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第十二章 終わらない物語

10.内侍さんの恋

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 「この餅は、実は内侍のものを式部に頼んで少し横流ししてもらったのです」
 元信様は悪戯っぽく笑う。

 「え?内侍?」
 あたしは驚いて、元信様の顔を見つめた。

 元信様はビックリしたように
 「ご存じなかったですか?
 行直と内侍は今宵、三日夜の餅をしているのですよ」
 と言った。

 えーーっ!
 あたしは持っていた箸を落としそうになった。

 内侍さんと、行直さん!!
 ぜんっぜん、知らなかった!

 「行直の実家も内侍の実家も、下級貴族なので露顕の儀はしませんが、式部が『これほどたくさんのお餅があるのですから、ぜひ内侍のお祝いもしてあげたい』と言いだしましてね」

 「私が右大臣家へ通いだしてから割とすぐに、二人は恋仲になったのですが、私と伊都子姫に遠慮して今まで枕を交わしたことはなかったのです。
 私たちがやっと夫婦になったので、二人もやっと夫婦になれた、と」

 あー…そうだったんだ…
 あたしは唇を噛んだ。
 全然知らなかった。

 「私たちの恋が実って本当に良かった。
 もし、香織が他の方と結婚していたらあの二人も引き裂いてしまうところでした」
 元信様もしんみりと言う。

 上に立つ人も大変なんだね。
 あたしは元信様の頬に触れる。
 元信様はあたしの手を取って手首にキスした。

 「わたくし達も仲良くしていかないといけませんわね。
 別れちゃったりしたら大変」
 
 あたしが笑って言うと、元信様は
 「それはないです!私は香織を絶対に手放さない!」
 と真剣に力説する。

 あたしは照れて、元信様の胸に顔をつけた。
 元信様はぎゅっとあたしを抱きしめる。

 「内侍たちが夫婦で暮らすのに、局では狭いですわね。
 子供も生まれるでしょうし…
 わたくしが北の対屋に部屋を持たないのなら、北の対屋をこのお屋敷で働いてくれている人たちの部屋に改造したらどうかしら」

 あたしは元信様の胸の中で呟く。
 元信様は驚いたようにあたしの顔に手を添えて仰向かせた。

 「香織の、その発想力にはいつも驚かされる…
 右大臣家の使用人全員に下されものをしたり。
 今日の餅撒きだって、おぞましさに震えて泣いて戻って来られるものだとばかり思っていた。
 しかし正反対だった。
 飢えと貧困にあえぐ者たちを、救おうとなさっている」

 あたしは自嘲気味に笑って元信様の手から顔を外す。
 「それは、わたくしが元の世界では労働者階級の人間だからですわ。
 わたくしの居たところには、はっきりとした身分差というのは殆どなくて主上もご政道はなさらないのですけど…」

 「あ…はあ、そうなんですか…」
 元信様は何と言っていいか判らないと言ったように、呆然としている。
 
 そうだよね、完全に想像の外だよね。
 あたしは小さく笑って「理解できないですわよね…」と言った。

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