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第八章 暗雲

4.右近衛大将様の苦労

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 「では五位蔵人は、念願の月子姫との対面を果たしたから、もう宮中へ帰って準備を進めたまえ。
 私は月子姫と少し話があるのでね」

 さらっと右近衛大将様はついでのように話だし、五位蔵人様は苦笑して「判りました」と言ってあたしに向かってまた頭を下げた。

 「右近衛大将殿のおっしゃる通り、わたくしも一度、伊都子姫様にお目通り願いたいと存じておりました。
 帰りまして、家族同僚友人に自慢します。
 御鷹狩までの日程も詰まって居りまして、当日も何かとご迷惑をおかけすると存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

 「あ、…お役目ご苦労様でございます。
 お気をつけてお帰りくださいね」
 と言って、あたしは式部さんを呼んで、お土産に今日のおやつのシナモンクッキーを包んでもらった。

 「おお、これが…有名な伊都子姫様の創作料理なのですね…
 誰にも内緒で頂戴します」
 と笑って押し頂いて、五位蔵人様は帰っていった。

 お辞儀をして送り出し、顔を上げると、すぐそばに右近衛大将様が座っていて、あたしは驚いて身を引く。
 この人ホント、気配ってものがないんだよ!

 「さて、月子姫、少し真面目な話をしましょうか」
 右近衛大将様は顔を傾け、あたしに甘く微笑みかけて言う。
 真面目な話をする顔なの、それ?

 「御鷹狩の日、主上が右大臣家にお立ち寄りあそばされるとは言っても、それは母屋であって関白殿やその他の重鎮がご一緒です。
 とても幾望会や、いつも私たちが遊びに来るときのような気安い感じでない」
 あたしの手を取って弄びながら右近衛大将様は語る。

 「しかし主上は、どうしてもこのお部屋で貴女と、二人でお話なさりたいと。
 その計画の為に、私が蔵人頭を押しのけて無理矢理このお役目に着かされたのです。
 当日、母屋で休憩なさり、お帰りになると見せかけて牛車を抜け出して、この部屋へお越しになります」

 「そ…んなこと…」
 できるの?!
 んなわけないよね?!

 「だーからもう、大変ですよ…
 随行の人数は絞りに絞って、どうしても必要な人員には口封じのための買収をかけている。
 私は毎日、神経の磨り減る思いです」
 
 うわー…ご苦労さんです…
 あたしが息を飲んでいると、右近衛大将様はちらりとあたしを見て、ため息をつく。

 「だけど、月子姫は主上が、お文で宮中へどうお誘いあそばしても、絶対に首を縦に振られない。
 頑としてお断りになるという意思が文面から立ち上ってくるようなお返事が来る。
 主上は見ているこちらが泣きたくなるほど、意気消沈なさる。
 協力せざるを得ないでしょう…」

 えーっ!あ、あたしのせい?
 宮中に行くのが面倒だっただけなんだけど…

 「私は主上と東宮殿下ご兄弟の従兄弟いとこだから、お二人が幼いころから存じ上げている。
 東宮殿下はお小さいころからずっとあんな感じで、天衣無縫、自由奔放であられる。
 でも主上は…周りの空気に聡く反応なさって、およそ、東宮(当時)らしからぬ行為などなさらなかった」

 「しかし月子姫に関しては、どうかなさってしまわれたのかと疑うほどのご執心ぶりでねえ…
 こちとら権中納言と毎日ため息ですよ」

 ああ…はあ…
 そんなこと言われても…
 あたしは困ってしまってうつむく。
 
 あたしが伊都子姫じゃない、別人だと判って、主上の中の何かが変わってしまったのか…
 伊都子姫の皮を被った、中身に興味あるだけ??
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