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第八章 暗雲

20.深夜の告白

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 「月子姫…」
 部屋の中から東宮の声がする。

 あたしは泣きながら走り去っていった二の姫に心を残しながらも、部屋に急いで入った。

 几帳が大きく退けられて、中の褥に横たわる東宮が見える。
 東宮は腕を額にあて、浅い呼吸を繰り返している。

 「東宮様…」
 あたしが枕元に跪《ひざまず》くと、東宮は腕を動かしてあたしの方を見た。

 「月子姫…
 今、ここにいた人物は…誰だ」

 「二の姫でございますわ。
 わたくしがちょっとここを離れましたので、代わりについていてくれたのです」

 「ああ…そう、なのか…」
 東宮は大きく息をつく。
 「何がございましたか」
 あたしは尋ねる。少し口調がきつくなってしまう。

 「月子姫、だと思って…抱き寄せて、口づけた」
 東宮は浅く速い呼吸の下から、少しずつしゃべる。

 「愛している…月子姫となら…どこへ流されても良い…
 そなたと…子供を設けて…幸せに、なりたいと」

 詰んだな…
 あたしは絶望的な気持ちになって天を仰ぐ。

 なんてことを言うんだよ!
 でも、あたしも悪い。
 
 東宮に黙って傍を離れてしまった。
 …離れるんじゃなかった。

 「わたくしが申し上げて良い話ではないのですが…
 二の姫は、東宮様をお慕い申し上げておりますの。
 今のお話は、二の姫にはあまりにつらいお話ですわ」
 あたしの頬を涙が伝う。

 あたしだって、元信様に他に好きな人がいて、その人への告白をあたしが聞かされたら…
 こんなにつらいことって…他にないよね。

 「なんと…まさか、そのような、ことが…」
 東宮は本気で驚いている様子だ。
 知らなかったのか…意外とにぶちんだな。

 「二の姫の、お気持ちは、嬉しいが…
 しかし、私が、愛して、いるのは…月子姫、そなた唯一人」
 あたしへ手を伸ばし、頬の涙を指で拭う。
 
 「私は…たぶんもう、東宮では、いられない。
 それでも…何も持たなくても、そなただけは…離したくない。
 判って、くれ」

 熱に浮かされ荒い息の下から懸命にあたしに訴えかける、その血を吐くような告白に、あたしは涙が止まらなかった。
 ごめんね…あなたの気持ちには応えられない。

 あたしは泣きながら、東宮の額の布を取り換える。
 東宮の熱い手が、あたしの手を捉え、自分の熱い頬に押しあてる。

 「東宮様…」
 あたしは頭を横に振って、手を外す。
 涙がぽろぽろこぼれて、東宮の手を濡らす。

 「姫…泣かないで…
 私は…どうしたらいいのだ…」
 東宮も泣き出す。

 そのまま二人で、言葉もなくずっと泣き続けて、いつの間にか東宮の枕元で眠ってしまった。
 東宮の熱く震える手が、あたしの頭を撫でていたような気がする。
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