障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第93障『ダンメンミセロ』

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【3月10日、夜、戸楽市、平塚水棟ひらづかすいとう病院前にて…】

ガイはホールドとの戦闘後、使用人の十谷と村上が監禁されているという平塚水棟病院前へとやってきた。尚、傷は氷室のタレントで治療済みだ。

「ここか…」

そこはまさに廃病院。夜という事もあり、かなりの雰囲気だ。
その時、ガイは入り口付近の廊下窓から人影が動くのを見た。

「(誘い込んでるつもりか。)」

ガイは割れた窓から中へと入った。

【平塚水棟病院、一階、廊下にて…】

当然、明かりはない。中は真っ暗でライトが無ければ歩く事も困難。そこでガイは、『模倣コピル AGアフターグロウ』でヤブ助の目を模倣した。

「(あっちか。)」

ガイは影が逃げた方向へと走った。
曲がり角から敵が出てくるかもしれない。罠が仕掛けられているかもしれない。しかし、今のガイには自信があった。あの拷問とも呼べる修行を終えた事による影響だ。

「(待ってろ。十谷、村上。)」

しかし、その自信が仇となる事をガイはまだ知らない。

【数分後…】

影を追うガイは地下への階段を見つけた。

「(この下だな。)」

ガイは地下へと向かった。

【平塚水棟病院、地下1階、通路にて…】

狭く暗い地下。しかし、上とは違って人が普段使っている跡がある。おそらく、『Zoo』の殺し屋フリートはこの地下を巣としているようだ。

「うッ……」

ガイは手で鼻を塞いだ。

「(毒ガスか…)」

地下には毒ガスが充満していた。しかし、臭いはない。ガイは毒ガスが与える眼球への独特な痛みにより、それに気づいたのだ。
ガイは服を一部千切り、それを顔下半分に覆った。

「(よし…)」

ガイは体に異常がない事を確認し、歩みを進めた。

「(コレも、先生の修行のおかげか。)」

毒の影響が無いのは、猪頭妹の修行のおかげ。ガイはそう考えた。

【数分後…】

ガイは一つ一つ、部屋を見て回った。しかし、十谷と村上の姿はおろか、人の姿はなかった。

「(何処にいるんだ…)」

焦るガイ。もし、ココに二人の姿が無かったら。そしてそれは、二人が始末され処分された事を意味する。

「(大丈夫。二人は生きてる。きっと…)」

ガイはそう自分に言い聞かせながら、曲がり角を曲がった。

「ッ⁈」

ガイの目の前に広がるのは血の海だった。

「な、なんだ…⁈」

壁は無い。まるで巨大な地下湖のようだ。

「……」

ガイは引き返すかどうか迷った。しかし、来た道は全て調べた。行くしか無い。
ガイは先へと進んだ。

【血の湖の先にて…】

辺りの様子はすっかり変わった。ガイの目には病院の風景は一切なく、まるで洞窟の中のようだった。

「(何処にいるんだ。二人共…)」

その時、近くから足音が聞こえてきた。
ガイは音がする方を向くと、そこには一匹の大型犬が居た。

「なんで、こんな所に…」

次の瞬間、その犬はガイに向かって襲いかかってきた。

「うわぁぁあッ!!!」

ガイは咄嗟に、氷室から貰った骨刀を取り出し、襲いかかってきた犬を両断した。

「ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

ガイは両断した犬を見ながら、息を切らす。辺りの雰囲気に飲まれ、ガイの精神は相当滅入っているようだ。

「(何処なんだ…!十谷…村上…!)」

その時、ガイの背後から聞き覚えのある声がした。

「ガイ様。」

ガイは振り返った。そこに居たのはメイド服を着た若い女性。そう。使用人の村上だ。

「村上ッ!」

ガイは村上の元へ走ろうとした。しかし、そうしなかった。村上の手に持つものが、そうさせてくれなかったからだ。

「村上、お前…それ…」

村上の右手に握られていたもの、それはどう見ても人間の脚だった。

「ガイ様、見て下さい。キレイでしょ?特にこの断面が…♡」

村上の様子がおかしい。ガイはそう感じた。

「なに…言ってんだ……」

その時、村上は懐からナイフを取り出した。

「ガイ様の断面も…見てみたいです…♡」

すると、村上はゆっくりとガイに近づいてきた。

「く、来るなッ!」

ガイは後ずさる。次の瞬間、村上はガイに飛びかかった。

「ッ⁈」

ガイは村上に押し倒された。

「ハァ…ハァ…ガイ様ぁ…♡」

村上はガイにナイフを振り下ろした。しかし、ガイは両手でナイフを受け止め、両足で村上を蹴り飛ばした。
ガイは村上からナイフを奪い取ったはずだった。しかし、何故かガイの手にナイフは無く、ナイフは村上の手に戻っていた。

「なッ…⁈」

その事に驚嘆し、立ち上がるガイ。同時に、蹴り飛ばされた村上も立ち上がった。

「ガイ様ぁ~。蹴るなんてヒドイですよぉ~。」
「村上!どうしたんだ!お前おかしいぞ!」

その時、ガイの脳内に声が響いた。

〈おかしいのはお前の方だ、ガイ。〉

ガイは頭を抑える。その声がすると頭痛がするからだ。

「ガイ様…!」

その時、村上の声が聞こえた。その声は先程と打って変わって、不安に満ちた声だった。
ガイは村上の方を見た。

「ガイ…様……」

一瞬、辺りの景色が病院に見えた。しかし、すぐさまガイの目の前には洞窟の風景が広がった。そして、ナイフを構えた村上の姿も。

「ガイ様ぁ~。」
「村上…」
「私、ずっとガイ様をバラバラにしたかった…♡切った瞬間の、血が流れる前の切断面が見たかった…♡ねぇ、ガイ様…」

すると、村上は再びガイに向かって歩き始めた。

「首の断面見せて下さい…♡」

村上はガイに向けてナイフを振った。しかし、所詮は村上の攻撃。ガイに止められない道理はない。
ガイは村上のナイフを骨刀で弾き、村上を気絶させる為、村上の首の後ろを骨刀の柄で軽く殴った。

「かッ……」

村上は床に倒れた。

「村上…一体どうして…」

その時、ガイの背後から声が聞こえてきた。

「モウニゲラレナイ。」

声の主は、ガイが先ほど両断した犬だった。

「オマエハドコニモニゲラレナイ。」

するとその時、ガイの肩に何かが触れた。

「えっ……」

ガイは振り返った。そこには気絶したはずの村上が立っていた。

「ダンメンミセロ。」

次の瞬間、村上の口が裂け、鋭利な歯がガイに向いた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!!!」

恐怖のあまり叫ぶガイ。村上はガイを再び押し倒す。

「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!?!?!」

村上は避けた口を開けて、ガイを襲おうとする。

「(コイツは村上じゃないッ!)」

ガイは今目の前に居るのが村上では無いと確信し、骨刀で刺し殺そうとした。

「刀が…⁈」

しかし、何故か骨刀は手に握られていなかった。さっきまで、ちゃんと手に持っていたにも関わらず。
村上は今にもその口でガイを殺そうとしている。

「ッ‼︎」

ガイは秀頼から教わった体術で、自分と村上の位置関係を入れ替えた。そして、村上に馬乗りになったガイは村上の首を絞め始めた。

「この…ニセモノがッ…‼︎」

ガイは腕の力を強めた。すると次の瞬間、再びガイの脳内に声が響いた。

〈やめろ、ガイ。そいつはホンモノだ。〉

再び発生する頭痛。それに苛立つガイ。

「うる…さい…ッ‼︎」

その頭痛を紛らわせるかの如く、ガイは更に腕の力を強めた。しかし、頭痛は治るどころか酷くなる一方。

〈それを殺せば、お前は後悔するぞ。〉

声も止む事はない。

〈やれやれ。世話が焼けるよ。〉

次の瞬間、かつてない程の壮絶な頭痛がガイを襲った。

「ぐあぁぁッ‼︎」

それを堪えるかのように、ガイの腕の力が強くなった。そしてその時、骨が折れる音と同時に、声が聞こえた。

「ガイ…様………」

それは村上の声。いつもの。ガイに呼びかけるあの優しい声。

「えっ……」

次に瞬きをした時、辺りの風景が暗い洞窟から病院の地下へと変化した。いや、変化など最初からしていない。ガイはずっと、病院の地下に居た。
ガイは幻覚を見せられていたのだ。

【平塚水棟病院、一階、とある部屋にて…】

地下に充満していたあの毒ガス。アレは幻覚を見せる為のものだった。だから体に異常が見られなかったのだ。
頭痛により幻覚が解けたガイは目の前のものに気がついた。

「村…上……」

目の前には服を着ていない村上が倒れていた。口も裂けていない。

「……」

息は無く、目を見開いたままピクリとも動かない。また、首を強い力で絞められた痕がある。そんな村上に、ガイは馬乗りになっていた。
その時、ガイの背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ガイ様……」

ガイは背後を振り向く。先程まで犬が倒れていた場所、そこに十谷が倒れていた。

「十谷ッ…‼︎」

十谷は体を横に両断されていた。

「私は…ガイ様を……信じ……て…………」

十谷は喋らなくなった。

「……」

ガイは理解した。自分が幻覚を見ていた事を。そして、二人を攻撃していた事を。
ガイは十谷と村上を殺害した。
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