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第七章 宮中

7.牡蠣中毒

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 「洗浄と消毒よ!
 お風呂と厨で、大量のお湯を沸かして!
 あと、綺麗な布をたくさん!」
 あたしは大声で言い、女房さん達が、訳が分からないながらも、指示通り動き始める。

 「元信様、着替えはある?
 今、着ているものは全部脱いで洗わないといけないわ。
 更衣様の御召し物で、汚物が付着したものも全部!」
 
 あたしの迫力に、元信様は「あ、はい」と言って、女房さんに手伝ってもらって着替えを始める。
 ちょ、あっちでやってっ!

 「姉上!」
 「月子姫!」
 ちょうどいいところに、伊靖君と義光が走ってくる。

 「二人で、右大臣家に走って!
 消毒用の火ばさみと、金盥かなだらいをたくさん持ってくるのよ!
 厨司長に聞けばわかる!」

 「はい!」
 と二人は声を揃えて踵を返して、厩舎に向かって走っていった。

 そのころには、中宮様や他の女御様のところでも悲鳴が上がり始めていた。
 皆、岩牡蠣食べたんだ…
 こりゃあ、大変。

 「月子姫、どうした!」
 東宮と権中納言様、右近衛大将様も急いでこちらへ来る。

 「こっち来ちゃダメ!」
 と言ってあたしは部屋の方へ移動しながら、あたしは三人に向き直った。

 「昨日の夕食の、岩牡蠣による、食中毒だと思うの。
 他の女御様のところも同じだと思うわ」

 「あ、本当だ。
 中宮の女房が走り回ってる」
 東宮が呟く。

 「ノロウィルスなら、安静にして脱水症状さえ防げば、二、三日で治るわ。
 怖いのは感染の拡大よ。これを一番に考えないと。
 今、お湯を沸かして煮沸消毒できるものは全部して、綺麗に清拭する」

 「あなた方は、中宮様や他の女御様のところへ行って、消毒と洗浄に協力してくれるように頼んで!
 吐瀉物と汚物には絶対触らないこと!
 あと、あっそうだ!」

 あたしは急いで立ち去ろうとした三人を呼び止めた。
 三人は「何ですか?」と立ち止まって振り返る。
 「CH₂5OH とCH₃COOH!」あたしは思わず化学式を口走る。
 
 「は?」
 と三人は言って顔を見合わせる。
 「姫、宇宙語ではなく現代語を…」
 東宮が苦笑いする。

 「エタノールと酢酸よ!
 ってああ、えーっと、清酒とお酢!
 消毒に使うから!」

 「了解です」右近衛大将様が笑って言う。
 三人で手分けして、それぞれの方向へ走り出す。

 厨の方から下人げにんが、たくさんのお湯と布を持ってきた。
 「ごみを捨てる、大きな穴のようなものはある?」
 とあたしが訊くと
 「はい、東の端っこにごぜえます」
 と頷く。

 「麻の袋をたくさん持ってきてくれる?
 拭いた布はそこへ入れて、燃やせると良いんだけど、とりあえずその穴に捨てましょう」
 あたしが言うと下人たちは「はい!」と言ってまた麻袋を取りに行った。

 「あの…姫様、どのようにしたら宜しいでしょうか」
 おずおずと女房さん達が訊いてくる。

 「お湯に浸した布を絞って、そこらじゅうを拭くんだけど…
 熱くて触れないわよね」

 「姫様!とりあえずここにある火ばさみと盥を持って参りました!」
 と内侍さんと式部さんが、侍女さん達に火ばさみと盥を持たせて、急いでこちらへ来る。

 「ありがとう!
 じゃあ、とにかく清掃しましょう。
 みんな、吐瀉物と汚物には絶対に触らないように。
 できるだけ軽装になって!」

 あたしは声を張って指示を出した。



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