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第十二章 終わらない物語

3.お祝いの膳

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 西の対屋まで戻ってくると、元信様が心配そうにきざはしの上まで迎えに出ていた。
 
 「姫…大丈夫でしたか」
 階を駆け下りて、あたしの手を取って輿から降ろしてくれる。

 「姫にお見せするものではないと、皆で心配しておりました。
 下々の者共のあさましい姿をご覧になって、御心を乱されたのでは…」

 「そんなことはありませんわ!」
 あたしは、元信様の言うことがこの時代の公家の一般的な価値観であることは重々承知しながらも、遮って強く否定する。

 戸惑ったように元信様は黙り込み、あたしの手を引いて女房さん達が巻き上げてくれている御簾をくぐって部屋に入る。

 部屋にいた皆が、一斉にこちらを見る。
 部屋の中は人いきれで暖かくお祝いの膳も用意してあって、あたしは何だかホッとして、慌てて気を引き締め直す。
 
 「月子姫、すぐにお戻りになられるかと思って居りましたよ。
 最後までご覧あそばしたのですか」
 主上が気遣わしげに声をかけてくる。

 「主上…」
 あたしは元信様の手を離し、主上の前に座って顔を見上げる。

 何と言って切り出していいか判らず、口を開いて閉じたあたしを見ている主上の瞳の色が濃くなった。
 思慮深く理知的な主上の瞳が、あたしをじっと見つめる。

「あの」
 あたしが言いかけると、細く長い人差し指であたしの唇を優しく抑える。
 
 「月子姫、先に三日夜の餅のお祝いをしましょう。
 せっかく、ここに集まった皆がそなた達のために餅を搗くところから準備してくれたのだ。
 皆の気持ちに報いなくてはいけないよ。
 月子姫が喜んで召し上がってくださらなくては、皆の気持ちが台無しになってしまうでしょう」

 !!
 あたしは主上の言葉にはっとして、うつむいた。
 その通りだ。

 こんな型破りな三日夜の餅って前代未聞なんだろうけど、祝おうとしてくれている皆さんの気持ちはとても有り難い。

 「はい…」あたしは頷いた。
 その言葉を聞いて、元信様がホッとしたようにあたしの手を取り「姫、こちらへ」と中央の席に誘《いざな》った。

 餅撒きに行ったメンバーが次々に戻ってくる。
 あたしが一応、席に座っているのを見て、安心したように皆席に着く。

 いつも心配かけてスマンね…
 でもまだまだこれからだよ!

 露顕の時のように、あたしと元信様がお誕生席に座り、公達とお殿様、元信様のお父様があたしたちの前に向かい合わせで並んで座っている。

 お膳の上には厨司長や厨房のスタッフが一生懸命こしらえてくれた、さまざまな食材を加工したソースをかけたり和えたりした色とりどりのお餅が綺麗に盛られている。

 ありがとう…
 あたしはこみあげる涙を堪えることができなかった。

 あたしはなんて、幸せなんだろう。
 こうやって皆から大切にされて、大好きな元信様から愛されて。

 令和日本にいた時だって、両親は無償の愛を常に注いでくれた。
 友人や恋人はいなかったけれど…
 
 だけどあたしは、大学浪人して挙句に18歳で死んじゃって、両親の愛情に十分に応えることができなかった。

 元信様がそっと懐紙で涙を拭ってくれる。
 ここにいるのはあたしを幸せにしてくれた人、あたしが幸せにしなきゃいけない人。

 あたしはこの人たちに、そしてこの時代の人たちに報いなければいけない。
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