱ってる大型書店に行って幼虫の飼育専門書を大人買いして、その後東京湾でクルージングディナーして、ホテルに帰ってきたら花束とプレゼントを渡す予定だったのに。

 「いや、パーティーには出ません。あの、予定が変わりまして。夕飯を部屋に用意してもらうとか、今からじゃ無理ですか? ケーキはその時、デザートのタイミングで出してもらえると有難いんですが」

 「かしこまりました。お花束は……ケーキと共に、ではなくあらかじめお部屋にお運びしておいて、飛鳥様から奥様にお贈りになった方がよろしいですよね?」

 「あ~……そう、ですね」

 ホテルマンから受け取った花束を渡したんじゃ、俺が贈った感が薄れる。
 花の種類と本数、そして包装紙やリボンのデザインまでチョイスした身として、それは悔しい。

 「では……よろしければこの後奥様と、20階のサロンでアフタヌーンティーをお楽しみになってはいかがでしょう? その間に寝室にお花束をお運びしておきます」

 「アフタヌーンティー?」
 
 差し出されたパンフレットを、手に取る。

 洗練されたデザインのケーキスタンド。
 そこに並べられた1口サイズのケーキやタルトやサンドイッチ。
 フチの金刺繍のような模様が目を引く、おしゃれなティーセット。

 「かわい……」

 パンフに載っている『ザ・アフタヌーンティー』的な写真への感想じゃない。
 いかにも女子が好きそうな愛らしい軽食を前に、瞳を輝かせる唯を想像してしまった。 


 楽しそうに小さな手をケーキに伸ばし。
 (あ、違うな、唯ならまず俺に、どれが食べたいかを聞いて来るだろうな。唯の思い遣りは24時間稼働してるから)

 嬉しそうに小さなお口に運び。
 (周りの客の迷惑になるといけないからって、唯は絶対スマホで料理の写真とか撮らない。俺としてはスイーツにはしゃぐ可愛い唯を、バズーカ並の望遠レンズで激写したい気持ちでいっぱいだけど)

 香り高い紅茶をフーフーしながら味わう、唯。
 (ホットの飲み物は唇につく瞬間まで温度が計り知れないから、唯はすごく慎重になるんだよな。両手でカップを持って、真顔で、そ~っといく感じ。あの唯、マジで好き。真剣な顔、マジで可愛い)


 ああ……ダメだ。想像だけで昇天できる程可愛い。


 「じゃあそれでお願いします」

 「承知しました。あ……ティーセットはお1人様1万5千円の別料金となっておりまして……よろしいでしょうか?」

 「結構です」

 全然いい。むしろ、その額で唯の笑顔が拝めるなら、安いもんだ。

 「承知しました。サロンの方には連絡をしておきます」

 よし。これで準備完了。
 危機管理不足の使えないホテルマンかと思いきや。意外と機転が利くじゃねえか。
 後で客様アンケートに書いといてやろう。え~と、名前は奥村、か。よし。

 そう心の中で賛辞を送りつつ……ホテルマンに礼を言った俺は、フロントを後にした。


 「あ。やべ……ルームサービス頼めって言ったんだった……」

 部屋で食事をした後に、アフタヌーンティーに誘ったら、違和感満載だ。
 
 でも、遠慮がちな唯の事だから、まだ頼んでいない? かも?

 普段は歯がゆく感じる唯の慎ましさだけど。
 今回ばかりはそれが発揮されている事を期待しつつ……俺は再びエレベータホールに向かった。

 そしてそこで……一組の男女とすれ違って。


 「チャペル、すっごい綺麗だったね! ここに決めちゃう?」

 「いや~確かに良かったけど、コストがな~。もっとあちこち見て決めようって」


 女の方が手にしていたのは、結婚情報誌。
 ああ、結婚式場の見学に来たのか。このホテルの式場は芸能人が使うほど、有名だから。

 幸せそうな二人の顔をみて、そんな想像をした。

 いいなあこいつらは。
 きっと普通に好き合って、付き合って、結婚するんだろうなあ。

 俺も……唯とそんな風に、普通の夫婦になれたら、どれだけ幸せだろう。

 なんて。らしくもなく、他人を羨んでしまった。
 そんな自分を、首を左右にブンブン振って諫める。

 今はまだダメだ。
 唯に気持ちを伝えたいとか、関係を進展させたいとか、アレヤコレヤしたいとか、願っちゃいけない。

 俺がアスカの頂点を目指すのは、唯が生きやすい世界を作る為。

 亜種だろうが何だろうが、唯には幸せになる権利がある。それを、飛鳥一族全体に知らしめる。
 古い偏見や慣習を打ち砕く程の巨大な権力が、飛鳥のトップには与えられるから。

 その目標が達成されるまでは、決して唯に、この気持ちを悟られるわけにはいかない。

 恩を感じている俺に想われていると知ったら……唯はきっと、無理をしてでも応えようとしてくれるだろう。
 それじゃあ意味が無いんだ。

 気持ちを伝えるとしたら……それは、俺がアスカの後継者になって、唯が『よし、恩返し完了!』と思ってくれたそのタイミングで。

 俺を振るのに、遠慮も配慮も不要になったその時なら……きっと唯の本心が聞ける。
 そしてその上で、俺を選んでくれたなら……

 「幸せで死ぬかもな……」

 ボソっと呟いて、にやける。

 なんて気持ち悪い男。自覚はある。
 でも、唯を想う時……緩む口元を絞める術を、俺は知らないんだ。

 だって唯は――俺にとって世界で一番大切な女の子だから。
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