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第八章 暗雲

15.元信様の訪問

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 その後、東宮は夕食も喉を通らない様子で、あたしが口まで養ってあげるとようやく少し口にした。
 もー、甘えん坊なんだからなあ…

 とはいえ、東宮が何を一番に気にしているかって言えば、今回のことでの主上の立場と、主上が言った「帝の御位はそなたに譲る」という言葉への心配なんだから、責めることはできない。
 自分の立場には、自分で言うように本当にまったく頓着していないのだと解る。

 帝になると言ったのだって、関白が主上に多大な影響力を及ぼしているのを案じて排除したいと思ったからだろうし(まあ、あとはあたしのことか)。

 互いを思いやりあっている、仲の良い兄弟なんだな。
 位が高すぎて、あまり表に出せないだけで。

 夜になって、東宮は発熱した。
 脚に負った割と大きな傷と、その後、心に負った痛手からだろう。

 熱い手であたしの手を握り、熱に潤んだ瞳でみつめて「姫…傍にいて」と早い呼吸の合間に言う。
 「ずっとここに居ります。
 ご安心なさって、よくおやすみあそばせ」

 あたしは東宮の額に浮かぶ汗を、濡らした布で拭いながら言う。
 抗生剤があればなぁ…
 本人の体力に任せるしかない。頑張れ。
 
 深夜、二の姫が来た。
 「お姉様…左近衛中将様がお越しです。
 ここにはわたくしが居りますので、お会いなさいませ」

 あたしの横に座りながら小声で囁く。
 あたしは、あたしの手を握ったまま先ほどようやく眠った東宮の手を外して、二の姫に握らせた。

 「お願いするわね。
 額の布は、今変えたばかりだから、しばらくは良いわ」
 あたしが小さな声で言うと、二の姫は頷いて、眠っている東宮の顔を愛しそうに見つめる。
 
 そうだよね、本当はここには二の姫がいるべきだよね。
 ごめんね。

 待っていた侍女さんと共に急いで自分の部屋に戻ると、元信様が「姫!」と駆け寄ってきて、きつくあたしを抱きしめた。
 そのままあたしを抱きあげて、御帳台に入る。
 十二単着てるから、相当重かったと思うけど…

 御帳台に入ってあたしを降ろし、胡坐をかいて「おいで」と両腕を伸ばす。
 あたしが、え、どういうこと?と戸惑っていると、苦笑してあたしの腰に手を回して自分の膝の上に座らせた。
 
 「姫、会いたかった」と囁いてぎゅっとあたしを抱きしめる。
 そうなのよ、ここんとこずっと御鷹狩の準備やら、あたしの知らない任務で駆けずり回っていて、全然会えなかったのよ!

 あたしの頬に手をあて、唇にキスする。
 あたしが元信様の首に手を回すと、のしかかるようにして口づける。

 舌は入れないのか。
 とかなんとなく思い、途端に右近衛大将様のキスを思い出して、あたしは思わず身を引く。
 顔がすごく熱くなる。

 「姫…どうなさいましたか」
 元信様は心配そうな不安そうな表情であたしの顔を覗き込む。

 「いえ…」と言ってあたしは元信様の顔を見ていられず、顔を背ける。
 やだもう…右近衛大将様が悪いんだっ!

 「東宮殿下のことが、そんなにご心配ですか」
 感情の無い声で元信様が呟く。

 はい?
 あたしは訳が分からず、元信様の顔を見た。

 元信様は黙ってあたしを膝から降ろした。
 一歩、身を引く。
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