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第4話 掬いあげられる
しおりを挟む意識を失う前、誰かの呼び声を聞いた気がした。
シシュリカは、自分の部屋で目を覚ました。そして、いるはずの無い人が椅子に座ってベットの横で寝ているのに驚いて目を瞬かせた。
几帳面で、いつもピシリとした格好をしている兄が、無精ひげが生えた顔にクシャクシャのシャツで眠っていた。
目の下には隈があり、眉間には皺も寄っている。
「お兄様――?」
シシュリカの呟きに、兄のレウリオが目を覚ます。
「シシュ!起きたのか?身体は大丈夫か??」
慌てながら聞かれた事で、シシュリカは自分が池に落ちて生きる事を諦めた事を思い出した。
「あ……私――?」
レウリオは全てを思い出しポロポロと涙を零すシシュリカを、あやす様に抱きしめながら彼女の様子を窺っている。
「――何があったんだい?良い子だから、兄様に話してご覧――」
シシュリカは、泣きながらレウリオに話をした。支離滅裂な説明を投げ出さずにレウリオは最後まで聞く――そして顔を真っ赤にして黙り込んだ。手酷い裏切りにあって傷ついたシシュリカ。それを成した者たちへの怒りが煮え滾るようにレウリオの身の内を焦がす。
それから暫く無言の時間が続いた――。
「シシュ――君はどうしたい?」
「婚約を解消したいわお兄様――。お父様は許して下さるかしら……?」
シシュリカが恐れたのは、父親が親友の為にこの婚約を継続させる事であった。
「馬鹿を言うな!親父があのクソ野郎を許す訳が無いだろう!」
品行方正なレウリオから、聞いた事が無い言葉が飛び出してシシュリカはキョトンとした顔をした。その様子を見たレウリオが居心地悪げにモゾリと動く。
「あぁ――その、何だ――親父が、お前を傷付けられて怒らない筈が無いだろう?」
「そう――かしら……だって、ユーベル様の――その、お相手はお姉様よ――?」
エウリカを可愛がっている父を思えば、どうしても自分の為に怒る所を想像できないシシュリカだった。エウリカ中心のこの家で、シシュリカが家族と信頼関係を築けて来れなかったとも言えるだろうけれど……。
「――……確かに、我が家ではエウリカが優先されて来た。けれど、親父も母さんも、お前を嫌ってる訳じゃないし、どうでもいいとも思って無い。ちゃんと愛してるよ――……その、俺もね?」
「――……」
レウリオが真剣な顔をしてそう言ってくれたけれど、シシュリカにはそれが慰めから出た優しい嘘のようにしか聞こえない。両親は、本当に自分をどうでもいい娘だと思っていないのか?
シシュリカは考えてみたけれど、一度も開かれない誕生日を思えば、信じられる気はしないのだった。
「信じられないか――。まぁそうだよなぁ……俺の事も信じられないかな?」
「――そんな事ないわ……お兄様だけよ。私の事を気にかけてくれたの……」
「そうか――」
照れて赤くなりながら、どこか嬉しそうにレウリオが言った。
大好きな兄の確かな愛情を感じて、シシュリカがクスクスと笑う。ここ数日で一番心が温まる一時だった。
「シシュリカ――親父も婚約解消は許してくれると思う。けれど万が一、ダメだと言われても絶対に俺が何とかしてやるから――信じてくれる?」
「えぇ、信じるわお兄様――」
真剣な表情で言うレウリオに、シシュリカは微笑みながらそう言って頷いた。きっとレウリオなら、ユーベルとの婚約をどうにかしてくれる……力強い言葉に勇気づけられた気持になったのだろう。少しだけシシュリカの顔に赤みが戻った。
「じゃあ、この件は俺が引き受ける」
「――お姉さまと話をするの……?」
「いや――まだだ。言った所でしらばっくれるに決まってる――アイツ。腹黒いからな」
シシュリカはレウリオの口から出た言葉に驚いた。
腹黒い?レウリオはエウリカを可愛がっていたのではなかっただろうか――そんな疑問がシシュリカの脳裏を過った。思い出すのは、レウリオがエウリカを心配して彼女の慰めになればと花を持ってお見舞いに行く姿――けれど……
――そう言えば、お兄様……――寄宿学校に入る少し前から……
シシュリカは、レウリオが寄宿学校に入る少し前からエウリカが熱を出してもお見舞いに行かなくなっていた事を思い出した。不思議に思ったのが顔に出てしまったのだろう。レウリオが少しバツの悪そうな顔をした後、口を開いた。
「言っておくが、アイツが子供の頃に可愛がってたのは認める。けど、本性を知ってから俺はアイツが嫌いだからな?」
「本性って何があったの……?」
少し強めの口調に驚きながら、シシュリカはレウリオを見た。レウリオはシシュリカから目を逸らした後、唇を引き結んでからこう言った――「悪いが……今は言いたく無い――」……と。
「――……もしかして寄宿舎学校に入ったのは……いいえ、ごめんなさい……いつか、お兄様が辛く無くなって話したくなったら言ってね?」
押し黙ってしまったレウリオを見て、何があったのか気になったシシュリカではあったけれど、話したく無いものを無理に聞く気にはなれなくて、レウリオの手を労わるようにそっと握ってそう言った。
「――ありがとう。シシュ」
レウリオは、心配しながらも聞かないでくれたシシュリカに、優しく微笑むと、こんなに優しいシシュリカを傷付けたエウリカとユーベルにどう贖ってもらうかを考え始めたのだった。
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誤字修正(2021.03.31)
辛くなって→辛く無くなって
上記修正しました。誤字報告頂き、有難うございます!
誤字修正(2021.04.06)
品行方正名→品行方正な
上記修正しました。誤字報告有り難うございました!!
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