236 / 307
第九章 二度目の死と伊都子姫
17.齟齬
しおりを挟む
「貴女という人がどこのどなたなのか、興味は勿論ありました。
ただ、誰にもそれをお話になって居られない所を見ると、おっしゃりたくないのだろうと考えました」
「一時的な興味に駆られて無理に聞き出して、もしも貴女に嫌われてしまったらと思うと、怖くて訊けなかったというのもありますが」
あたしを見つめて愛しそうに微笑み、髪を撫でる。
「私の見る限り、姫の正体をご存知で、かつ姫ご本人にそのことをお話になって居られるのは、主上と民部大輔」
・・・!
そこまで、知ってたの?!
あたしは驚きを通り越して、呆れてしまった。
この人…何なの…
『主上の懐刀』と宮中で綽名されていると聞いて、えーっと思っていたんだけど。
的を射た命名だったんじゃん。
関白と東宮の二重スパイをやってのけるお兄様のこと、元信様とは正反対の切れ者だと思っていたけど、いやはや、元信様はもっと凄いよ…
内侍さんが「ご兄弟で暗躍して居られます」って言ってのは、比喩でも大袈裟でもなくて、本当にただ真実だったってわけね。
あたしの沈黙をどう解釈したのか、元信様は「違いましたか?」と少し焦ったように言う。
あたしはため息をついて、元信様の膝から降りる。
いい加減、重いと思うんだよね、いくらちょっと痩せたとはいってもさ。
「違いません…その通りです。
だけど…あーあ」
大きく伸びをする。
元信様はぎょっとしたようにあたしを眺める。
女性のこういうガサツな仕草って、見たことないんだろうな…
「わたくしは、この五月ばかり、元信様を騙し申し上げているのがひっじょーに心苦しかったんですの!
伊都子姫をも詐っている気がして、辛かった」
「元信様が愛していらっしゃるのは、伊都子姫なんだと。
どこの馬の骨とも知れぬ、魂だけのわたくしでは決してないのだと、泣き明かした夜も一度や二度ではございませんのっ!」
まあ、泣き明かしちゃいないけども。
辛かったのは本当だもん。
ちょっと話を盛って演出ね。
「なのに…
全部ご存知で、それなのにわたくしを試すように黙っていらしたなんて。
面白がっていらっしゃったのかしらねっ」
「違いますっ!」
あたしの大声に対抗するように、元信様も大声で遮る。
強引にあたしを抱きよせて口づける。
「試そうなんて思ってない。
ただ、私は貴女がご自分から話してくださるまで待とうと」
「面白がるなんてとんでもない、そんな余裕があるものか。
主上は姫が伊都子姫でないとご存知でもなお、伊都子姫以上に姫に執心して居られる。
東宮殿下だって、姫の為なら命も投げ出しかねないほどの溺愛ぶりだ」
「民部大輔に権中納言殿、右近衛大将殿…宮中でも飛びぬけて華やかな若公達が貴女に次々に心惹かれていくのを目の当たりにして、私はいつも不安に苛まれていた。
貴女の正体を知っていると言って、貴女を脅してでも我が物にしたいと、ずっと考えていた」
あたしの額に優しくキスして、抱きしめる。
「はっきりとは口にしていませんが、折に触れて、貴女がどこのどなたでも好きですと申し上げてきたつもりです。
お気づきではなかったようですが…」
あ、そういうことだったのか…
たまに謎めいたことを言うなとは思ってたけど、まさか知ってるとは思わないし。
お見逸れしましたわ…
しかし、回りくどい人なんだな。
はっきり言えばいいのに。
あたしの呆然とした顔を見て「判っていただけましたか」と苦笑する。
あたしが不承不承、頷くと、嬉しそうに笑ってきつく抱きしめた。
ただ、誰にもそれをお話になって居られない所を見ると、おっしゃりたくないのだろうと考えました」
「一時的な興味に駆られて無理に聞き出して、もしも貴女に嫌われてしまったらと思うと、怖くて訊けなかったというのもありますが」
あたしを見つめて愛しそうに微笑み、髪を撫でる。
「私の見る限り、姫の正体をご存知で、かつ姫ご本人にそのことをお話になって居られるのは、主上と民部大輔」
・・・!
そこまで、知ってたの?!
あたしは驚きを通り越して、呆れてしまった。
この人…何なの…
『主上の懐刀』と宮中で綽名されていると聞いて、えーっと思っていたんだけど。
的を射た命名だったんじゃん。
関白と東宮の二重スパイをやってのけるお兄様のこと、元信様とは正反対の切れ者だと思っていたけど、いやはや、元信様はもっと凄いよ…
内侍さんが「ご兄弟で暗躍して居られます」って言ってのは、比喩でも大袈裟でもなくて、本当にただ真実だったってわけね。
あたしの沈黙をどう解釈したのか、元信様は「違いましたか?」と少し焦ったように言う。
あたしはため息をついて、元信様の膝から降りる。
いい加減、重いと思うんだよね、いくらちょっと痩せたとはいってもさ。
「違いません…その通りです。
だけど…あーあ」
大きく伸びをする。
元信様はぎょっとしたようにあたしを眺める。
女性のこういうガサツな仕草って、見たことないんだろうな…
「わたくしは、この五月ばかり、元信様を騙し申し上げているのがひっじょーに心苦しかったんですの!
伊都子姫をも詐っている気がして、辛かった」
「元信様が愛していらっしゃるのは、伊都子姫なんだと。
どこの馬の骨とも知れぬ、魂だけのわたくしでは決してないのだと、泣き明かした夜も一度や二度ではございませんのっ!」
まあ、泣き明かしちゃいないけども。
辛かったのは本当だもん。
ちょっと話を盛って演出ね。
「なのに…
全部ご存知で、それなのにわたくしを試すように黙っていらしたなんて。
面白がっていらっしゃったのかしらねっ」
「違いますっ!」
あたしの大声に対抗するように、元信様も大声で遮る。
強引にあたしを抱きよせて口づける。
「試そうなんて思ってない。
ただ、私は貴女がご自分から話してくださるまで待とうと」
「面白がるなんてとんでもない、そんな余裕があるものか。
主上は姫が伊都子姫でないとご存知でもなお、伊都子姫以上に姫に執心して居られる。
東宮殿下だって、姫の為なら命も投げ出しかねないほどの溺愛ぶりだ」
「民部大輔に権中納言殿、右近衛大将殿…宮中でも飛びぬけて華やかな若公達が貴女に次々に心惹かれていくのを目の当たりにして、私はいつも不安に苛まれていた。
貴女の正体を知っていると言って、貴女を脅してでも我が物にしたいと、ずっと考えていた」
あたしの額に優しくキスして、抱きしめる。
「はっきりとは口にしていませんが、折に触れて、貴女がどこのどなたでも好きですと申し上げてきたつもりです。
お気づきではなかったようですが…」
あ、そういうことだったのか…
たまに謎めいたことを言うなとは思ってたけど、まさか知ってるとは思わないし。
お見逸れしましたわ…
しかし、回りくどい人なんだな。
はっきり言えばいいのに。
あたしの呆然とした顔を見て「判っていただけましたか」と苦笑する。
あたしが不承不承、頷くと、嬉しそうに笑ってきつく抱きしめた。
1
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
姫の歳月〜貴公子に見染められた異形の姫は永遠の契りで溺愛される
花野未季
恋愛
最愛の母が亡くなる際に、頭に鉢を被せられた “鉢かぶり姫” ーー以来、彼女は『異形』と忌み嫌われ、ある日とうとう生家を追い出されてしまう。
たどり着いた貴族の館で、下働きとして暮らし始めた彼女を見染めたのは、その家の四男坊である宰相君。ふたりは激しい恋に落ちるのだが……。
平安ファンタジーですが、時代設定はふんわりです(゚∀゚)
御伽草子『鉢かづき』が原作です(^^;
登場人物は元ネタより増やし、キャラも変えています。
『格調高く』を目指していましたが、どんどん格調低く(?)なっていきます。ゲスい人も場面も出てきます…(°▽°)
今回も山なしオチなし意味なしですが、お楽しみいただけたら幸いです(≧∀≦)
☆参考文献)『お伽草子』ちくま文庫/『古語辞典』講談社
☆表紙画像は、イラストAC様より“ くり坊 ” 先生の素敵なイラストをお借りしています♪
悪意か、善意か、破滅か
野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。
婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、
悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。
その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。
もう君以外は好きになれない
皐月めい
恋愛
一話抜けておりました。
最後までお読みくださった方、申し訳ありません!
不協和音(side橘)、追加しております!
※タイトル変更しました。
旧:離れゆくあなたに、捧げられるものは自由
「はるか西の国では、男が女の指に輪を巻き、永遠の愛を誓うんだ。ずっと一緒にいられるように」
そう言って私の手を取り、指に蛇の抜け殻を巻いた彼の言葉は嘘だった。
大公家の父と、妾の母の間に生まれ蔑まれてきた桜の救いは、幼馴染の橘だった。
しかし、その橘も桜を蔑み「もう会わない」と告げられてしまう。
二度と誰にも蔑まれない、傷つけられない地位に昇りつめるため、桜は皇后を目指すことにした。
皇后候補の四人の姫の一人に選ばれた桜だが、自分の近衛武士に選ばれたのは自分を蔑み嫌った初恋の相手・橘だった。
自分に忠誠を誓い、桜が皇后になるため手を尽くす橘に再び心を惹かれる桜。
しかし彼は、桜が皇后になることを願っている。
だからこの恋は、一生叶うことがない。
すれ違いからお互い嫌い合ってると思い込み、贖罪のために奮闘する幼馴染の男女がハッピーエンドを迎えるまで。
※平安「風」ファンタジーです。顔も見せるし名前も呼びます。
しんとりかえばや。
友坂 悠
恋愛
異世界転生したらそこは平安時代のとりかえばやの世界だった?
アラサー腐女子だった明日香サン、気がついたら平安時代の貴族に転生してた。
物心がついた5歳の時熱を出して寝込み。
夢の中で前世のキオクを思い出してみれば……。
え?
ここってお話の世界?
どうみたってわたし、とりかえばやの男の子姫の方に転生しちゃってる?
学校で勉強した平安時代とはちょこっとだけ違う気がするし間違いない?
って、男の子の身体にはなったけどやっぱり好きになるのは男の人で。
うー。わたしの人生どうなっちゃうんだろう?
▪️とりかえばや物語を題材にした異世界転生物語です。
お楽しみいただければよいのですが。。
祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~
白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。
ひっそりと佇む邸の奥深く、
祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。
ある雨の夜。
邸にひとりの公達が訪れた。
「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
宮中では、ある事件が起きていた。
平安桃花繚乱薬事
流
恋愛
【姫様xわんこの主従逆転*後宮和風ファンタジー】
貴族の姫は即位した帝の四人の妃の一人に選ばれる。
帝となり、幼馴染でかつての従者と閨を共にすることを姫君は拒むが、婚礼の儀で口にした薬酒はそれを許さぬ“異能”の力が込められていた。
和風異世界*後宮純愛くすりごと
ーーーーーーーーーーーーーーー
絵:AI生成の上編集
【短編】恋愛大賞応募作・投票頂けたら嬉しいです♪
毒を喰らわば皿まで
十河
BL
竜の齎らす恩恵に満ちた国、パルセミス。
ここが前世でやり込んだゲーム、【竜と生贄の巫女】の世界だと思い出した【俺】だったが、俺は悪役令嬢の娘・ジュリエッタと共に破滅の未来が待っている宰相アンドリムに転生してしまっていた。
だけど記憶を取り戻したからには、そう簡単に破滅などしてやらないつもりだ。
前世の知識をフルに活かし、娘と共に、正義の味方面をした攻略対象達に逆転劇を披露してみせよう。
※※※
【第7回BL小説大賞】にエントリーさせて頂きました。
宜しくお願い致します(*´꒳`*)
※※※
小説家になろうサイト様※ムーンライトノベル※でも公開をしております。
また、主人公相手ではないですがNLカプも登場してきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる