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第十章 裁きと除目と薫物合わせ

17.薫物合わせ・4

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 「お題は『晩秋の、わずかに寂しく涼やかな夕暮れを思わせる薫り』でございます」
 進行役の人が発表すると、御簾の中がざわめく。

 でしょ?!
 難しすぎるでしょ?!

 「それでは桐花殿の女御様側から、焚いて頂きます。
 撫子の上様、お願い申し上げます」

 進行役の人がよく通る声で言った。
 「はい」と小さな声がして、向かい側の几帳の中から衣擦れの音がする。

 やがて女房さんが、黒塗りのお盆に香炉を載せて、主上の居る、御簾の下がった仕切りの向こうへ捧げ持っていく。
 その女房さんが通ったあとに、ふわっと薫りが残る。

 あ、やっぱり侍従か…
 そうなんだよね、『晩秋の夕暮れ』で一番にイメージを喚起させられるのが「侍従」という薫物。

 「秋風簫颯たる夕。心にくきおりふしものあはれにて。むかし覚ゆる匂ひによそへたり」
 というのが侍従の定義。

 だけど、これをそのまんま使ったのではつまらない。
 撫子の上は、この侍従に霍香と…欝金かな。似てるな薫りが。
 いい薫りだけど、ちょっとなんつうか…土臭い?感じ。

 御簾の中にお盆が入れられ、別の女房さんが捧げ持って主上の近くへ置いた。
 見物人のいるにも薫りが届いたのか、少しざわめく。

 「ふむ…
 『わずかに寂しい感じ』がよく表れているね。
 ただ…何というか…」
 主上が呟くように言う。

 「夕暮れの空気感に少し欠けますわね」と中宮様の声。

 それから審判員の方へ回される。
 審判員同士、何かを語り合っているみたいだけれど、あたしのいるところまでは聞こえない。

 「では次、桐花殿の女御様」
 進行役が声を張る。

 桐花殿の女御様のお香のベースは「黒方」だった。
 うーん。難しいとこ持ってきたな。

 黒方は既に薫りがかなり完成されている感じなので、付け足したり引いたりするのが難しいと思う。
 桐花殿の女御様(というか、お付の薫物の得意な女房さん)はとても上手にこの黒方をアレンジしていると思った。

 だけど、やはりどこかちぐはぐな感じが残った。
 「わずかに寂しい感じ」が「とっても寂しい感じ」になっちゃってるな。

 練ったときには、たぶんそこはかとない淋しさを感じる薫りだったんだろう。
 だけど、寝かせて薫りを馴染ませ落ち着かせてから焚いてみたら、思ってたのと違ったってことよくあるんだよね…

 なんちゃって。
 あたしなんて、こんな批評を言えるほどの経験ないんだけどね。
 にわか仕込みの知識だけで。

 だけど、主上や見物の方の評価も、概ねあたしと同じようなものだった。
 審判員は、例によって判らない。

 「それでは次に、宝鏡殿の女御様側、伊都子姫様お願い申し上げます」

 きた。
 あたしは深呼吸する。

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