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第十一章 露顕と三日夜の餅

20.賭け

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 あたしが「いやっ!!」と声を上げると、主上は手の力を緩めあたしを離した。
 あたしは、主上の手の届かないところまで後ずさる。
 
 あたしを見て苦く笑う。
 「私は今まで、女人に拒まれたことなどなかった。
 伊都子姫も私には優しかった。
 こういう時どうしたらよいのか判らない」

 でしょうね…
 主上を拒否できる人はいないよねぇ、普通。
 あたしは息を弾ませながら座り込む。
 
 「ごめんなさい…でもあたしは…」
 主上を好きになれない、あたしは伊都子姫じゃない。

 そう言おうとすると、主上は「判っているよ」と微笑む。

 「私は、薫物合わせの時、ひとり密かに賭けをしていた。
 他の世界から来た月子姫は恐らく、伊都子姫と違って薫物などご存知ない。
 宝鏡殿の女御も、それほど薫物が得意ではない。
 宮中の薫物合わせでは、桐花殿の女御側が勝つだろう、と」

 「月子姫が負けたなら、私は何が何でも貴女を我が物にすると決めていた。
 この世界の理を知らず馴染めずにいる人が、伊都子姫の代わりにこの世界でまっとうに生きていくことなどできはしない。
 私の、この国の最高権力者であるこの私の庇護下に居れば、貴女は一生心安らかに暮らせるのだと、そういう論法で押し切ろうと思っていた」

 あっ、とあたしは思った。
 薫物合わせの後の祝宴で、主上は「私は、賭けに負けてしまったな」と言っていた。

 「結果は、私の完敗だ。
 月子姫は見事に自力でこの世界の理を飛び越え、更に発展させて私たちを驚かせた。
 貴女の柔軟な思考には感服する」
 主上はあたしに近づいて、愛しそうに髪や頬を撫でる。

 「その時、私は貴女の想いを遂げさせてやりたいと思った。
 治部卿と夫婦にしてやろうと。
 だが、しかし…」
 あたしの頬を撫でていた手をぎゅっと握りしめる。

 「自分で思っていた以上に、それは私の心に負荷をかけた。
 未練がましいのは自分でも解っている。
 ただ、貴女を諦めきれない」

 そこまで言ったとき、釣殿の外でガタガタっと大きな音がし「今は人払いでございますっ」という従者の大声が聴こえた。
 
 「…貴女の、背の君が姫を救いに来たな」
 釣殿の入り口を見つめて、主上が呟く。

 「かおりっっ!」
 元信様が大きな声で言いながら釣殿に飛び込んで来た。

 一応、直衣の袖に腕は通しているものの、前ははだけたまま、烏帽子も外れて髻が見えている。
 息を切らしながら片膝をついて「主上…無礼を承知で罷り越しました、私の妻をどうぞ、どうか、お返しください」苦しそうに言う。

 「治部卿!
 人払いであるぞ。
 そなたの妻とて、余の命には逆らえぬ。
 分をわきまえて物を申せ!」

 ひっくい声で、主上は強く言う。
 大声を出しているわけではないのに、広い釣殿に声が響く。

 こわ…い…
 あたしは身を縮める。

 元信様は「申し訳ございません!…しかし…」と歯を食いしばって平伏する。
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