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第九章 二度目の死と伊都子姫

17.齟齬

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 「貴女という人がどこのどなたなのか、興味は勿論ありました。
 ただ、誰にもそれをお話になって居られない所を見ると、おっしゃりたくないのだろうと考えました」

 「一時的な興味に駆られて無理に聞き出して、もしも貴女に嫌われてしまったらと思うと、怖くて訊けなかったというのもありますが」
 
 あたしを見つめて愛しそうに微笑み、髪を撫でる。
 「私の見る限り、姫の正体をご存知で、かつ姫ご本人にそのことをお話になって居られるのは、主上と民部大輔」
 
 ・・・!
 そこまで、知ってたの?!
 あたしは驚きを通り越して、呆れてしまった。
 
 この人…何なの…

 『主上の懐刀』と宮中で綽名されていると聞いて、えーっと思っていたんだけど。
 的を射た命名だったんじゃん。

 関白と東宮の二重スパイをやってのけるお兄様のこと、元信様とは正反対の切れ者だと思っていたけど、いやはや、元信様はもっと凄いよ…

 内侍さんが「ご兄弟で暗躍して居られます」って言ってのは、比喩でも大袈裟でもなくて、本当にただ真実だったってわけね。

 あたしの沈黙をどう解釈したのか、元信様は「違いましたか?」と少し焦ったように言う。

 あたしはため息をついて、元信様の膝から降りる。
 いい加減、重いと思うんだよね、いくらちょっと痩せたとはいってもさ。

 「違いません…その通りです。
 だけど…あーあ」

 大きく伸びをする。
 元信様はぎょっとしたようにあたしを眺める。
 女性のこういうガサツな仕草って、見たことないんだろうな…

 「わたくしは、この五月いつつきばかり、元信様を騙し申し上げているのがひっじょーに心苦しかったんですの!
 伊都子姫をもいつわっている気がして、辛かった」

 「元信様が愛していらっしゃるのは、伊都子姫なんだと。
 どこの馬の骨とも知れぬ、魂だけのわたくしでは決してないのだと、泣き明かした夜も一度や二度ではございませんのっ!」

 まあ、泣き明かしちゃいないけども。
 辛かったのは本当だもん。
 ちょっと話を盛って演出ね。

 「なのに…
 全部ご存知で、それなのにわたくしを試すように黙っていらしたなんて。
 面白がっていらっしゃったのかしらねっ」
 
 「違いますっ!」
 あたしの大声に対抗するように、元信様も大声で遮る。
 
 強引にあたしを抱きよせて口づける。

 「試そうなんて思ってない。
 ただ、私は貴女がご自分から話してくださるまで待とうと」

 「面白がるなんてとんでもない、そんな余裕があるものか。
 主上は姫が伊都子姫でないとご存知でもなお、伊都子姫以上に姫に執心して居られる。
 東宮殿下だって、姫の為なら命も投げ出しかねないほどの溺愛ぶりだ」

 「民部大輔に権中納言殿、右近衛大将殿…宮中でも飛びぬけて華やかな若公達が貴女に次々に心惹かれていくのを目の当たりにして、私はいつも不安に苛まれていた。
 貴女の正体を知っていると言って、貴女を脅してでも我が物にしたいと、ずっと考えていた」

 あたしの額に優しくキスして、抱きしめる。

 「はっきりとは口にしていませんが、折に触れて、貴女がどこのどなたでも好きですと申し上げてきたつもりです。
 お気づきではなかったようですが…」

 あ、そういうことだったのか…

 たまに謎めいたことを言うなとは思ってたけど、まさか知ってるとは思わないし。
 お見逸れしましたわ…
 
 しかし、回りくどい人なんだな。
 はっきり言えばいいのに。

 あたしの呆然とした顔を見て「判っていただけましたか」と苦笑する。
 あたしが不承不承、頷くと、嬉しそうに笑ってきつく抱きしめた。
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