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おまけのおまけ マリ―ロッテと家族会議 前編

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 基本、マリ―ロッテ父と兄視点。マリ―ロッテにご注意下さい……。
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 「はぁ……」

 どうしてこうなってしまったのだろう。クレバー伯爵家の一室で私は頭を抱えざるを得なかった。
 妻の事は愛している。娘の事もだ。けれど、二人にはその思いが伝わっているのか疑問だ。
 不遇な扱いをされるエヴァンジェリンを庇うと妻は豹変する。『エヴァンジェリン、エヴァンジェリンって!!あなた!私達とエヴァンジェリン、どっちが可愛いのよ!!』冷静で良く出来た伯爵家の妻の顔は吹っ飛んで、眦を上げ怒るのだ。
 私の立場が彼女の生家から見れば格下であり、公爵家の寄子の関係である事も彼女が私の言葉を聞いてくれない事の原因の一つかもしれない。こうなった妻は、ひとしきり当たり散らさないと落ち着かない。
 お陰で侍女長には『奥様を刺激しないで下さいませ。旦那様――』そう苦言を呈されるようになってしまった。

 娘には無視されている。

 話をしようとすれば睨まれる――そんな日々に心が折れそうだった。
 エヴァンジェリンの父親であり寄親である公爵――学院時代にお世話になったクリフト先輩にも大層申し訳無い気持ちで一杯である。
 妻であるイレーネは、エヴェンジェリンをというより義姉であるミレディさんの事が大嫌いだ。その所為で、その娘のエヴァンジェリンの事も嫌いなのだと思う。
 妻の母と言う人は若い頃は誰もが目を瞠るような典型的なヒロイン顔というやつで、産まれて来た娘も自分に似ると思っていたらしい。所が、悪役令嬢とは言えないまでもキツイ顔だった為に残念そうに溜息を吐いたとか。
 お義父さんが窘めたらしいけれど、溺愛する息子であるクリフト先輩との扱いの差は歴然としていたようだ。それでもイレーネはどちらかと言えばクリフト先輩の事は兄として慕っていたらしい。
 ただ、クリフト先輩にミレディ義姉さんという恋人が出来た頃から少しずつ歯車が狂って行く。
 慕っている兄を取られるという気持ちと――何より、お義母さんがミレディ義姉さんを大層気に入って可愛がった事が原因だ。
 その頃は私とイレーネは既に婚約を前提とした恋人同士で、良く見ていたから分かる。
 お義母さんは、ミレディ義姉さんを観劇や買い物に連れて行きたがった。イレーネは誘わずにだ。『私が連れて歩くのなら可愛らしい娘の方が良いものね』平然とそう言い切れる義母に何とも言えない理不尽さと憤りを感じたものだ。
 ミレディ義姉さんは気を使ってそれとなくイレーネも誘うように義母に言ったりしてくれたのだけれど、その度に顰められるお義母さんの顔を見てイレーネは硬い顔で断る事が常だった。そうして隠れて泣いていた事を知っている。
 
 『お母さまに愛されたい』

 イレーネのその気持ちは捻じれてミレディ義姉さんへの攻撃に変わってしまった。
 私と結婚して長男のディランが産まれた事で少し落ち着いた筈だった。けれど、マリ―ロッテとエヴァンジェリンが産まれた事で状況は一変する――。
 若い頃の自分に似たマリ―ロッテをお義母さんは大層気に入り、可愛がってくれるようになった。お義母さんは逆に悪役令嬢と言われるような顔つきで産まれて来たエヴァンジェリンは気に入らず、その母親であるミレディ義姉さんは冷たく扱われるようになってしまった。
 イレーネは、マリ―ロッテを通じてお義母さんに認められた。その事実が、イレーネを再び変えたのだ。得意気にマリ―ロッテを褒め称え、エヴァンジェリンを見下した。エヴァンジェリンを産んだミレディ義姉さんの事も。
 お義母さんと一緒になって、エヴァンジェリンとミレディ義姉さんの悪口に花を咲かす……。
 注意をすれば、一瞬我に返るけれどお義母さんと会うたびに戻ってしまう――その頃にはマリ―ロッテとディランへの接し方にも違いが出てきてしまって、歯噛みする気持ちになった。
 私の立場で『実家に行くな』とも言えず――……だから、お義父さんとお義母さんが別邸に隠居してくれた時は本当に有難かったのだ……。実際、お義母さんに会わない時間が増えたお陰でイレーネは少し落ち着いたからだ。
 多分、イレーネはエヴァンジェリンやミレディ義姉さんの悪口を言うという共通の話題でしか、お義母さんと繋がっていると言う感じを持つ事が出来無かったのだと思う……。そして、その状況を『お母さまに愛された』と勘違いしてしまったのだ。
 私は――それを……憐れに思ってしまった。私にとってのイレーネは愛する妻であると同時に、お義母さんの愛情を求めて泣く子供のようだったから……――。
 きっといつか、気が付いて落ち着いてくれる――私はそんな風に思ってしまったのだ。そこには、私が介入すれば余計に拗れるからと言う経験則も入っていたのだけれど……。
 それでも、私は夫として――父親としてお義母さんからイレーネとマリ―ロッテを引き離し、強く諌めるべきだったのだ……。
 
 ※    ※    ※
 
 俺の名前はディラン。俺には妹が居る、マリ―ロッテと言う名だ。
 妹は残念な事に可愛い・・・。所謂ヒロイン顔と言われるタイプで、母から溺愛されている。俺だって愛され無かった訳じゃないけれど、扱いには明確な差があった。
 それは祖母もだ――外孫かつ男の俺なんか目に入っていないんじゃないか?って位にマリーロッテだけ可愛がられてた。
 俺より酷い扱いだったのがエヴァンジェリン。ちょっと悪役な顔をしてるだけで、妹が壊した花瓶がエヴァンジェリンが壊した事になったり、妹が置きっぱなしにした本がエヴァンジェリンが置きっぱなしにした事になったりした。俺が一緒に居て気が付いた時は『違う』って言ってやれたけれど、祖母や母は自分の勘違いを認めたりしない。『勘違いさせるのが悪い』と言い始めて終わりだ。本当に良く似た母娘だと思う。
 エヴァンジェリンは、確かに悪役顔だけれど良い子だし可愛い。ウチの顔が可愛いだけで性格が最悪の妹とは大違いだ。そうなんだよ……アイツどんどん性格が悪くなったんだよ……主にエヴァンジェリンに対して。
 幼い頃は妹と俺の扱いの差に寂しい思いもしたけれど、大人になれば二人の事も冷静に見れた。そうすれば、分かる事もある――。祖母も、母もついでに妹も色々拗らせてるって。
 そんでもってその被害者がエヴァンジェリンの母親である叔母とエヴァンジェリン、それからついでに妹だ。

 ――マリ―ロッテもかって?

 そうだと俺は思うよ。
 だって、小さな頃からマリ―ロッテは特別でエヴァンジェリンは悪い子って育てられたんだぞ??俺、その立場じゃ無くて良かったと思うもん。
 じゃあ助けてやれって??
 そりゃ、その事に気が付いた時どうにかしようとしたさ。『人を呪いたくば鏡を見よ』その行いは自分に返って来るのだ。それが今世で無くとも――例えば来世で――……少なくとも俺は教会でそう教わって来た。『今世のカルマは今世で還し、来世には持ち込まない』ようにしましょうってさ。だから家族としてはどうにかしたいって思ったんだよ。
 祖母は、俺の話なんて聞く気が無かったし、母は忠告すればエヴァンジェリンの味方をするのか!とヒステリー。妹は『うるさいわね』そう言って鼻で嗤われた。
 そんな状況ばっかりで……このままだと良く無い事になるんじゃ無いかって、漠然とした不安を覚えた記憶がある。
 それは父も同じようだった。けど、父は俺よりも疲れ果てていたんだよな……何でも、結婚以来ずっと母を諌めて来たらしい。けれど、余計に拗れるだけでどうすれば良いか父にももう分からない――と。ポツリとそう言ったのだ……。
 そしてついに事件は起きてしまった。かなり最悪な形で……。

 「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、最悪な状況にしてくれたな?」

 乾いた笑いを浮かべながら俺は妹にそう言った。
 応接室には頭を抱えた父と、イライラとした母、同じくイライラしている俺――それから、ソッポを向く妹がいた。
 むくれ顔の妹に睨まれるけれど、俺にとっては怖くもなんとも無ければ怒りしか無い。何を持ってしてマリ―ロッテは自分がセドリック王子と結婚出来ると思い込んだのかが本当に分からない。
 しかも、エヴァンジェリンに濡れ衣を着せてセドリック王子と婚約破棄させて奪い取ろうとしたらしい。

 馬鹿なのか??

 いや、そこまで馬鹿では無いと思っていた俺が馬鹿だった。
 セドリック王子がエヴァンジェリンと婚約破棄しようとしたのは、妹への恋心なんかでは無く、おそらくは『悪役令嬢』と呼ばれるような行動をしたとされたエヴァンジェリンを王室に近付けたく無かっただけだろうし。
 あの王子、正義感は溢れているけれど、腐っても『王子』である。政略の意味を疎かにする事は絶対に無い。そう言う意味でたかだか伯爵家の娘である妹が恋人や王子妃として選ばれる事は絶対に・・・無いのに……。
 それなのに自分に靡いたと勘違いし、嬉々として騒動を起した妹――痛々しい馬鹿である。
 
 「あの王子・・・・がお前なんかを王子妃にする訳が無いだろう?馬鹿すぎて話にならない。しかも、何の罪も無いエヴァンジェリンを陥れる計画とか本当に虫唾が奔る。お前の性格が最悪だってのは知ってたけどな――ここまで腐っているとは思わなかったぞ?」

 「何で、馬鹿兄にそんな事を言われなきゃなんないのよ!!被害者は私よ!!!あんな隠し撮りしてるなんて……お陰で要らない恥をかかされたのよ??アンタに迷惑は掛けて無いじゃない!可哀想な妹を慰めるのが普通でしょ!!」

 「――まだ、分かって無いのか?本当に呆れるな」
 
 ギャンギャンわめく妹を冷徹に見下ろす。
 反省するのならまだ可愛げがあるのに、それすら無い馬鹿な妹――顔を伏せていた父が厳しい顔をして妹を見ている事にも気が付かない。
 母は、苦い顔をしていた。流石に無実の従姉を陥れようとしたマリ―ロッテの事を庇えないらしい。

 「迷惑を掛けて無い――ねぇ……?はっ!俺は結婚を前提に付き合ってた恋人にお前と・・・母さんの所為で振られたけどな?」

 「――!」

 母が息を飲んで俺を見た。
 まだ正式な婚約をしていなかったものの、俺には付き合っていた恋人がいた。それは両親も知る所で、清く正しい貴族的な付き合いが順調に行けば将来的に婚約したいと話していたのだ。
 妹にはまだ話していなかったけれど、両親は気立ての良い彼女を気に入ってくれていたから……。流石の母もショックだったらしい。父には既に話していたから、沈痛な面持ちで目を伏せた。
 母は妹と違い状況が分かったのだろう。青褪めた顔をして震える――。妹は――ここに至っても状況を理解していなかった。キョトンとした顔で「恋人なんていたの?モノ好きがいたのね……」と言っただけ。

 「何故、振られたか教えてやろうか?『無実の者を陥れるような人を義妹となんて思えない――それに、エヴァンジェリン様のあのお姿を見れば、貴方のお母様が話してくれた事も嘘に思えてしまうの……両親も、そんな怖ろしい所に嫁には出せないって……』だとさ」

 乾いた笑いを零せば、不満そうな顔の妹と呆然とした顔の母がいた。
 あの馬鹿な妹が自分の馬鹿さ加減を晒したあの場には、彼女も居たのだ――その彼女から俺はエヴァンジェリンとセドリック王子――それから妹の行動を教えて貰っていた。
 母と彼女の母親は友人だった。だから母は彼女の両親にそこまで言われるとは思わなかったのだろう……。けれど、それが真実だ。妹と母がして来た事の結果である。
 彼女は俺の事は好きだけれど――と言ってくれたが、母と妹を止められなかったと言う事は俺も同罪なのだ。だからこそ、状況が分かっていない妹に腹が立った。

 「お前、ほとぼりが冷めれば元の状況に戻ると思って無いか?」

 ヒロイン顔の可愛い自分が再び社交界に出られると思ってるだろう?と問えば、妹は何を当然の事を言ってるのだ?というような顔をする。
 そんな妹を見て、父は大きな溜息を吐いた。

 「――ここまで無知に育ててしまったのか……だが、マリ―ロッテ。お前は現実を知らなければならない。自分が招いた事態だからね……マリーロッテ――お前は、もう結婚出来ないだろう……」

 「――……お父様――??何を言うの……」

 信じられないと言う顔をするマリ―ロッテ。慌てて母の方を見たけれど、母は哀しそうに目を逸らすだけだ。
 事、此処に至っても状況を理解できない憐れな妹――だから俺は口を開いた。

 「公衆の面前でオマエは罪は暴かれた。社交界にこの話を知らない者はもういない。ましてや、セドリック王子はエヴァンジェリンを溺愛していると聞く――エヴァンジェリンが王子妃になる事実は覆らない――幸い王家から咎められる事は無かった――けれど、世間はお前がした事を王家へ弓を引いたと思うだろう」

 「は?何言ってるのよ!!私はエヴァンジェリンに『悪役令嬢』として相応しい舞台を整えてあげようとしただけじゃ無い!!王家に何かしようとした訳じゃ無いわ!!」

 「黙れ!セドリック王子の婚約者を陥れようとする、その行為が王家に弓を引く行為だとディランが言っている事すら分からないのか!!」

 温和な父の怒鳴り声に、妹は驚いた顔をして黙り込んだ。
 俺は妹のあまりの物言いに殴りそうになった拳を抑える。エヴァンジェリンに相応しい舞台だと?あの優しい従妹に似合うのは、愛されて幸福になれるような現実が相応しい。

 「マリ―ロッテ――お前は、セドリック王子の婚約者を陥れようとし、結果的にセドリック王子はエヴァンジェリンを愛した。だからこそ、余計にお前の悪行は忘れられない事実として残るのだ。王家に弓引こうとするような娘を、誰が嫁に貰いたいと思うのだ??」 

 お前を妻にしたのなら、王家は『不快』に思うだろう。父はマリ―ロッテにそう告げる。
 咎めは無かった――けれど、その話を王家が知らない訳では無いのだから。普通に考えれば、王家の不興を買ってまでお前を娶ろうとするモノ好きはいないと――。

 「――……だっ、だったら外国の貴族とか――??」

 「無理だろ?お前はたかだか伯爵令嬢。我が家には目立った功績も、特産と呼べるような収入源も無い。しかも王家に疎まれてるのに……。そんな相手と外国の貴族が結婚する意味ってあるか??しかも、お前がやらかしてくれた所為で、クレバー伯爵家自体が存亡の危機になってるんだぞ??」

 「――……意味分かんない。なんでウチが存亡の危機なのよ!」

 青褪めた顔で、妹が聞いてくる。
 これだけ話してやったのに、そんな事も分からないのか――?俺は、目を眇めて妹を見た。マリ―ロッテは珍しく怯えたような顔をして、目を逸らす。

 「お前がした事の所為で、クレバー伯爵家の信用は地に落ちた。ディランの婚姻も難しい状況――と言う事だ……分かるね、イレーネ」

 「……はい……」

 疲れた顔で父が妹に言った後、父は母の方に顔を向けてそう言った。母がボロボロと涙を零す。そんな姿なんて初めて見た――なのに、驚く程に心が動かない。まるで凍りついてしまったように俺は冷めた目で母を見た。
 
 エリーゼ

 君の事が好きだった。
 いや、俺は君を愛していた。彼女と結婚する未来が、当然だと信じていた過去の自分を嗤ってやりたい。そうであったのなら、俺は母と妹を止めるべきだったのだから。
 いつかどうにかなる。
 いつか丸く収まる。
 学園でのエヴァンジェリンの状況を風の噂で聞いていたのに――……そんな風に思って妹を諌め無かった俺にも平等に罰が当たったんだ。

 「私とマリ―ロッテは別邸に行きます――……そこで、残りの一生を過ごしますわ……」

 母の言葉に、父が厳しい顔で頷く。
 けれど、マリ―ロッテが「はぁ?!」と大声を出した。この馬鹿な妹は、その処分が不服らしい。縁を切られて追放されて平民に落されるよりもマシな良い状況なのに……。そんな事も理解せず、妹は母に文句を言い始めたのだった――。
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 一話に纏める予定でしたが、前後編となりましたm(_ _)m
 更新に時間もかかっている状況で申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。

 本日は『婚約破棄?ありえませんわ――』の方も一話更新予定(ポチポチ途中です)。その次に書く予定の話は『乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、……』の方になりますが、今回ほど時間を開けずに家族会議の後編も更新出来たらと思っています。お待ちいただく状況、申し訳ありませんが宜しくお願い致しますm(_ _)m
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みんなの感想(30件)

penpen
2021.08.28 penpen

後編はいつ?(´;ω;`)

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たまき
2021.08.22 たまき

悪役令嬢を愛でる会!わたしも入りたいです。
続きが気になります!! 

解除
まてりょつく

もう少し続編がよみたいなぁ^ - ^

解除
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