障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第39障『残響』

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【翌日(12月2日)、朝、舞開町、病院にて…】

ガイは武夫の母親と共に、退院の用意をしていた。用意と言っても、母親が病院に持ってきた武夫の私物を鞄に詰める作業のみ。
ガイはあくびをしながら、その作業をしていた。どうやら、昨日はよく眠れなかったようだ。

「眠れなかったの?」

それを察した母親はガイに尋ねた。悩みでもあるのかと心配しているようだ。

「いや…昨日、夜、うるさくて…」

そう。昨夜、明け方前、ガイの病室の近くで病院関係者たちが騒いでいたのだ。おそらくだが、入院患者の中に容態が急変した者がいたのであろう。

「家に帰ったら昼寝でもすればいいわ。」

その時、母親は窓際に置いてあったオセロ盤を手に取った。

「コレは…?」
「隣の子から貰った。退院祝いだって。」

【数分後、病室前にて…】

「死んだ……?」

廊下にて、ガイは勇輝少年が死亡したという知らせを看護師から聞いた。ガイとの夜会の数時間後、容態が急変し、そのまま息を引き取ったらしい。
あまりにも急。昨夜はあんなに元気だったのに。ガイには実感が湧かなかった。

「…」

何の病気だったのか分からない。不治の病だったのか、はたまた、治る可能性のあったものなのか。しかし、ガイがそれを知る事はない。
隣の病室内からは、勇輝少年の死を嘆き悲しむ声が聞こえてくる。おそらく、少年の家族。女性のすすり泣く音だけが、絶えずこだましていた。

【舞開町、道路、車内にて…】

武夫の母親が運転する車の助手席にガイは座り、窓から外を眺めていた。

「…」

やるせない。決して、ガイのせいで少年が死んだ訳ではない。しかし、今のガイの心には、その感情しか浮かばなかった。

「(武夫オレが居なくなったら、武夫の母このひとは…)」

本来の予定では、退院と同時に真実を話し、そのまま地元へ向かうつもりだった。しかし、あの声、女性のすすり泣く声だけが頭から離れない。彼女はきっと勇輝少年の母親だ。息子を失った母の悲しみ、それはきっと、言葉にならない程の絶望。
真実を話すという事は、自分は障坂ガイであると武夫の母に伝える事。それはつまり、佐藤武夫はもうこの世に居ないと教える事。実質の息子の死。そんな絶望を、武夫の母このひとに味合わせるのか。
否、ガイにはできない。それ故、ガイがとった行動は。

「(明日だ。明日、話そう…)」

現実逃避。嫌な事を後回しにする、まるで子供のような対応策。しかし、そうする他なかった。

「(帰ったら、佐藤武夫コイツについて調べないとな…)」

【8:30、戸楽市第一中学校、1-4教室にて…】

ガイ本田が教室に入ってきた。

「おはよう、障坂くん。」

堺が本田に挨拶をした。

「おう。」

その時、本田は教室に山口と有野が居ない事に気がついた。
それを察したのか、堺は本田に言う。

「有野さん、今日休みだって。山口くんは多分遅刻かな。」
「そうか。」

その時、教室の奥にいた女子生徒たちの噂話が聞こえてきた。

「ねぇ、聞いた?広瀬先生の噂。」
「聞いた聞いた!殺人事件!あれ先生が犯人なんでしょ!」
「何それヤバ!」

その噂話を耳にした堺は少し嫌な顔をし、本田に言った。

「広瀬先生がそんな事する人だなんて思えない。根も歯もない噂だよ。障坂くんはどう思う?」
「さぁな。だが、本性を隠してる人間は多い。あんまし、他人なんてもん信用すんじゃねぇって事だな。」

そう言うと、本田は自分の席へと向かった。
本田はカバンを机の横のフックにかけ、椅子に座った。

「ん…?」

その時、本田は机の中に一枚の紙が入っている事に気がついた。

「(何だコレ?)」

本田はその紙を取り出した。
その紙には文字が書かれていた。

〈お前の正体を知っている。昼休み、校舎裏に来い。〉

それを見た本田は驚嘆した。

「(なにッ…⁈)」

するとその時、本田の頭に声が響いてきた。

〈行くべきだな。〉

本田はいつも通り、頭の中でソレと会話した。

「(理由は…?)」
〈放置は危険だ。それに、来いと言ってきている今がチャンス。今回は殺しも許可しよう。〉
「(いいのかよ?)」
〈あぁ。その代わり、後始末は俺の言う通りにしろ。おーけー?〉

それを聞いた本田は薄気味悪く笑った。

「オーケー、相棒…!」

【12:00、舞開町、武夫の家にて…】

ガイは武夫の部屋で棚やタンス、机の中などを漁り、武夫に関する情報を集めていた。

「(都合良く日記みたいなのが出てくる訳ないか…)」

日記があれば、佐藤武夫という人間がどういうものなのかがよく理解できる。しかし、都合よくそんなものが見つかる訳ない。

「(定期テストの結果表を見るに、成績は中の下って辺りか。)」

その時、ガイは部屋に飾られた賞状を見た。おそらくアレは書道の賞状。

「(毛筆5段。硬筆4段…負けた。)」

障坂家の英才教育故、ガイも書道は習っていた。ちなみにガイは毛筆硬筆どちらも2段。

「(武夫の字を見るに、かなり基本に忠実。癖もかなり少ない。俺と同じで『模倣』が得意なのか、それとも、クソ真面目な性格なのか…)」

その時、ガイは武夫の学校鞄を見つけた。

「(あとは鞄だけ…)」

ガイは武夫の学校鞄を開け、中身を見た。教科書やノートは無造作に入っていた。

「(字は綺麗なのに鞄の中は汚いな。俺、武夫(コイツ)無理だわ。)」

ガイは武夫のノートを開いた。そして、ガイは武夫の入院の理由を察した。

「(なるほど。そういう訳か。)」

ノートに書かれていたもの。それは、武夫に対する誹謗中傷の数々。
おそらくコレはイジメ。そして、武夫の入院理由は。

「(自殺未遂…)」

その方法は分からない。体に傷跡がなかった事を考えるに、そういう方法で自殺を試みたのだろう。
そして、ガイは勇輝少年のあの言葉を思い出した。

〈俺が退院したら、また一緒にオセロやろうな!〉

勇輝少年は生きたくても生きられなかった。対して、佐藤武夫は自ら死を選んだ。
ガイはそれが許せなかった。

「(やっぱ、俺、武夫コイツ無理だわ…)」

決して、佐藤武夫も死にたくて死のうとした訳ではない。彼は彼なりに辛かったはず。死を選ぶ程に。
そんな事、ガイだってわかっている。しかし、やはりガイには許せなかった。
そして、頭の奥底にこびりつくあの声。

〈勇輝…!〉

女性のすすり泣く声。一歩間違えたら、武夫の母親もそうなっていた。いや、この体に武夫が居ない現時点で、そうなる事は確実。

「(コレから俺は、どうすれば…)」

いくら悩んだところで解決策など浮かばない。ガイ一人で解決できる事など、何も無い。
そう。ガイ一人では。

「親父なら…」
 
ガイの父親なら、絶対にこの状況を何とかできる。根拠は無い。しかし、ガイにはその確信があった。父親本人を信頼している訳ではない。父親の実力を信頼しているから。
しかし一つ、大きな問題があった。

「(親父に頼む…?俺が…?)」

プライドの問題。あの父親クズに頭を下げるなど絶対にしたくない。例え、天地がひっくり返ったとしても、その意思は変わらない。
しかし、彼しかいない。この状況を打破できるのは。

〈合理的に理解しろ。〉

父親から言われたこの言葉。

「(やるしか無い…)」

そう。もう選択肢などない。結果、ガイは合理的に考え、結論を出した。
そしてもう一つ、ガイにとある仮説が浮かんだ。

「(もしかしたら、俺を元の体に戻して、この体も武夫に返せるかも…)」

あの父親なら、それすらも可能かもしれない。そうなれば、全て丸く収まる。
ガイはその可能性を信じる。そして、今、ガイが最大限できる事を考えた。

「(俺が今、出来る事…)」

【一方その頃、戸楽市第一中学校、校舎裏にて…】

校舎裏には、一人の男子生徒が立っていた。
そこへ、手紙で呼び出された本田やってきた。

「まさかお前に呼び出されるなんて思ってなかったぜ、鈴也すずや。」

そこに居たのは広瀬先生の弟で、ガイの幼馴染、広瀬鈴也だった。
しかし、いつもの広瀬と何か様子が違う。
次の瞬間、広瀬は女性のような口調で話し始めた。

「私もよ、お兄ちゃん。」

それを聞いた本田は驚愕の事実に気づいた。

「お前…涼子すずこか…⁈」
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