上 下
306 / 307
第十二章 終わらない物語

15.有り難くない綽名

しおりを挟む
 救い小屋は、小屋と寺の両方とも卯月の半ばごろには皆、出てゆくことができてすべて解体することができた。
 
 公達の屋敷では順番を決めて、定期的に「救い市」なるものを開催することになった。
 何を配るかは自由なので、皆、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。

 
 あたしは、皐月の最初にある、流鏑馬神事が楽しみで仕方ない。
 今年も射手に選ばれた元信様の姿を、糺の森の馬場に新たに設置された女人用の席で見られるから。
 
 主上は、公家専用の桟敷席で観ようと、しつこく誘ってくるけど、無視無視。
 だって、馬場から遠いんだもん。
 せっかくの元信様の雄姿を近くで観たいじゃない。

 今年は義光も射手に選ばれたそうで「治部卿殿には負けませんよ!」と息巻いている。
 独りで何を張り合ってるのか、よく判らない。
 
 ま、頑張れ。
 観には行ってあげるよ。

 
 都の大掛かりな水道工事は着々と進んでいる。
 これが終わったら、下水・ごみ処理施設と医療施設の建設を考えている、と先日、皆に話した。
 
 皆は最初は「え、まだなんかあるんですか…」と呆れていたけど、あたしが必要性を力説するうちに「やりましょう!」と乗り気になってくれた。

 宮中のみならず、市井でも、あたしは「権中宮ごんのちゅうぐう」とか「女関白」とか呼ばれているらしい。
 
 おかしいなあ…
 あたしは首を傾げる。

 あたしは、元信様の妻になれればそれで良かったはず。
 家刀自として家の中を整え、元信様の生活を支えていければそれだけで良かったのに…
 
 何でこんなことになっちゃった?

 幼いころから、あたしはトーベ・ヤンソン作のムーミンママとかハンス・クリスチャン・アンデルセン作の「父さんのすることはいつもよし」に出てくる奥さんとかに憧れていた。

 盲目的に夫に従う妻。
 すごい、素敵だなって思ってた。
 あたしの両親は、どちらかと言えばカカア天下だった。
 母がなんでもイニシアチブを取って、父は特に反論も不満もないようだった。

 今のこの状況は完全にあたしが、この家だけでなく政治の中心のようだ。
 夫だけでなく、国家をも座布団にする女。

 なんか違うんだけどなあ…

 元信様に愚痴ったら
 「私たちは皆、自ら望んで香織の指揮下に入っているのですよ。
 誰に強制されたわけではない、もちろん香織だって一言も従えなんておっしゃってない」
 
 「誰も思いつかないような素晴らしい着想と創意工夫、香織にしかないものを惜しみなく出してくださるのだから私たちは余さずそれを享受できるように実行していかなくてはね」
 と一笑に付された。

 でも元信様はあたしの抱えている精神的プレッシャーを感じ取ってくれたらしく、宮中で主上や他の公達に話してくれたらしい。
 
 関白様や大臣おとど達、いつもの公達からもたくさんの贈り物や手紙が、以前にも増して届くようになった。

 お弁当を持って皆で馬での遠足に行ったり、大学寮の算学の教授に会ったり、女子会を開いたり、あたしの気が晴れるような楽しいことを次々と敢行してくれる。

 うーん…
 まあ、いいか。
 皆が応援してくれるうちは、頑張ろう。

 私的な利権を望むなどの間違った方向に行かないように、気を付けないとね。
 「稀代の悪徳女関白」とか後の世で言われたら嫌だもんね。
 
 「傾城の美女」ならともかく。
 なんちゃって。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

鶴の独声

二ノ前ト月
ファンタジー
よくある異世界転生ものです。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...