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閑話 アルフリード・ヴァン・ファラキア

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 ガチ切れしてるアルさんの内心の発言が、少々過激なものになっております。
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 その光景を見た時――目の前が真っ赤になった。ギシリと脳が鳴るような感覚を覚えて、衝動的に腰から剣を抜こうとした――そして今は無い事に気が付いて舌打ちする。
 もしも、腰に剣を佩いていたら――本当に斬りかかったかも知れない。
 ティアの目の前に立つ男には見覚えがあった。
 
 『――ほぅ……思ったより美しいではないか……余はバカイトス・ゼルヒネン・メルジェドス!メルジェド帝国の次期皇帝である!!』
 
 ティアを――観賞用の花か何かを品評するように見ている発言に苛立ちが募る。何故――ここに――??という思いよりも、更に読めてしまった唇から紡ぎだされた言葉に俺は激昂した。

 『喜べ女!お前を余の妾妃にしてやろう!!』

 ――殺す。

 左手首を無遠慮に掴み、無理矢理立たせた所業もかなり酷いが――誰を妾妃にするって??
 この時の俺には護衛の男は目に入っていなかった。ただ、ティアの手首を掴み許せない言葉を吐いた男だけが目に入っていた。
 殺す、殺す殺す――。ティアを掴んだ手を落す。ティアを見た目を潰す――そしてティアを認識出来ないように首を落せばいいのか??今までに感じた事の無い程の殺意――。
 走りながら、距離が縮まらない事に苛立ちを覚えた。

 『余には婚約者がいるからな。皇妃にはしてやれぬが、妾妃ならば良かろう?』

 ティアの婚約者は俺だ。
 俺以外の男の妃になる事は絶対に許さない。俺からティアを奪おうとするのなら、命は要らないのだよな??剣が無いのなら、簡易術杖を使えば良いか??いやそれとも、殴り殺せば良いだろうか??
 体格こそ、俺よりも良いけれど、あの男は俺よりも遥かに弱い。急所を突けばイッパツで昏倒させられる――その後、殺せば良いだろう――。

 『皇太子殿下――ッ?!』

 血が上った頭に、その声が届いた。
 その姿から、コレが護衛の男だと推察出来る。皇太子に何事か言おうとしたようだけれど、それを言い切る前に殴られていた――。使えないな……。
 けれど、そのやり取りを見たお陰で激昂した頭が少しだけ冷静になった。
 どれだけ殺してやりたいと思ってもコイツはメルジェドの皇太子だ。殺るのだとしても、国内ではマズイ。死んだ方が彼の国の為にもなるとは思うけれど――父が短期留学を受け入れたのだ――俺には王太子としての責務がある……ここでヤツを殺したりしたら大問題だろう。
 
 『メルジェド帝国の皇太子殿下ですわよね。それは先程伺いましたわ。私には婚約者がおりますの――婚約者はこの国の王太子のアルフリード・ヴァン・ファラキアですわ――この手を、離しなさい……!』

 ティアの声が聞こえた。
 凛とした声だ――。その声には明らかに怒りが籠っていた。その怒りに皇太子がたじろいだのが見える。その隙に手が緩んだのだろう――ティアが皇太子の手を振りほどいた。
 そして自分が怯んだ事実に腹を立てたのか、皇太子がティアに手を振り上げる――。

 フザケルナ――……

 『私の婚約者が何か――?』

 暴走しそうになる怒りを抑えつけながら、俺はティアを自分の背に庇って皇太子の腕を止めた。
 近くにいたと言うのに、護衛の男の反応の方が俺よりも僅かに遅い――。コレが護衛??確かに皇太子よりは強いだろう。だが――俺よりも弱い。そんな男が護衛だと?
 まさか、弱い護衛をつけて皇太子に問題を起させ……こちらから危害を加えさせる陰謀か?と勘繰ってしまいそうになった。流石に無いとは思う。けれど、そう思っても仕方が無い護衛の技量――。
 皇太子はゴニョゴニョと言い訳のような事を言っていたけれど、ティアに原因があるかのように言うのは頂けない。
 どうやらこの皇太子は、俺の気分を害する事にかけては天才的らしい――何とか自分を律しながら『皇太子の勘違い』と言う所まで話を持って行く……。

 『この学園にも鍛錬場はあろう。余が直々に指導してやろうでは無いか!』

 そう皇太子が言った時、俺は笑いだしたいのを堪えるのに必死だった。
 ドヤ顔でティアの方を見たのにはイラッとしたけれど、ブチのめせないまでも皇太子と戦う事が出来るのは幸いだった――この出しようが無い怒りの発散に少しは役に立つような気がしたからである。
 鍛錬場に案内しながら、俺は枝葉に指示を出す。指話だ――。学園長に鍛錬場に来て貰えるように手配を頼んだのだ。怒りのあまり俺が暴走しないようにする為のストッパーであり、学園長なら、皇太子を適当にいなせるだろうと考えたからでもある。
 ティアが、護衛の男にハンカチを渡しているのを見た所為で、それにもイラッとしてしまった――俺は――心が大分狭いらしい。護衛の男の力量は置いておいても――ティアを守ろうとしてくれたことは事実――お礼を言うべきだと分かっているのに、ティアにハンカチを渡されたと言うだけでその気が失せているのだから相当に狭い。
 この鬱憤は、皇太子にぶつける事にした。
 
 模擬剣を掲げその鍔元ガードにキスをする――。

 俺は少し不安そうな顔をしていたティアに『貴女の為に戦います』とそう告げたのだ。
 俺のその仕草にティアが左手の指先を唇にあてた後、その手を胸の上に置いた。俺はその動作に頬を緩めた。ティアがこの試合の意味を正確に理解していると気が付いたから……。
 『貴方の勝利を祈ります』では無く『貴方のご無事を願います』――皇太子を完膚なきまでに叩き潰す事は可能だ――けれど、両国の関係やら色々な事を鑑みるに、俺は勝ってはいけない・・・・・・・・負けてもいけない・・・・・・・・――面倒ではあるけれど、引き分けと言うのが丁度良いだろう……。
 この模擬戦で、少しは気が晴れると良い――そんな事を考えていたのだけれど……。
 学園長には付き合わせた事を申し訳ないと思う位に、皇太子との戦いは拍子抜けするほど酷いものだった。皇太子が予想以上に弱かったのだ……。
 まずは剣――体格の割に筋肉がついていないのか、剣速が鈍い。しかも、余計な所に力が入っている所為で反応もイマイチだ……だから、ワザと同じ動きをして剣を当ててやった。
 一合、二合――剣を合わせる度に、皇太子は焦ったような顔になって行く――それでも、俺がワザワザ同じ動きをしてやっている・・・・・事にすら気が付かない。偶然だとでも思っているのか?馬鹿なのか――??流石に護衛の男は気が付いているようだけれど――気が付いてもこれを止められないのだから居ないのと同じだ。

 ――体力も全然ないじゃないか……。

 剣の型を覚えていても、それを扱う筋力や体力が無ければ話にならない。肺活量も無いんじゃないか??
 息は上がり、剣先がブレている――おそらくは筋トレも走り込みもしていないのだろう……。素振りや型の復習も最低限しかしてないんじゃないだろうか――これで良く『指導してやる』なんて言葉が出たものだ。
 俺は、これ以上やっても皇太子が隠しようの無い醜態を晒す未来しか見えなかったので、この辺で切りあげる事にした――皇太子の剣を弾いて、俺の剣を一緒に投げたのである。さて、これで終わった――と思ったのだけれど、弱いくせにプライドが高い人間と言うモノは扱いが面倒くさいらしい。
 
 ――あぁ本当に――

 ロクでも無いヤツ。
 皇太子は、杖を持っていない相手に、術杖を展開させたのである。ましてや学園ではまだ魔法の実技を教わっていないハズの相手にだ。馬鹿なのか?馬鹿なのか……。この行動が、対外的に見ればどう見られるかをまったく理解していない……。
 俺がこれに対応できる実力が無ければ、一方的に蹂躙される事になり、結果、国と国との衝突になる可能性がある事すら思い付かないのだから呆れてしまう。
 まぁ、術杖が無ければ無いで模擬剣を拾って昏倒させに行っただろうけど、俺には幸いにもティアがくれた万年筆型の簡易術杖がある――。
 ならば付き合ってやろうと思ったのである。
 
 ――結果を言えば……魔法の方も――酷かった。
 
 見た目は派手な火球なのに、魔力の込め方が甘い所為で威力が無い。
 脳内での魔法のイメージが甘いのか、唱えるスペルの発音が悪いのか速度も遅いし狙いも甘い。仕方が無いので、こちらも小さな氷槍を作って応戦する。小さくなってしまったのは仕方が無い。大きければ火球を打ち負かしてしまうからだ。
 だったら、こちらも魔力をスカスカにして作れば威圧感ある氷槍で攻撃できるのだけれど、戦ってスッキリするどころか、勝たないように手加減する事に気持が疲れていたのでそんなサービスをする気は失せていた。
 本当――叩き潰せれば楽なんだけどなぁ――。
 結局、氷槍を火球と相討ちさせた為に発生してしまった水蒸気に紛れて皇太子が模擬剣を取りに行ったので、俺もそれに倣う事にする。

 何とも諦めが悪い――。

 その要らない根性や熱意を別の所で活用すれば良いのに……。
 学園長が、水蒸気を晴らせてくれたらしく視界が良好になった。
 目の前にいる皇太子の顔は、屈辱感が透けて見えるものだった。年下の俺と互角・・な事が気に食わないらしい。相手の実力を測れないと言う事はなんて幸福な事なんだろうか。
 俺は、そんな事を考えながら皇太子の剣を弾き飛ばした――。その後ちゃんと俺も剣を飛ばしたからね?もう、引き分けで良いよね??
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