障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第40障『詭弁』

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私は兄が好きだった。でもそれは家族として。だから、兄が私にあんな事をしたのは許せなかった。でもそれは仕方ない。兄は私の為に毎日一生懸命働いていたから。忙しすぎて、おかしくなっちゃうのも無理はない。仕方ない。そう。全部、仕方ないって割り切ってきた。でも一つだけ、割り切れない部分があった。
それは、兄の笑顔。あの時、私の首を絞めた時の、兄のあの笑顔だけが、割り切る事ができなかった。怖い。アレはきっと、私の知らない、本当の兄の笑顔。
兄はおかしかったんだ。きっと、生まれた時からずっと。でも、私が気づいた頃には、もう遅かった。
私は兄に殺された。コレが、私の人生。本田ほんだ涼子すずこの最後。そのはずだった。

【12月2日、12:30、戸楽市第一中学校、校舎裏にて…】

ガイ本田が何やらいつもと雰囲気の違う広瀬と話をしている。

「お前…涼子すずこか…⁈」

そう。本田の妹、本田涼子は生きていた。兄に殺される寸前、兄と同じタレント『魂移住計画ゴーンボーン』が発現したのだ。
そして、無意識下のうちに涼子は『魂移住計画ゴーンボーン』を使い、絶命前に肉体から魂を分離させ、かつて恋人であった広瀬陸の弟、広瀬鈴也の体に乗り移ったのだ。

「あぁ。涼子は俺の中だ。」

雰囲気が変わった。どうやら、いつもの広瀬に戻ったようだ。
広瀬は話を続ける。

「色々教えてもらった。お前の事。兄貴が捕まった理由も、今、お前がガイ君の中にいる事も。」

そんな広瀬の様子を見た本田は、がっかりした様子で広瀬に言った。

「涼子に代われ。」
「お前とは話したくないらしい。挨拶もさっきのでこれっきりだ。」
「冷てぇなぁ~。」

その時、本田は一変、真剣な表情で広瀬に話しかけた。

「んで、俺をココに呼んだ理由は何だ?」
「ガイ君の中から出ていけ。」

予想通り。本田はそんな顔をしていた。

「涼子から聞いた。『魂移住計画ゴーンボーン』で他人の体に入っても、体の主導権までは奪えないって。」

本田が広瀬先生の中に居た頃は、広瀬先生の心を少しずつ削いでいき、隙を突くように体の主導権を奪っていた。しかし、今回はこの肉体の所持者であるガイが居ない。それ故、体の主導権は必然的に本田の手に渡った。
しかし、広瀬はそんな事を知らない。今まだ、ガイの肉体内にガイは居ると思っていた。

「お前がどんな手を使って主導権を奪ったかはわからない。けど、そんな事はどうでもいい。その体から早く出ろ。」
「嫌だって言ったらぁ?」
「力ずくでも追い出す。」

それを聞いた本田はキシキシと笑い始めた。

「お前がぁ?本気で言ってんのか?」

本田はPSIを纏い、広瀬を威嚇した。
しかし、広瀬は至って冷静に話し始めた。

「兄貴はハンディーキャッパーじゃない。けど、お前は兄貴の体でタレントを使っていた。それがどういう事か、わかるか?」

その時、本田は驚嘆の事実を目の当たりにした。

「涼子が言っていた。タレント発現時の、『なんとなく』じゃわからない真実。タレントの本質を。」

なんと、広瀬の肉体にはPSIが纏われていた。

「『魂移住計画ゴーンボーン』は魂を肉体から分離させるだけの能力じゃない。乗り移った相手をもハンディーキャッパーにできる能力なんだ。」

そう。それこそが、『魂移住計画ゴーンボーン』というタレントの『本質』だった。

「お前は全然わかってない。僕らの事を。何故、今日、お前を呼び出したかを。」

その時、広瀬は自身の懐を探り始め、何かを取り出した。

「それは、俺本来のタレントが発現するのを待ったから…」

広瀬が懐から取り出した物、なんとそれは拳銃であった。

「お前を倒せる算段がついたから…!」

次の瞬間、本田に向かってその拳銃から弾丸が発射された。

「ッ⁈」

本田は大きく横に飛んで回避し、校舎の陰に隠れた。

「(銃⁈鈴也の野郎、あんなもん何処で…⁈)」

本田は校舎の陰から銃を構える広瀬を観察している。

「(体を平面化させて奴に近づく。それなら、弾は当たらねぇが…)」

簡易の次元低下論2Dメイカー』を使えば、体に弾丸が直撃する心配はない。しかし、本田にはある懸念があった。それ故、動けずにいたのだ。

「(奴は『倒せる算段がついた』と言った。そして、涼子は俺の『簡易の次元低下論2Dメイカー』を知っている。つまり、銃撃は平面化での回避を読んだ上での攻撃。)」

本田は先程言っていた広瀬の言葉を思い出した。

〈俺本来のタレントが発現するのを待ったから…〉

その言葉の意味を本田は考察した。

「(俺本来のタレント…それはつまり、俺の『簡易の次元低下論2Dメイカー』対策…!だとすれば、あの拳銃、もしくは弾丸に何らかの細工がしてあるに違いない…!)」

本田はポケットからハサミを取り出し、二つに分解した。

「(平面化してても体に弾丸が触れるのはまずい。となれば…ッ!)」

遠距離からの攻撃。本田はその二つに分解したハサミを広瀬に向かって放った。
広瀬はそのハサミを寸前で回避した。ガイと違って戦い慣れしていないせいか、どこか回避がおぼつかない。

「(動きはど素人。初戦闘ってとこか。それよりも考えるべきは奴のタレント。さっきのハサミ、防御じゃなく回避で対処した。つまり、奴のタレントは攻撃のみ。防御としての汎用性は無しと考えるべきか。)」

その時、本田は何かの苛立ちを覚え、舌打ちした。

「(この俺が、なに敵の出方なんか探ってんだ。柄じゃねぇだろ。クソ…この体に馴染み過ぎたか…)」

魂は本田。しかし、肉体はガイのもの。身体能力や思考回路がガイに似通ってしまうのは仕方がない事なのだ。

「(そうじゃねぇだろ…俺の戦い方ってのはよぉ…!)」

次の瞬間、本田は広瀬に向かって走り出した。

「(考えるよりも早く!られる前にれ!それが本田大地オレだッ!!!)」

広瀬は本田に向けて拳銃を向け、発砲した。
しかし、本田は広瀬が引き金を引くタイミングで横に飛び、弾丸を回避した。

「鈴也ァァァァァァァァア!!!」

本田は広瀬の名前を叫んだ。コレは本田の癖だ。壊すものの名前を叫ぶ癖。
その時、本田は平面化させていた右腕を広瀬の顔面に投影させた。

「顔ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

次の瞬間、本田はその腕の平面化を解いた。すると、本田の腕が立体化し、その拍子に広瀬の頭部が弾け飛んだ。

「ンギモヂィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!!」

久しぶりの殺人。本田は一時の快感を得た。はずだった。

「(あれ…なんだ…この感触…)」

本田は今まで何人もの人間を殺してきた。だから、今回の違いに気づく事ができた。手の感触。殺しの実感が無い。コレは人では無い。

「(人形…⁈)」

なんと、本田が殺したと思ったそれは、この学校の人体模型だった。

「(身代わり⁈コレが鈴也のタレントか⁈)」

本田は瞬時に辺りを見渡した。しかし、どこにも広瀬の姿はなかった。

「(鈴也は何処に…⁈)」

その時、本田は自身の視界の右端で何かが蠢いている事に気がついた。
本田はそれに視線を送った。

「なぬぁッ⁈」

本田それを見て驚嘆した。

「何だ何だ何だ何だ⁈何なんだこりゃあ⁈」

なんと、本田の右腕が巨大なミミズへと変貌していたのだ。
その時、近くから広瀬の声が響いてきた。

「お前の右腕は、俺のタレントでミミズに変えた。」

本田はその声のする方を見た。しかし、そこには誰も居ない。
広瀬の声は響き続ける。

「その腕を直せるのは俺だけ。この意味がわかるよな?」

本田は校舎の壁に背をつけ、背面からの不意打ちを予防した。そして、見えない広瀬に返答する。

「俺がこの体から出るまで、腕は直さねぇって事か…」
「あぁ。」

広瀬の作戦。それは、ガイの体に何らかの異常をきたし、本田がガイの体から出ざるを得ない状況を作り出す事。本田の右腕をミミズに変貌させたのは、それが狙いだ。

「その目立った体じゃ、この世の中、生きにくいと思う。その体から出た方が賢明なんじゃないか?」

冷静な口振りの広瀬。冷や汗をかく本田。明らかに、広瀬が優勢だ。
しかし、本田は広瀬に言った。

「テメェこそ良いのかよ…?俺がこのまま教室に戻れば、ガイコイツは異端視される…親友がバケモノ扱いされるんだぜぇ…?」

本田は歪んだ笑顔でそう言った。しかし、表情とは裏腹に、その姿はさながら、命乞いをする死刑囚そのもの。本田の心に、余裕などというものは微塵もなかった。
そんな本田に広瀬は言う。

「構わない。お前が殺人を出来ない体になるまで、俺はお前の体を改造する。」

殺人ができない。本田にとってそれは、唯一の生き甲斐を奪われたも同義。当然、妥協できる訳もない。
するとその時、本田の右脚がミミズに変貌した。

「なぐぁッ…⁈」

本田は体制を崩し、地面に倒れた。

「(やべぇ…!コレはやべぇぞ…!マジやべぇ…!)」

本田は焦り故、尋常では無い量の汗をかいていた。

「(奴の姿が見えない…タレントもわかんねぇ…!対して、向こうは俺の手札を全て知ってやがる…!)」

本田のタレント。本田の性格。本田が一番嫌な事。それら全て、広瀬は知っている。本田の妹、涼子から聞いていたから。

「この作戦は涼子と二人で話し合って考えた。兄貴の無念を晴らす為…ガイ君を救う為…」

もう本田に、勝ち目など無い。

「お前に奪われたものを取り戻す…!俺たち、二人で…!」
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