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閑話 アルフリード・ヴァン・ファラキア 

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 本来なら、昨日の内に父に会えれば良かったのだけれど、緊急の会議が続いてるとかで会う事が叶わなかった。
 ジリジリとした思いを抱えたまま王城で一夜を過ごし、朝早くならば父も時間が取れるのでは無いかと考えて無礼を承知で寝室へと向かった。
 けれど、そこで侍女に告げられたのは父が昨晩は寝室に戻っていないと言う事――そして今は執務室にいるだろうと言う事だった。 

 王城の廊下を歩く――

 何人かが驚いたように振り返った。本来なら、学園で授業を受けている筈の俺がここを歩いている事に驚いたのだろう。
 父の執務室の前に来た時、宰相が部屋から出て来た所だった。彼は、驚いた顔をした後、胸に手を当て、簡易的な礼を取る――俺は、それを見て小さく頷いてから口を開いた。

 「緊急の用向きがある――父上に取り次ぎを願いたい――……」

 「分かりました。お待ちを――」

 俺の真剣な表情に、優先度が高い内容だと判断したのだろう。何の話なのかを聞かずに宰相は執務室の中へと入って行った。
 暫くすれば、宰相が扉を開けて俺を招き入れてくれる。部屋の真ん中にある机には、雑然と積まれた書類――無精髭に、目の下に隈を作った父が真剣な顔をして俺を見ていた。
 良く見れば、宰相をはじめ――この部屋に居る宰相補佐や文官にも隈が見られる。
 どうやら、父達が忙しかった『理由』も重大事のようだった。だとしても、忙しい時間を取って貰ったのだから、サッサと話をするべきだろう。

 「――……お忙しい所、申し訳ありません父上――まずは、人払い願います――、宰相は残って欲しいが大丈夫だろうか??」

 俺の言葉に、父が手を振った。
 その合図で、宰相補佐達が礼を取って退出していく――。宰相は残れるようで、目礼した後――部屋にある装置を起動させた。
 魔法などの諜報を防ぐための魔術具――遮音結界を張ったのだ。これを起動すれば、中での会話が外に漏れる事は無い。流石の判断力だと思う。

 「何があった」

 「魔女が消えました――」

 父に問われて、そう答える。その言葉にザッと空気が緊張したのが分かった。

 「本当はゆっくり時間を取って話したい事があったのですが、そうも言っていられなくなりました――これから話す事は荒唐無稽な話ですが、事実です――。信じられないとしても、どうか最後まで私の話を聞いて頂きたい。宰相もだ。これは、ティアも関わる事だから――」

 俺のその言葉に、宰相の眉がピクリと上がった。娘の名前が出た事で、俺の事を警戒するように見る。それも一瞬の事で、いつもの冷徹な顔に戻っていたけれど。
 娘――そう、ティアの父親は宰相だ。もっとも、ティアにとっては父親という感情は薄いらしい。
 何と言っても、この父に仕えているのだ。
 忙し過ぎて、碌に家に帰っていないと聞いている。婚約が決まった時も『そうか』としか言わなかったらしいし、俺に対しても特に何も言ってこなかったので、子供に対する情が薄いタイプなのかと思っていたのだけれど……。この反応を見るに、宰相なりに娘の事は可愛いようだ。ただ、それを表現する事が苦手なのかもしれない。
 
 「私とティアには、産まれる前の記憶があります。所謂――前世と言うものです……」

 二人は、驚いた顔をしたけれど、俺が言ったように途中で話を遮ったりはしなかった。――だから俺は話し続けた。
 前世で何故死んだのか――それから、生まれ変わったこの世界と、前世の世界の関わり――ある『物語』の存在とヒロインが信じる『女神』の話――それから、ティアの事――……。
 ティアが魔王になる可能性があった事――何故、それを伝えられなかったか――ウォルフ先輩による探査魔術でティアの魔王化が無いと思われる事――それらの全て。
 父と、宰相の顔がどんどん強張って行くのが分かる――けれど、話を止める訳にはいかない。
 ヒロインが俺と結婚し、攻略対象達に愛されるハーレムエンドを目指している事――その事を知った時のやり取り――……それから、ヒロインが母親と喧嘩して家を出た事――そして黒いマントの人物と消えた事――

 「――次から次へと――……」

 絞り出す様な声で父が大きな溜息を吐く。
 父が忙しい事を理由に、ティアの件を話す事を先延ばしにした結果がこれだ。父の不興を買うのは確実だろう。だからこそ、授業を欠席してまで王城に直接来て話す事を選択した。
 自分の失態だからこそ、目の前で話すべきだと思ったのだ。

 「自分が、何を見誤ったかは分かってるな?なら、俺から言う事は何もない。問題は魔女の事だ――」
 
 俺は父の言葉に頷いた。もっと酷く叱責されると思っていた俺は正直、驚いた――俺が相談しなかった事を残念だと思ったようだけれど、失望まではされなかったらしい。
 それでも、敢えて指摘しない・・・・・・・・・事は父の厳しさの表れだ。悪かった所の答えを与えるのでは無く、何が悪かったのか自分で気が付け――それ位出来るだろう??と言う意味である。
 それが出来無ければ今度こそこの人は、俺に失望するんだろう。

 「……が――ケイト――お前、その顔やめろ。落ち着け……」

 続いた父の言葉に、俺は宰相の方を見た。呪いでも籠っていそうな視線である。何かを耐えるように彼はそこに立っていた。
 ケイトと言うのは宰相の名前だ。本来はケイトルードと言うらしい。父が王太子時代から側近候補として仕え、暴走がちの父を御して来たその人が、怒りに震えながら俺を見ていた――。
 
 「俺の息子は、お前の娘の敵じゃ無いだろうが。どちらかと言えば、愛しの姫君を守りたい側だぞ?」

 「――父上?」

 父が変な事を言った所為で、宰相が複雑そうな顔をした。

 「殿下を敵だとは思ってませんよ――少し、自分の不甲斐なさに腹が立っただけです。私の娘が魔王ね――その可能性が無くなったようで良かった。でなければ、運命の神にでも喧嘩を売りに行かなければなりませんでしたから」

 何処まで本気なのか分からない宰相の言葉に、俺は思わず父を見た。
 父は、両手を上にあげて首を振っている。突っ込むな――宰相は本気だ――。俺にはそう理解出来たので、父の言うように黙って見ている事にした。
 フフフフと笑う宰相は、ティアに前世の事を相談されなかった己の不甲斐なさに怒っていたらしい。運命の神に殴り込める方法があるとは思えないけれど、宰相ならやってのけそうだと思ってしまった――。

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 本来なら、アルの閑話も1話で終わらせる予定でしたが、パソコントラブル等が重なり書けませんでした……。
 なので2話に分けます。まずは、途中まで書けていた所までを調整してUPしました。
 今日トラブルの所為で、予定が変わってしまったので、明日は更新しに来られるか分かりません;;
 大変申し訳ありませんが、宜しくお願い致しますm(_ _)m
  
 本編での都合上、冒頭の「本来なら~そして今は執務室にいるだろうと言う事だった。」までを継ぎ足しました(2021.03.11) 
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