それってつまり、うまれたときから愛してるってこと

多賀 はるみ

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 四歳上の兄、柊人しゅうととは俺が小学生の頃までは比較的仲が良かった。比較的どころか、俺はシュウ兄のことが大好きで、いつもくっついてまわってたし、シュウ兄もなんだかんだと俺にちょっかいをかけたり、意地悪なことを言っていても、いつも気にかけてくれていた。

 そんな俺たちの関係が変わったのはいつ頃だっただろうか……
 きっかけなんて覚えてない。ただなんとなく、あれを覗いてしまった少し後のことだったように思う。

 俺が小五の頃、シュウ兄がホラー映画を借りてきた。俺はホラー映画は苦手で、観るつもりなんてなかった。けれど、最近部活で忙しくしていたシュウ兄があまり構ってくれておらず、久々の部活が休みの日なのに、とても楽しそうに映画を観る準備をしていたのが気にくわなかった。

「俺も一緒に観る」

「ハルはホラー苦手だろ?」

「苦手じゃないもん」

「ほんとかー?   無理すんなよ。それともあれか?   俺に構ってほしいのか?」

「俺もその映画気になってたんだよ。自意識過剰なんじゃねぇの」

「ははっ。はいはい。仕方ねぇなハルは」

 なんて、やり取りをしていた気がする。そうして、シュウ兄の側を離れたくなくて、一緒にその映画を観始めた。が、俺はすぐに後悔した。
 初っぱなから中々のグロ描写で俺はビビりまくっていたが、いまさら映画を観るのを止めるなんて言えずに、ひたすらシュウ兄に引っ付いていた。

 そんなビビりまくる俺に、最初からシュウ兄は気づいていたんだろう。俺が引っ付くと、少し困った顔をしながら笑っていた。おちょくる言葉をかけてくることもしないし、離れろとも言われなかった。手を握っても、シュウ兄の肩が少し揺れたが、離さないでいてくれた。基本的には優しい兄なのだ。
 映画を観終わったら体をプルプル震わせ、口元の笑みを隠すように手を当てて「今日の夜、トイレに起きても俺はついていかないからな」と言われたけれども……   それに対して「そんなガキじゃないもん」と、意地を張ったものだ。

 しかしその夜、俺はお化けが出てくるかもしれない恐怖でなるべくトイレに行かないようにしていたら、まんまと夜中に尿意を感じて起きてしまった。
 あんな啖呵を切った手前、シュウ兄にバレるのが嫌で、こっそりとトイレに向かった。めちゃくちゃビビりながら、心のなかでは『お化けなんてないさ~、お化けなんてうそさ~』と、歌って気を紛らわせながら。

 用足しを済ませ、自分の部屋に戻る途中、くぐもった声が聞こえた。ビクリとしたが、声は兄の部屋から聞こえる。シュウ兄、こんな時間まで起きて何してるんだろう?   
 不思議に思い部屋に近寄る。俺たちの家は古い作りで、和室がほとんど。だから、俺の部屋も兄の部屋も和室で、部屋のドアは鍵がかからない襖だ。気づかれないように静かに戸を少しずらした。
 中の様子は真っ暗でよく分からなかったが、目が慣れてきた。
 声は先ほどよりも良く聞こえて何をしているのか、掠れたイロっぽい声から何となく気づいてしまった。

「はぁ……ハル……春人……」

 俺はなるべく音を立てないように、襖を閉めた。
 自分の部屋に戻って布団に入り、さっき聞いたものを考える。

 シュウ兄のさっきのって、オナニーってやつだよな…… 
 最近、クラスの男子たちがやたらと話題にするあれ。
 シュウ兄、俺の名前呼んでた……   そこで俺は漠然と、『あぁ。シュウ兄は俺のことがそういう意味で好きなんだ』と気づいてしまった。不思議と嫌悪感はなかった。『ふーん、そっかぁ』と、うとうと眠りに落ちたぐらいだ。

 それからしばらくしてからだ、シュウ兄が俺を避けるようになったのは。
 あの日、オナニーを俺が見てしまったことには気づいてはいないはずだ。覗いてしまった次の日、俺は少し気まずくてシュウ兄の顔を見れなかったが「おはよう」と挨拶すれば「おはよ」と、普通に声をかけてきていたし……

 それなのに、だ。しばらくしてシュウ兄は俺を避けるようになった。  
 いつもなら、勉強を教えて欲しいと言えば、文句を言いながらも教えてくれたのに、素っ気なく「それくらい自分で考えろ」と突き放された。
 ゲームをしようと誘っても「部活で疲れてる」とすげなく断わられた。いつもなら疲れてたら「ごめんな、また今度」と頭をポンポンと叩いてくれたのに。
 あまりにも避けられるので、腕を掴み「シュウ兄!」と呼んだら「触るな!」と思いっきり手を払われた。
 
 なんだよ。なんだよ。
 俺はそれとなく、母さんにこの状況の愚痴を言ってみた。

「最近さー、シュウ兄がなんか冷たい気がする」

「うーん……   シュウも、部活と受験勉強があるからねぇ。ちょっと、ピリピリしてるのかな?   最近、お母さんたちにも素っ気ないし。反抗期かな?」

 あまり気にしていない様だ。

「きっと、色々終わったらまた仲良くできるわよ」

 そうなのだろうか……   そうだといいな……   それなら、受験が終わるまで待っていよう。それまでの辛抱だ。その時の俺は、受験が終わればいつも通りのシュウ兄に戻ると信じて疑わなかった。
  
 受験が終わって合格が決まっても、シュウ兄の態度は変わらなかった。それどころか酷くなっている気がする。
 何度も俺から話しかけても素っ気なく、時にはシカトされることもあった。そんな様子なので、それならいいと俺も意地になり距離を取るようになったら、あっという間に3年が過ぎていた。

 シュウ兄が家を出ていった。と言うと変に聞こえるかもしれないが、単純に進学先の大学が他県ということもあって、一人暮らしをするためだ。
 この時、俺はほんの少し期待していた。さすがに家を離れる。 
 その前には、シュウ兄の態度が変わるんじゃないかと。
 しかし、そんなことはなく。合格が分かった途端、すぐに一人暮らしのアパートを探したり、引っ越しの準備をしていると思ったら、卒業式の次の日には、早くあっちに慣れたいからと、さっさと引っ越してしまった。

 まるで、俺から一刻も早く離れたいみたいに。なんだよ……
 この時、俺はなぜか今まで思い出しもしなかった、あの日のことを思い出していた。シュウ兄は俺のこと、オナニーのおかずにするほど好きなんじゃないのかよ。ふざけんな。
 それからシュウ兄は約二年、家には帰ってこなかった。

 
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