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第十一章 露顕と三日夜の餅

22.キスマークの代償

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 「元信様っ」
 気を失って全身が弛緩している元信様の身体を苦労して抱える。

 元信様は呻いて目を開けた。
 徐々にあたしの顔に焦点が合うと、がばっと身を起こし、あたしの肩を両手でつかむ。

 「香織!
 主上は…」

 痛い痛い。
 あたしは顔をしかめる。

 「香織、答えて!
 主上に、香織は今…」
 ぼろぼろ涙を零す。

 「だ、大丈夫ですわ。
 痛い…肩…」
 元信様は慌てたようにての力を緩めた。

 「元信様が、こんなことをなさるから主上はヤキモチを妬かれたのですって…
 脅かしすぎたっておっしゃって居られましたわ」
 あたしが喉のキスマークを指さして言うと、元信様は呆気にとられたようにあたしを見て、それからはあっと大きくため息をついた。

 「私もやり過ぎた…
 こんなにはっきり出てしまうとは、思わなかったのです」

 あたしの顔を見て「香織は、私では貴女を幸せにできないと、主上におっしゃったのですか」と苦痛に顔を歪めて訊く。

 あたしは「まさか!」と大きな声で言う。
 「言いませんわ。主上の、意地悪な冗談ですわ。
 わたくしは、あなたと結婚できて、この上もなく幸せなのです、よ?」
 
 元信様の顔を下から上目遣いに見て言う。
 元信様はあたしをきつく抱きしめる。
 「香織…私の、可愛い、愛しい…妻」

 「餅を搗いていて、右近衛中将(伊靖君)と交代したときに、釣殿から香織の悲鳴のような声が聴こえた。
 誰も何も聞こえないというのだが…私には確かに聞こえたのです。
 それからはっきりと、香織の嫌っという声が聴こえ、その瞬間に私は走り出していた」

 流鏑馬神事の時もそうだったな…
 あたしは思い出す。
 観衆のどよめく大歓声の中、あたしの声を聴き分けて振り向いた。

 「私は…主上に手打ちにされてでも、香織を取り戻すつもりでいた。
 しかし主上は、香織が私を拒否したと仰せになって、私の心を瞬時に凍り付かせて動きを封じた。
 敵わない…あの方には」
 
 あたしを離して、真剣な表情で見つめる。
 「香織は、私を選んでくれたのですね?
 あの、賢く聡く、あらゆる面において優れた資質をお持ちの主上より…?」

 もう、欲しがるなあ言葉をこの人は…。
 女の子みたい。

 あたしは苦笑して頷く。
 「そうですわ。
 わたくしは、元信様が好きなのです。
 ですから、このようなことはおやめくださいませ」

 あたしは喉元を指す。
 元信様は赤くなって「すみませんでした」と軽く頭を下げ、自分の乱れた装束に気が付いたようで、慌てて直衣の紐を結ぼうとする。

 あたしも手伝おうとするけれど、何がどうなっているのか全然判らん。
 諦めて立ち上がり、釣殿から出て向こうの端に控えていた内侍さんを呼んだ。
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