障王

第2章『ガイ-過去編-』

第100障『主人公、死亡』

【3月20日、20：00、伊従村、館林地下研究所にて…】

陽道がガイの後頭部に銃を突きつけた。

「ちょうど20時だ。死ぬ覚悟はできてるか？」

ガイは振り返り、陽道の顔を見上げた。

「できてなくても殺すくせに…」

ガイの表情には『覚悟』というより『諦め』が強く浮かんでいた。両腕を失った痛みすらも、今のガイの倦怠感でかき消されるほどに。

「気に入らねぇ…」

すると、陽道はガイから銃口を離し、こう言った。

「ホント、テメェの親父そっくりだぜ。ムカつく。腹が立つ。」

瞬間、陽道はガイに凄まじい殺気を放った。

「楽に死ねると思うなよ。」

その時、陽道が合図をすると、黒服の男達が一斉に移動を始め、ガイの周りを取り囲んだ。

「今日の日付が変わるまで、テメェは殴られ続けろ。ただしPSIは纏うな。タレントも一切使うな。防御も回避もするな。全力で殴られ続けろ。」
「わかった。だから約束しろ。みんなには今後一切関わらないと。」
「上から言ってんじゃねぇ。お願いします、だろ。」
「…」

すると、ガイは陽道に土下座した。

「お願いします。仲間には手を出さないでください。」

陽道はそんなガイの頭を踏んだ。

「あぁ。良いぜ。俺もガキなんかと遊んでる暇はねぇからよ。コレでキッパリ最後にしてやる。」

陽道は椅子に戻って葉巻を吸い始めた。
ガイは立ち上がり、仲間の方を振り返った。

「ヤブ助。」

ガイはヤブ助と目が合った。

「後は…頼んだ……」
「あぁ…」

ガイは震えていた。これから死ぬ。そう思うだけで、先程の倦怠感は吹き飛ぶ。もう、恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

「殺やれ。」

陽道が指示を出した次の瞬間、黒服の男達はガイを一斉に殴り始めた。

「うッ…‼︎くッ…‼︎」

ガイは条件通り、ただ殴られるだけ。PSIを纏って守備力を上げる事もせず、反撃はおろか、防御や回避すらもしない。ただ殴られ続けるだけ。

「くそッ…‼︎」

その時、見るに見かねた桜田がガイを助けようとした。しかし、ヤブ助がそれを止めた。

「やめろ。桜田。」
「なんッ…で……」

桜田はヤブ助の顔を見た。

「いいからやめろ。手を出すな…」

ヤブ助の顔は怒りで恐ろしいほどに歪んでいた。

「絶対に…手を……出すなッ……‼︎」

それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。
一方、ガイは殴られ続ける。13歳の少年が、一回りも年上の大人たちに囲まれて、殴られる。

「かッ…はッ……‼︎」

顔を殴られると眼球が凹む。歯が折れる。折れた歯が舌に刺さる。口の中が血だらけになる。止まらない。血が止まらない。口からも鼻からも、拳の圧力により破裂した血管が、血が溢れる。痛い。

「うぐッ…ぬがッ……‼︎」

胸を殴られると肋骨が折れる。折れた肋骨が肺に刺さる。息ができない。肺に血が溜まる。まるで溺れてるようだ。溺死。そんな単語が頭をよぎる。痛い。

「ゔッ…‼︎ゴホッ‼︎ゴホッ‼︎」

腹を殴られると胃液が逆流する。喉が焼ける。それでまた息ができない。意識が薄れる。いずれ内臓も破裂する。腎臓は二個あるから大丈夫。一つ潰れても大丈夫。そんな願いが頭をよぎる。痛い。

「ハァ…‼︎ハァ…‼︎ハァ…！がはッ‼︎」

背中を殴られると立てなくなる。うずくまってしまう。うずくまると蹴られる。靴の先端が痛い。みんな裸足で蹴ってくれないかな。そんな理想が頭をよぎる。痛い。

「ッ…‼︎つッ……」

殴られ続けると心が折れる。日付が変わるまで耐えられない。一時間も耐えられない。一分も耐えられない。もう耐えられない。意識が完全に無くなる。寸前、ワンチャン生きてるかも、また誰かが助けてくれる、次に目を覚ますのは暖かい布団の中だ。そんな淡い期待が頭をよぎった。もう、痛くない。

「ッ………」

きっと死んだ後も殴られ続けるだろう。頭蓋が粉々になり、口や肛門から内臓が飛び出す。顔なんてもう誰だか見分けがつかないぐらい。そして、そんな予想は現実になった。

「…………」

もう、人の形は留めていない。

【3月21日、0：13、伊従村、館林地下研究所にて…】

リンチ処刑が終わった。約四時間、ガイは殴られ続けていた。気絶した氷室以外、ヤブ助，桜田，土狛江の三人は、ガイとは識別できなくなってしまったソレをただ眺めていた。
一方、白鳥組は既に引き上げた。途中で飽きたのか、23時半過ぎに処刑は終わった。そこから、四人はただガイだったソレを眺めている。

「エ"エ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"…‼︎」

巨大な芋虫と化した有野の鳴き声と排泄音だけが、空間にこだまする。
その時、ヤブ助が血垂れに膝をつけ、ガイの肉片を集め始めた。

「ガイも…有野も…帰る……みんなで……帰る……」

ヤブ助はブツブツと呟きながら、ガイの肉片を集めていた。しかし、手が震えているせいか、手の平に集めた肉片はボロボロと床に落ちてしまう。

「ガイ…俺と…帰るぞ……ガイ……帰る…ぞ……ガイ……」

その時、桜田が背後からヤブ助の肩に手を置いた。

「袋か何かに入れよう。一緒に帰るんだ。」
「あ……あぁ……」

ヤブ助の中でガイは神だった。そんな神を目の前で失った。むざむざ死なせてしまった。自分はただ見てただけ。助ける事もせずに。そんな精神的ショックがヤブ助を正気にはさせなかった。

「障坂邸の庭に埋めよう。彼が慕ってた二人の執事と一緒に。」
「埋め…る……？」
「うん。障坂くん…いや、ガイ君のお墓を作ってあげよう。僕らで。」
「お…墓……ガ…イ……一緒に……帰…る……って……」

『埋める』『墓』。そのワードで、ヤブ助はガイが死んでしまった事を再認識した。そして、涙を流した。

「ガイ…なん…で…‼︎なんで…‼︎」

ヤブ助はガイの肉片を顔に当てた。

「ガイッ…‼︎ガイッ……‼︎」

【数十分後、伊従村、森の中にて…】

ガイの肉片を集め終えたヤブ助たちが地下研究所から出てきた。ヤブ助と桜田の手には血に塗れた袋があった。その中にはガイの骨や肉片がある。また、土狛江は気絶した氷室を背負っていた。

「桜田…土狛江…」

その時、ヤブ助は二人に話しかけた。

「先ずは礼を言う。ガイを助けようとしてくれてありがとう。」

どうやら、ヤブ助は落ち着きを取り戻したようだ。

「そしてもう一つ。白鳥組やつらを殺す。殺したい。協力してくれ。二人とも。」

ヤブ助の目には、二人が今まで感じた事の無い程の強い殺意が篭っていた。

「あぁ。」
「もちろん。」

しかし、二人ともそれに躊躇う事はなかった。

「ガイ…」

その時、ヤブ助はガイが自分に告げた言葉を思い出した。

〈ヤブ助。後は…頼んだ……〉

その言葉はヤブ助にしかわからない本当の意味があった。

「（任せろ。ガイ。）」

障坂ガイ。13歳。死亡。