上 下
251 / 307
第十章 裁きと除目と薫物合わせ

5.薫物合わせの課題

しおりを挟む
 部屋に帰ってくると、女房さん達が紙を広げて何やら楽しげに話している。
 何?…図面?

 「ただいま~」
 何気なく声をかけると、女房さん達は一斉にビクッとして、紙を裏返した。
 え、何よそのリアクション…
 
 「皆で何を話していたの?」
 とあたしが覗き込もうとすると、内侍さんがさっと紙を巻いて文箱にしまった。
 
 「いえ…姫様、左近衛中将様からまたお文が来ておりますわ。
 左近衛中将様とお呼びするのもあと少しになりそうですわね。 
 今日の除目では、昇進なさるでしょうから…」
 式部さんが焦ったように笑いながら言う。
 
 「そうそう、姫様、この後主上からの御使いがお越しになるそうです。
 薫物合わせを来週には行うとのことで、宝鏡殿の女御様のお文も一緒に来るでしょう」

 ら、いしゅー?!
 何でそんなに急なんだ!

 あたしは慌てて薫物の箱を開けて吟味を始めた。
 皆の挙動不審のことはすっかり忘れてしまった。

 今回の薫物合わせには、皆共通の課題があるという。
 それがまた、雅というか何というか…
 
 『晩秋の、わずかに寂しく涼やかな夕暮れを思わせる薫り』
 だそーで。

 抽象的すぎる!!
 判るかそんなもん、このあたしにっ!

 だいたい、主上はあたしが伊都子姫じゃないことを知ってるんだから、あたしに薫物ができるかなんて判らないはずなのに、なにこの無茶ブリ。

 あたしに会いたいなら、美味しい食べ物で釣るのが一番よっ!
 東宮みたいにさ。

 東宮…あれから文も来ないけれど、元気かな。
 あんなに頑張って、暁の上を守ってたのに…
 なんかちょっと可哀相。

 とか、少しでも同情すると、倍返しにされるのが、THE・東宮。
 とんでもねー貴公子だよまったく。

 その後すぐに主上の勅使が来て、薫物合わせは7日後に行われることを口上で述べて行った。
 あたしはお礼の品を渡してねぎらい、宝鏡殿の女御様からの手紙をもらって開いた。

 崩し字すぎて、最初読むのに戸惑ってしまった。
 慣れてくると優しい綺麗な手蹟《て》であることが判り、この時代の人もクセ字使うんだぁ…と新たな発見をしたことだった。

 そこへ、衛門さんが「姫様…」と声をかけてきた。
 「なあに?」

 衛門さんは床に手をついて頭を下げる。
 「長いことお世話になりました。
 わたくし、明日、お暇をいただきます」

 あ、そうか…
 なんかバタバタしてて、忘れてた。

 「長いこと、ありがとう。
 彼とお幸せにね。
 たまには遊びに来てちょうだい」

 あたしは式部さんを呼んだ。
 衛門さんに「何か、お祝いをあげたいのだけど、欲しいものはある?」と訊くと、少し考えて「わたくし、姫様のお作りになる石鹸の香りがとても好きで…」と恥ずかしそうに言った。

 石鹸、女性には好評だなあ。
 あとは右近衛大将様ね。
 あの人は、石鹸が好きなんじゃなくて女好きなだけだけど。

 「姫様には本当に、いろいろ良くして頂いて。
 楽しゅうございました」
 衛門さんは涙をそっと拭く。

 いえいえこちらこそ…
 振り回しちゃってごめんなさいね。

 あたしは式部さんが持ってきてくれた石鹸を、綺麗な紙に包んで蓋つきの箱に入れ、衛門さんに渡した。
 それから、あたしの調合した衛門さんイメージのお香も付ける。

 「わぁ…ありがとうございます!とても良い香り…」
 はしゃぐ衛門さんを見て、あたしはなんか嬉しかった。

 薫物合わせ…気が重いけど、宝鏡殿の女御様も頼りにしてくださっているみたいだし、頑張ろう…
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

itan

トグサマリ
ファンタジー
戦国の世を勝ち抜き、アリシアの父親はエルフルト王国を建てた。しかし彼の神への失言によって、アリシアは愛するひとを置いて240年の眠りを余儀なくされる。そして240年の時が経ち目覚めたそこは、彼女の知る王宮ではなく、平和ゆえに訪れた絢爛豪華で享楽に満ちた場所へと変貌していた。そのきらびやかさに酔いしれるも、あることをきっかけにアリシアは現実と向き合うようになる。そうしてその隣に立つのは。   遥かな以前、別名義で某少女小説賞に応募した作品の改稿作です。   他の小説投稿サイトさまにても同じ作品を投稿しています。 

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...