上 下
100 / 117

第75話 もう一人の留学生

しおりを挟む
 遂にこの日が来てしまった――……。
 皇太子が今日から学園に通うのである。最初は寮に――という話もあったらしいけれど、皇太子本人が狭い部屋は嫌だと騒いだ事と、寮に現在空き部屋が無かった事で高級ホテルに滞在する事になったとか。
 もちろん、あちらの国費での支払いだ……。他国の事だけど、無駄遣いじゃなかろうか??
 一応、陛下は寮に代わる留学中に滞在するお邸手配しようとしたらしいのだけど、やれ壁紙が気に入らないだとか、場所が嫌だとか言いはじめ、結局ホテルが良いと言ったらしい。
 ちなみに、こちらが用意したお邸は過ごしやすそうな落ち着いた風合いのもの――で、皇太子が選んだホテルは、豪勢な雰囲気の所である。

 『地味だな』

 とは、このホテルを見た皇太子の発言らしい。
 十分、煌びやかなホテルだと思うのだけど、皇太子的には物足りなかったようだ……。それでも、提案されたものの中では一番『マシ』だったのだろう。
 皇太子が学園に通う間、私は一人にならない事をアルと約束した。あれだけ色々あったのだから、皇太子が私に言い寄るような事はないと思うのだけれど、アル的には心配らしい。
 しかも、研究室で皆にも『警戒し過ぎて悪い事は無い』と諭されてしまった。警戒していて何事も無ければ笑い話で済みますからね――と言うのはベルク先生の言葉だ。
 気分がイラっとするので皆には『妾妃』の所だけ『言い寄られた』って表現に変えて貰ってアルが説明してくれた訳だけど、最初は皇太子の行動が非常識過ぎて信じて貰えなかったんだよね……。
 まぁ、気持は分からないでも無い。悪い噂が多い皇太子だけれど、ここは皇太子の国じゃ無い。ここまで非常識に振る舞うだなんて誰が思うだろうか……?
 エリザベス様が無茶苦茶怒ってくれて、ちょっと――ううん。かなり嬉しいです。友達って良いなぁとしみじみ思いました……。
 ベルナドット様やクリス先輩は3学年の先輩たちとも交流があるそうなので、皇太子にはお触り禁止という情報を流して貰う事になりました。
 声を掛けられたりした場合は流石に無視とか出来ないけれど、迅速に戦線を離脱出来るように――みたいな話をしてくれるらしい。

 戦線――て……。

 2学年の先輩達にも『我儘』で『傲岸不遜』――ようは皇太子は地雷的人物であると周知させてくれるらしい。
 中にはね?『皇太子』という身分に魅力を感じる人がいる訳ですよ。けれど、状況を見れる人なら、この情報を聞いて皇太子を避ける筈。そうすれば、無用なトラブルが減ると思うんだ――。
 一応、学園側でも皇太子の扱いは配慮してくれるらしい。普通なら校内の案内は生徒達に任せるのだけれど、先日行われた留学前の面談の時に学園長が自ら案内してくれたらしいし……。
 学園からも皇太子の留学に関しての通達があり『皇太子に何か聞かれたら、なるべく先生を呼ぶように――』と言う事がね?その――……言われました。
 これを聞いた生徒達の大半が『あ、察し』みたいな空気になったので、無暗やたらに皇太子に突撃する人はいないと思いたい……。

 「アンリ・リラ・ベッケンです――暫くの間ですが、どうぞよろしくお願い致します……」

 そう教壇の上で挨拶をしたのは、三つ編みおさげに眼鏡をした背の低い女子生徒だ。所作は丁寧だし偉ぶった所とかが一切ない。制服もキッチリ着ていてとてもあの皇太子と同じ国から来たとは信じられない雰囲気だ。
 完全にキッチリした委員長タイプに見える。彼女は、私とアルをチラと見た後すぐに視線を逸らし先生に指示された空いている席にと座ったのだった――。そして休憩時間――

 「紹介も無く話しかける御無礼をお許し下さいませ――この教室に王太子殿下とそのご婚約者様がいらっしゃると――学園長から伺いました……。学園のあり方は存じ上げていますが、ご挨拶をすべきかと思った次第です」

 「これは――ご丁寧に、ありがとうございます。短い間ではありますが、私達は学友同士このように畏まらずとも普通に話しかけて頂ければ幸いです」

 ベッケン嬢の言葉に、王太子モード全開のアルが笑顔で答えた。
 事前にアルから聞かされてはいたけれど、この小柄な少女があの皇太子をやり込める事が出来るだなんて信じられない。乳姉弟とは言うものの、逆らえない『姉』のようなものなのだろうか??
 皇太子を避ける以上、本来なら彼女との交流は最小限にするのが良いのだろうけれど、アルはそう思ってはいないらしい。
 ベッケン嬢がアルの記憶の中にいる人と変わって無ければ、メルジェド帝国で何が起こっているのかと言う事を聞けるかもしれないと言っていたからだ。

 「こちらの生活はどうですか?不便などなければ良いのですが……」

 「お気づかい、ありがとうございます。幸いにも何事も無く・・・・・過ごせております……」

 アルと私の言葉に、嬉しそうにそう答えるベッケン嬢。
 『何事も無く』という所に、ナニカを感じる――あぁ、こちらに当て擦りを言ってるとかじゃ無いよ??こちらと言うか、皇太子に対する当て擦り的な雰囲気を感じたと言うか……。
 その後、エリザベス様の方をみてお互いに会釈をしていたので、紹介しておきました……。それにしても、私とアルとエリザベス様がいた中で――誰に聞く訳でも無く、アルを皇太子、私を婚約者と理解していた辺り彼女はちゃんとこの国の事を事前に勉強して来たのだな――と理解。皇太子とはエライ違いだ。
 
 「手慰みに作ったものなのでお恥ずかしいのですが、良かったら使って下さい――」

 そう言ってベッケン嬢が私達に差し出したのは栞だ。
 2色の紙を重ね合わせて、重ねた上の紙だけを切り抜いて繊細な模様を出したもの……。アルは下が青い紙で上は白――王家の紋章が描かれたもの――。
 私とエリザベス様の物は下が桜色の紙で、上は白――薔薇と小花が散らされた可愛らしい栞だった。

 「まぁ!素敵ですわね」

 「確かに、凄いな――」

 思わず、声を上げてしまう位に可愛らしい作品だ。繊細な手仕事を見れば、お店に置いてあっても不思議では無い。アルも、驚いたようだった。
 エリザベス様は「私にも?……よろしいのかしら……」と言っていたけれど、可愛らしい栞が気に入ったみたいで嬉しそうである。
 こう言った簡単な挨拶の時には、通常お菓子を貰う事が多いのだけれど、彼女が食べ物にしなかったのは今回の留学に至るまでの経緯を考えて『毒が入れられる』食べ物を避けたのだと思われた。
 送られたお菓子を食べると言う行為は『貴方を信頼します』と言う意味があるのだけれど、この状況で『信用して下さい』とは言えなかったのだろう……。
 刺繍をしたハンカチなんかは存在が重たい。婚約者のいる男性に贈るのには不向きであるし、この栞は気兼ねなく使えそうな所にベッケン嬢の配慮を感じた。
 手渡された栞に触れた瞬間――私は彼女を見た。栞の下に、折りたたまれた紙が重ねてあったからだ。
 ベッケン嬢は私の視線に気が付いて、そっと目を伏せた。どうやら、人前で読まないで欲しいらしい。何だろうか?と気になったけれど、そのお願いに従って次の授業が開始される直前――皆が席に着いた後、その手紙を開いて読んだ――。
 そこに書いてあったのは『放課後、図書室にてお待ちしております――何人で来て頂いても構いません』――との言葉。ご丁寧に皇太子は知らない事なので、他言無用に願います――と書いてあったのだった。
 他言無用に含まれないのはアルやエリザベス様だろう。
 私達は休憩時間に、この件を話合った。結果、アルと二人で図書室へと向かう事にしたのだった――……。
____________________________________________________

 土日、更新出来ず申し訳ありませんでしたm(_ _)m
 お陰さまで、大分マシになりました。
 このご時世で外出を減らした結果、運動不足が加速して冷え症が再発――攣りやすくなったようです。ストレッチとか凄い大事なんだなと実感……。
 真面目に運動しようと思います……。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

皇帝陛下の愛娘は今日も無邪気に笑う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:2,083

君の瞳は月夜に輝く

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:171

ブリジット・シャンタルは戻らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:59

これが夢でありませんように

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:133

処理中です...