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第十二章 終わらない物語

9.真正・三日夜の餅

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 皆を見送り、母屋の自分たちの部屋に戻ってくると、あたしは疲れて座り込んだ。
 「ああ~、長い一日だった…」
 朝、厨に行ったのが凄い前のことみたい。

 「お疲れ様でした。
 今日も大活躍でしたね」
 元信様が笑いながら入ってくる。

 大活躍っていうか…
 もう何だか訳判らんわ。

 「元信様こそ…気を失ったりして、大丈夫ですか?」
 あたしが元信様を見上げて言うと、跪《ひざまず》いてあたしをきつく抱きしめる。

 「香織が、主上に無理矢理ものにされてしまうのではないかと思ったら、そして私では香織の夫たり得ないと香織本人がおっしゃったと聞いたとき、あまりの衝撃に一瞬にして意識が遠のいてしまいました…」

 主上も意地悪だよね…
 ドSの主上とドMの元信様で、相性良いのかもしれないけどさ。
 なんちゃって。
 
 「だけど、元信様、釣殿に飛び込んでいらしたとき『かおり!』って大きな声でおっしゃったでしょう。
 主上に知られてしまいましたわ」
 と言うと、「えっ…」と呆然とした表情であたしを見る。

 「もう無意識で、とにかく香織を助けなければとそれだけしか考えていなかったので、何を叫んだのかは…覚えていないのです」

 それから悔しそうに拳を握った。
 「よりによって、主上に香織の名前を知られてしまったとは…
 不覚でした…」

 まあ…仕方ないよ。
 あたしは元信様の肩に手を置く。
 
 「直衣も乱れたままに息を切らして飛び込んできてくださって、わたくしはとても嬉しゅうございましたわ。
 香織は元信様に愛されているのだなって判って」

 「香織…」
 元信様は潤んだ瞳であたしを見つめ、そっと唇にキスした。

 「愛している…
 香織を好きな、他の誰より、私が一番あなたを愛している」

 「この胸を開いて、私がどれほど香織を愛しているか見せられたら良いのにと思う」
 そう言ってあたしを抱きしめて唇を重ねた。

「三日夜の餅、やっとこの日を迎えられましたね。
 長かった…」
 元信様が耳元で囁く。
 
 あたしは心から頷いた。
 ほんっとだよね…
 いろーんな障害や邪魔を乗り越えて、やっとここまで来た。
 
 「元信様もわたくしも今日までよく頑張ったと。
 お互いに褒め合いましょ」
 あたしが笑って言うと
 「香織のそういう、明るいところが私は大好きですよ。
 私の考えすぎな部分を補って余りある」
 と元信様も笑った。

 そして「式部、持ってきてくれるか」と、御帳台の外に声をかけた。
 「はい」と式部さんの声がし、後ろ側の入り口から「失礼いたします」と何かを捧げ持って入ってきた。

 あたしと元信様の前に置いて
 「おめでとう存じます。
 わたくし共、女房一同も大変嬉しく存じます」
 と丁寧に頭を下げた。
 
 そして「何かありましたらお呼びくださいませ」と下がっていった。

 それは、花の形を彫刻した脚付きの銀のお皿に盛られた、小さな丸い餅だった。

 「これが正式な『三日夜の餅』です。
 香織と二人で食べたかった」

 元信様は、銀の箸を取って餅をひとつつまんで、あたしの口に入れてくれた。
 甘味の少ない、シンプルなお餅。
 
 あたしもお箸を受け取って、お餅をひとつ、元信様の口に入れる。
 二人でもぐもぐして飲み込むと、元信様は感極まったように「香織…」と言って身を乗り出し、あたしをぎゅっと抱きしめた。
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