障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第115障『正義を始メようカ』

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【4月1日、18:50、フリージア王国、城下町、港、倉庫街にて…】

巨大倉庫が立ち並ぶ港。そこには四肢を切断された桜田、そんな彼を背負う不知火、隣には角野。そのすぐ前には大勢のフリージア市民と木森の死体、身体中に剣を突き刺され倒れた出口。そして、それらを挟んで桜田達と対峙するのは、白鳥組幹部の一人、一善。
羽根が生え、中性的な体つきへと変貌した一善の姿はまるで天使。いや、不知火の火炎による火傷により、皮膚は爛れ、片翼の羽毛は剥がれたその姿は堕天使と呼ぶに相応しい。

「さァ…正義を始メようカ…‼︎」

一善はゆっくりと桜田達に近づく。その距離約20メートル。PSIも残り少なく、満身創痍の桜田達に対して、一善は魔物化の影響で身体能力や最大PSI容量が強化されている。圧倒的不利な状況。

「引くんだ…アイツはダメだ…!」

桜田は不知火の背中でそう呟く。その声を聞き、不知火は動揺した。何故なら、桜田の声は震えていたからだ。まるで、親に叱れる前の子供のように。
そして、すぐにその理由が不知火達にも理解できた。それは一善のPSIの量だ。その量は桜田達のPSIを合計しても、今の一善の1割にも満たない。つまり、一善がひとたびPSIを纏ってしまえば、桜田達の攻撃は毛ほども通用しないのだ。おそらく、不知火の火炎も今の一善を黒焦げにする事はできないだろう。あの強大すぎるPSIの前では。

「『角箱ボックス』!!!」

角野は鉄箱を創造し、向かってくる一善を閉じ込めた。と同時に、不知火と角野は必死の形相でその場から走り出した。鉄箱を被せたのは逃げる時間を稼ぐ為。
しかし、そんなささやかな妨害すら、今の一善には無意味だった。一善は素手で分厚い鉄箱を破壊したのだ。

「逃げラレルと思うナよ。」

次の瞬間、一善は空を飛んだ。魔物化により生えた羽根を達者に扱い、逃げる不知火と角野を上空から追う。

「クソ女ッ‼︎」

突如そう叫ぶ不知火。角野は振り返った。すると、不知火は角野の方に何かを投げつけた。

「えっ…」

それは桜田だった。不知火は背負っていた桜田を角野に託したのだ。何故、そんな事をしたのか、角野はすぐに理解した。不知火は二人を逃す為、時間稼ぎをするつもりだ。自分の命を賭して。

「桜田くん…」

不知火は桜田の名を呼んだ。いつもの『秋様』ではなく、出会った頃の呼び方で。

「ありがとう…本当のおれを教えてくれて…」

不知火は微笑んだ。脆く儚く、消え入りそうなほど、優しく、哀しそうに。

「やめろッ…!不知火ッ…!」

桜田は切断された左腕を伸ばす。しかし、届くはずがない。彼を止める足も、もう無い。

「ごめんッ…!」

角野は謝罪の言葉を発すると同時に、桜田を抱えてその場から走り出す。角野は決して振り返る事はなかった。涙を流し、必死に前だけ見て走る。

「ごめんッ…ごめんなさいッ…!」

背後では血の吹き出す音、肉が抉れる音、不知火の断末魔が響く。しかし、それでも決して、角野は足を止めなかった。
不知火萌。19歳。死亡。

【数分後、フリージア城下町、広場にて…】

私たちは逃走に成功した。萌ちゃんのおかげで。私たちだけ逃げきれた。

「秋…どうしよう…」

わからない。どうしたら良いかわからない。

「私…もう嫌だ…こんな……哲也を殺して…仲間を…萌ちゃんが…死ん……」

頭がうまく回らない。秋、助けてよ。秋ならきっと、こういう時、良い作戦を思いつくはずでしょ。

「もう無理だ…」
「えっ…」

秋の口から出た言葉は意外すぎた。その言葉のおかげで、私は少し冷静さを取り戻せた。

「無理って……え…?」
「やめよう。春を生き返らせる事も…白鳥組を止める事も…」

全てを諦めた秋の顔。でも、私も反論できなかった。だって、その方がきっと幸せになれるから。

「二人で逃げよう。誰もいない。何処か遠くへ…」
「秋…」

少し残念だった。まさか、あの秋からこんな弱音を聞く事になるなんて。でも、ほんの少しだけ嬉しかった。秋の弱い部分を見れた気がしたから。

「秋はそれで…後悔しない…?」
「うん…きっとココで逃げない方が、後悔すると思うから…」
「そう…」

私は秋と一緒ならそれで良い。秋が良いならそれで良い。

「うん。逃げよう。私と秋で…!二人で…!」






















          逃
          げ
          ラ
          レ
          ル
          と
          思
          う
          ナ
          よ











【現在…】

逃走は成功した。かのように思えた。しかし、全ては角野の幻想。角野の腹には直径10cm程のパイプが貫通していた。一善が投げたのだ。

「がはッ…‼︎」

角野は抱えていた桜田を地面に落とし、自身も地面に倒れた。

「あ"……が……ッ…ぁ……‼︎」

角野は口から大量の血を吐きながら、声にならない声で苦痛の叫びを上げる。

「葉湖ッ…‼︎」

四肢の無い桜田は芋虫のように体を這わせ、角野に近寄る。すると次の瞬間、一善が桜田の背中の上に着地した。

「ぐあ"あ"あぁぁあッ!!!!!」

肋骨が折れる音と同時に、桜田は叫んだ。桜田の口からは聞いた事のないような、荒げた声を。

「言っタだろ。逃げラレなイと。」

二人は死を覚悟した。それを理解したのか、一善は話を始めた。

「安心シろ。お前達ノ目的、白鳥組の壊滅は俺が果たス。」

一善から放たれた衝撃的な言葉。白鳥組幹部の一善が何故。その理由を一善は話していく。

「コの世の悪は全て俺が取り締マる。陽道も魔王も、全テの犯罪者共を皆殺しニしテヤる。」

【一善の過去…】

一善は幸せな環境で育った。優しい両親に優しい祖父母、良くしてくれる隣人、気兼ねなく話せる友人。そんな素晴らしい環境もあり、一善は真っ直ぐな心を持った青年に育った。そんな一善青年が不正や犯罪を嫌うようになり、警察官になったのも必然的だと言えるだろう。
警察官になった一善。正義のヒーローになった気分だった。しかし、そこで経験したのは正義とは程遠い、薄汚い人間組織という悪だった。不正や汚職は勿論の事、武器の横流しや職権濫用でのセクハラ、拷問紛いの尋問など。そして、それら全ては権力という悪によって揉み消されている事も。
一善は正義というものがわからなくなり、警察を辞めようとしていた。しかし、それを踏み留めてくれた人が居た。彼の上司、勝呂すぐろ警部だ。彼は腐った組織の中でも正義を貫いていた。一善は尋ねた。どうして、そこまで正義に徹する事ができるのかを。すると彼は当然の事のように、笑って答えた。

「正義がどうこうなんざ考えた事ねぇなぁ…ただ、体が勝手に動くというか…んまぁ、困ってる人が居たら助けてやりたい。それだけだ。」

その時、一善はこう思った。本当の正義は無自覚。自分はただの偽善者だと。そして、いつか自分も勝呂かれのようになりたいと。その想いはいつしか、憧れというよりは崇拝と呼べる代物になった。
そしてその数ヶ月後、事件が起こった。勝呂警部がパトカーで子供を轢き殺したのだ。当然、それは逃走する犯人を追う過程で偶発的に発生したもの。故意ではない。しかし、そのせいで犯人には逃げられ、勝呂警部は世間から非難を浴びせられた。また、警察は全ての責任を勝呂警部になすりつけ、勝呂警部は警察を辞める選択を強いられてしまった。
その数週間後、勝呂警部が自殺した。部屋で首を吊って死んでいたそうだ。第一発見者は一善。彼は勝呂警部の信者。警部が警察を辞めた後も彼のアパートには何度も足を運んでいたからだ。

「勝呂警部……」

一善は首を吊った勝呂に向かってそう呟く。もう警部では無いにも関わらず。そして、一善はその側に落ちていた彼の遺書を見つけた。いや、見つけてしまったのだ。そこにはこう書かれていた。

〈すみませんでした。〉

乱雑な字で、ややクシャクシャになった遺書には、それだけが書かれていた。彼は根っからの善人だ。きっと子供を轢き殺した事を思い悩んでいたのであろう。自ら命を絶つほどに。

「間違ってる…」

それを見た一善は怒りを覚えた。何故、勝呂警部が謝る必要があるのか。悪いのは彼を追わせた犯人の方だ。責任を押し付けた警察組織だ。何も知らないで非難するマスコミや世間だ。

「いや…この世界そのものだ…」

その事件を機に、一善の正義は歪んでしまった。翌日、一善は警察を辞め、何処で知ったか白鳥組の魔王復活の計画を知り、更なる力を求めて組織に入団。勝呂警部という神の名の下、悪に裁きを下すという計画、悪殲滅計画を思いつき、今に至る。

【現在…】

一善は桜田の頭を鷲掴みし、力を込め始めた。

「悪が滅ビル事は無イ。俺は永遠ノ命を手に入レ、悪を浄化コロシ続ける。」

一善はさらに握る力を強めた。しかし、桜田は喚く事なく、怒りの眼差しで一善にこう発言した。

「ふざ…けるな…ッ‼︎」

頭蓋骨にヒビが入る程の握力で握られても尚、桜田は痛みを堪え、一善に歯向かう。

「お前が正義を語るなッ…‼︎この人殺しがッ…‼︎」

人殺し。その言葉を聞いた一善は怒り、叫んだ。

「黙レッ!!!!!」

一善は桜田を地面に投げつけた。桜田は両手両足がない為、受け身を取れずに頭から地面に叩きつけられた。

「ぬがッ…‼︎」

頭部から出血し、地面にうつ伏せに倒れる桜田。一善はそんな桜田の頭を再び鷲掴みにし、地面に何度も何度も叩きつける。

「俺ハ正義ノ執行人だッ‼︎勝呂警部ノ意思ヲ継グ者だッ‼︎犯罪者呼ばわりスルなッ‼︎」

勝呂警部の意志を継ぐ、一善は今そう言った。しかし、勝呂警部は実際、一善に何も託してはいない。それに、彼がこんな事を望むなど到底思えない。冷静に考えればわかる事。しかし、それすら考えられない程、一善は狂ってしまったのだ。

「しゅ…う……」

角野が弱々しく桜田の名を呼ぶ。しかし、腹を貫かれた角野は何もする事ができない。このまま、最愛の人が目の前で無惨に殺されるのを眺めながら、自分も死ぬ。それしか道はなかった。

「死ねッ‼︎死ネッ‼︎オ前は悪だッ‼︎俺に倒サレル者は全テ悪ナんだッ‼︎」

桜田の意識が遠のく。次の一撃できっと、桜田は死ぬ。しかし、どうする事もできない。

「(ごめん…みんな……ごめん…春……)」

桜田は死を覚悟した。すると次の瞬間、一善に向かって大砲の球が飛んできた。

「ガフッ…‼︎」

一善はその大砲の球に飛ばされ、海に落とされた。いや、大砲の球じゃない。アレはPSI弾。そう。出口が『殺輪眼機関銃ピストルアイ』で桜田を助けたのだ。

「やめてクレよ…秋…」

出口は全身に剣を刺された状態で立ち上がっていた。

「1位は…お前……だカラ……俺…を……!」

次の瞬間、出口は痛みを堪え、こう叫んだ。

「お前がトップで死ナせテクレよッ!!!」
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