【完結済】病弱な姉に婚約者を寝取られたので、我慢するのをやめる事にしました。

夜乃トバリ

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第9話 最低な恋人達

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 一触即発――。ギスギスとした空気が部屋に満ちていた。
 不貞腐れて、髪を弄るエウリカと、彼女を冷たい目で見る子爵夫妻とレウリオ。シシュリカは複雑な気持ちでそれを見ていた。
 はっきり言ってしまえば、彼女の心中は混乱していたのだ。昨日までは、エウリカは確かにレーン子爵家において一番大切にされていた『姫君』だった。それなのに今は、家族から敵、或いは仇のように見られている。
 シシュリカは、オルテンシアという伯母の存在が問題の根幹にある事を理解して複雑な気持ちになっていた。
 エウリカは、オルテンシアの事は知らなかったようなので「そこまで節操無しじゃないわ!」と文句のような事を言っていたけれど、妹の婚約者とそう言う関係になった時点で、レーン子爵夫妻にエウリカを許す選択肢は無くなったと思われた。それ程、オルテンシアの残した傷が深かったと言えよう。
 そして、レウリオの事をシシュリカは考えていた――。要らないと母親に切り捨てられたレウリオ。兄だと思っていた人が従兄だという事実に戸惑い、母親に捨てられた事や、父親が自殺したと言う事に傷ついているのではないかと心を痛めていた。
 当の本人は、赤児の時の事――オルテンシアの事を覚えていない上、耳にした噂などから実の母親である彼女の事を恥じていたし、自殺した父親の事も情けないと思っていたのでシシュリカが思うようには傷ついてはいなかったのだけれど……。
 そう、レウリオは、オルテンシアを唾棄すべき相手だと思っていたのだ。なので、エウリカがした事を到底許す気にはなれなかった。妹の婚約者と寝るような女は地獄に落ちれば良いとさえレウリオは思っていた。
 
 「やぁ、エウリカ!今日の具合は――……っ……――!!」

 そんな空気の中に意気揚々と入って来た人物がいた。
 シシュリカはよりにもよってこのタイミングに来るなんて、馬鹿な人――と入って来た男を見つめた。
 これはレウリオが指示した事で、もしも、この男が来たならその行動を邪魔しないようにとあらかじめ言い置いていたのだった。ついでに言うのなら、この男が大体この位の時間に来るのを知っていたので、おそらくはレウリオの確信犯であったろう。
 入って来た男――すなわちユーベルは、まず、レーン子爵家の家族が勢ぞろいしている事に驚き、それから――不穏な空気に何かマズイ事が起こっていると察したようだった。

 「やぁ、これは――お邪魔だったようで……家族の団欒中に申し訳無い……。私は失礼しよう――」

 団欒中――その言葉ほど、この場に相応しく無い言葉は無かったろう。この男は何を言ってるのだろうか――……他の面々が考えていた事はまったく一緒だった。
 ユーベルにとっては、この何とも言えない雰囲気の中からとっとと逃げ出したいと言うのが本音で、気もそぞろにで出た言葉がそれだっただけだ。

 「邪魔なんて事は無いさ――寧ろ、歓迎するよ?ユーベル」

 「いやいや、邪魔は良く無いよ。うん。私は帰――」

 「いいや?帰って貰っては困る――君のお父上も呼んだから、我が家で待つと良いよ?」

 レウリオはそう言って薄く笑った。軽蔑している気持を隠そうともしないその笑みに、ユーベルが引き攣った笑みを返す。
 また、レーン子爵夫妻も憎々しげにユーベルを睨んだものだからさらに居心地が悪そうな顔をして部屋の中に突っ立っていた。そんなユーベルにレウリオが近付く――。

 「それで?今日もシシュリカのお見舞いに来てくれたのかな?」

 「え?あ、あぁそうだよ?やぁ、シシュリカ久しぶりだね?元気そうで良かったよ」

 ヘラヘラと笑いながら言うユーベルを一瞥した後、シシュリカは無言で溜息を吐いた。
 成程、こんな人だったのか――とシシュリカは考えていた。見た目が良い置物の方がきっとマシだろうとも……。この緊迫した空気の中で、おおよその察しもつくだろうに――ヘラヘラと笑って誤魔化す事しかしない。
 あわよくば逃げ出したいと言う気持ちも隠せて無い――。おそらくは、エウリカとの事がバレるとは思っていなかったのだろう。そしてバレた時の事もまったく考えていなかったのだ。

 ――なんて無責任な人なんだろう……。

 シシュリカは、そう考えてから『これで良かったのかもしれない……』とそう思っていた。レーン子爵夫妻の様子を見れば、婚約関係の継続は無いと見て良いだろう。
 シシュリカは未だに信じられないけれど、レウリオに聞かされたあの事・・・もある――そう考えるとここで問題が明らかになったのは僥倖だったと言えよう。
 今ならまだ、相手側が原因で婚約の継続が出来無くなったと婚約を解消すれば良いだけだ。こんなに無責任で考えなしの男との婚約を解消できるのなら、シシュリカはエウリカに感謝しても良いかもしれないと考えていた。

 「元気そうねぇ?――……婚約者が事故で池に落ちたと知っているのに、言う事はそれだけか??で?シシュリカへの見舞いは今日も『ナッツのクッキー』なんだろう?――……あぁ、ソッチはエウリカへの手土産だね??ふん、随分と豪勢な花束だな……」

 レウリオの言葉にユーベルは顔を青くしたり赤くしたりしながらも黙っていた。
 二人は友人であったからこそ、ユーベルはレウリオの性格を理解していたからだ。ここで反論しようものなら、言い負かされるだけだと知っていたのである。
 その判断は正解だったが、間違ってもいた。シシュリカからユーベルの所業を聞いた時点でレウリオはユーベルの事を友人だとは思わなくなっていたので、もし反論していたらレウリオはユーベルを殴っただろう。

 「ナッツ、だと――?」

 レーン子爵が唸るようにそう言うのをシシュリカは見た。
 握った拳は血管が浮き、今にも殴りかかりそうだ。それをレウリオが目線で制止しているようだった。それは、まだ早いとでも言っているようだった。
 エウリカは我関せずと言うかのように、つまらなそうな顔をしていたが、脳内では目まぐるしく思考を巡らせていた。矛先がユーベルに行った事で全ての責任を彼に押し付けられないかと考えたからだ。
 夫人がポツリと「池?何の話なの――??」と呟いた。シシュリカはそんな夫人からそっと目を逸らせた。確かに落ちたのは事故であったけれど、あれは自殺しようとしたようなものだ。だから、心配げにシシュリカを見る夫人の目線に耐えられなかったのである。

 「その件については、後で説明するよ……まずはラットウェイ子爵が来るのを待とう――」

 「待ってくれ、本当に父が来るのか――?」

 「あぁ。お前が来たら呼びに行くように指示してあるからね?」

 レウリオの言葉にユーベルは顔を青褪めさせた。マズイ事になったと思っているようだが、父親の子供は自分だけなのだから、最終的には許されるだろうとユーベルは考えていた。
 正直に言えば、ユーベルの認識はとても甘かった。ラットウェイ子爵は高潔な人であったし、シシュリカの事を実の娘のように思っていたので、この件を知れば激怒するに違いなかったからだ。

 「ユーベルを別室へ案内しておけ――」

 レウリオは外へ声を掛けると、ユーベルを別室へと案内させた。案内するのはレーン家の私兵である。逃がす気は無く、ラットウェイ子爵が来るまで、別室に軟禁するつもりだと言えた。
 それから、レウリオは侍女と私兵を室内に入れ、エウリカを見張るように指示を出した。エウリカは不満そうに睨んでいたけれど、レウリオは無視した。
 ラットウェイ子爵がこの家に来るのにはまだ時間がかかるだろう。レウリオは、レーン子爵夫妻とシシュリカを伴って部屋を出る――これからの事を話す為に……。
  
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