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第20話 物語(ゲーム)の中の悪役令嬢。

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 沈黙の支配する部屋で、誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
 アルは、苦い顔をしながら、更に言葉を続ける。 

「――正確にはもう一人、私達を殺した人物も同じ日、同じ場所で死んでいる。私達は、その人物もこちらにいるのでは無いかと思っているんだ」

 『私達を殺した』と言う物騒なワードに、先ほどとは違う緊張感がこの場に満ちる。

 「まさか――義姉ですか?」

 義弟君がハッとしたように言えば、クリス先輩も目を見開いて私達を見る。この感じだと、クリス先輩も義弟君もこちらの話を一応信じてくれたようだ。

 「その可能性を考えていた。けれど、あの女は君の義姉以上に異常なんだよ」

 どちらも異常ではあるけれど、レイナの方がイッちゃってる感じだもんね。あの、正気を失った目を思い出すたびにゾワゾワしてしまう……。
 ヒロインの目は、まだ正気の人のそれだ。ただ、『女神様』を信じて、自分の人生が人々に祝福され、羨ましがられるような幸福な人生になると信じてしまっているだけで。
 
 「……彼女以上――」

 ゲンナリとした顔のクリス先輩と義弟君。
 まぁ、気持ちは分からないでも無い。特に義弟君はヒロインに振り回されてるんだし。

 「詳しい事は、ベルナドットとエドガーに話す時に」

 アルは、ベルナドット様とエドガー様にもちゃんと話すつもりらしい。
 まぁ、ヒロインが今後どんな行動をするか分からない以上、運命の相手で既に接触されてる二人にも事情を話して協力して貰うのが良いんだと思う。

 「既に、物語の登場人物達は――物語の話の中からは逸脱している。正直、先がどうなるかは全く分からないけれど、その物語の終わりは私達が2学年に上がった後エピローグを迎え卒業後の後日譚で締められる。そこまで乗り切ってしまえば彼女も私達を諦めるのでは無いか――と私は考えていたんだけれど……」

 そう。それが私とアルが当初考えていた事――。
 けれど、それは普通・・のヒロインだった場合だ。中身がレイナだった場合は、何するか分からないので武力行使まで検討されていたりする。

 「正直、彼女と会って果たして諦めてくれるのか?という印象を受けた……ネージュはその辺どう思うかな?」

 「何とも言えません。義姉はその『物語』に傾倒しています。盲目的に信じ込んでいてそれが自分の人生に幸いを運んで来てくれると――心の支えにしています。それが、不可能であると知った時、正直何をするか分かりません」

 やっぱりそうだよね……。そして私は気になる事を思い出していた――ゲームの私が魔王化する前に引き起こした出来事を――。

 「私、思い出した事があるのです……」

 私の呟きに視線が集まる。

 「あちらの知識で、悪役令嬢だった私が魔王になる前に使ったものがあります。それは、禁忌とされた魅了魔法――私自身、その物語をずっと見ていた訳では無いので良く分からないのですが、悪役令嬢が学園の何処かに封印された禁書庫でその魔法を手に入れるのですわ……」

 「そんなものが――」

 「えぇ。人の心を操るのは禁忌。その魔法を使って殿下や皆様の心を手に入れようとするのです。けれど、聖女となった物語の中の彼女に阻まれて――確か婚約破棄の理由もその辺にあったと思うのです」

 アルの呟きに頷いて、私は言葉を続けた。
 ヒロインの行動ばかり思い出そうとしていたから、悪役令嬢の魔王化についてはあまり思い出そうとしていなかった。だって、魔王になるつもりは無いけど婚約破棄のフラグは折れてそうだし、そこまで気にして無かったんですゴメンナサイ。
 
 「そして、魔王になる――と」

 クリス先輩の呟きに首肯する。

 「そうですわね。憎しみ、妬み――恨み辛み全ての悪感情を爆発させた結果が魔王化でしたわ」

 貴族の処刑は様々あれど、多くは苦しみの少ない毒杯を呷る事である。
 しかし、悪役令嬢の死は優しい毒を与えられる事では無かった。許されざる、禁忌魔法の行使。それまでに起した聖女への非道の数々――噂は国中に駆けまわり、心優しい聖女を慕う民からも悪役令嬢は憎まれる存在となった。
 貴族の処刑で次に多いのはギロチン。苦痛も恐怖も一瞬で終わる。

 けれど

 悪役令嬢の処刑方法は火炙りが選択された。
 憎まれた結果、より苦しみながら死ぬ事を望まれたからだ。

 『呪われろ!呪われろ!呪われろ!!私を裏切った者達!私に死を与えた者達!!全てを呪ってやる!!!』

 火が掛けられた瞬間、そう悪役令嬢は叫んだ。
 その後、何かを唱えながら嗤う。悪役令嬢を罵っていた民衆が黙り込む程の威圧――。そうして彼女は転化した。彼女の乏しい魔力では成れないはずの物に――その広場に居た民衆を供物にして――……
 
 「――魔王になったのですわ」

 クリス様と義弟君がどうして良いか分からないと言うような顔をしている。
 まぁ、そうだよね……。その魔王化した悪役令嬢は私の訳で。別人のようなものだと分かっていても、どう声を掛けていいか分からないのだろう。

 「――私にとっては物語の中の話――彼女は私ではありませんわ」

 苦笑してそう告げる。だってそうなのだ。
 先程、レイナに殺された事を話すのは無理だった。それは、その時の恐怖の実感があるから。けれど、悪役令嬢の顛末に関しては実感が無い。そんな死に方はしたくないなぁとは思うけど、彼女のような死を迎えたのは私じゃないから。
 私の表情を見て、それぞれ複雑な感情を浮かべていたけれど、それ程は『物語』の中の悪役令嬢を気にしていないと分かってくれたらしい。

 「私が、問題だと思っているのはヒロインである彼女の知識――ですわ。彼女が魅了魔法を知っていれば……使うかもしれないと思いませんこと?」

 今知らなくても、この先知らないままだとは限らない。しかも、ヒロインの魔力は膨大だ。もし使ったらどうなるか――。その危険性に気が付いたのだろう。皆の顔が青褪めた。

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