三日夜の餅はハイティーと共に

第八章 暗雲

22．少輔さんの話

　部屋に落ち着くと、式部さんにお茶を淹れてくれるよう頼んだ。
　その間に、あたしは心を落ち着かせるお香を焚く。

　『侍従』という薫物に、大茴香を加えて少し甘い香りにしたお香を、香炉のお皿に置き、下に炭団を入れる。
　少し経つと、甘くていい香りが漂ってくる。
　もう少し、柑橘か樹木系の爽やかな薫りを足しても良いな。
　
　式部さんがお茶を二つ、淹れてきてくれた。
　黒砂糖の入った小さな焼き菓子を添えてくれている。

　「ありがとう」
　あたしはお礼を言って受け取り、席を外してくれるように頼んだ。
　式部さんは一礼して下がった。

　「先に召し上がって」
　あたしはお茶とお菓子を少輔さんに勧める。
　少輔さんは涙を拭いて、頭を深く下げ、お茶を口に運んだ。
　
　お菓子を一口かじり「…美味しゅうございますね」と少し笑う。
　泣いてても可愛いけど、やっぱり笑うとキュンとするほど愛らしい。

　「何があったの？
　伊靖があんなに怒るなんて…」
　あたしは湯呑を持って湯気を吹きながら、何気ない風を装って訊く。

　少輔さんは「ご心配をおかけして申し訳ありません…」と頭を下げる。
　「わたくし、伊靖様の女房というお役目にお暇を頂戴し、家に帰ろうと思っております」

　「えっ…何で急に？」
　あたしは驚いて訊いた。
　「伊靖と喧嘩でもしたの？」

　少輔さんは、びっくりしたようにあたしを見て、ふふっと笑う。
　「伊靖様と喧嘩など…わたくしは女房でございます。
　伊靖様の命令には絶対に従わなくてはなりませんわ」

　「ただ今回、伊靖様のご婚礼が調い、内大臣家のお屋敷にお移りになるにあたり、わたくしを内大臣家にお連れになって、内大臣家で今までと同じように伊靖様にお仕えするようにとおっしゃられまして…」
　うつむいて、少輔さんはぽつりぽつりと話す。

　ああ、そういうことか。
　あたしは何となく納得した。

　伊靖君は内大臣家の姫君と結婚して、最初はとりあえず、内大臣家に場所をもらって新婚生活を始めるんだ。
　そこに身の回りの世話をしてくれる侍女として、少輔さんを連れていきたい、と。

　伊靖君としては、政略結婚で別に好きでもない姫君と結婚するのだから、好きな少輔さんを傍に置いときたいってことなんだろうけど…

　伊靖君を好きな少輔さんは、好きな人の、他の女性との新婚生活を目の当たりにさせられるなんて、まっぴらごめん、ってとこだよね。

　うーん。
　どっちの気持ちも解るが…
　実際問題、難しいなあ。