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第三章 賀茂祭・露頭の儀

14.東宮の話

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 ガラガラと車輪の回る音だけが響く。
 東宮は面白そうにあたしを見ている。 

 「今日は…お帰りあそばして大丈夫なのですか?」
 わざと訊いてやる。
 これから大事な宴とかあるんじゃないの~?
 左近衛中将様が毎日「伺えません」と手紙を寄越す、諸悪の根源がさぁ。

 東宮は苦笑いする。
 「まあ、そう追い返さないでくださいよ。
 もう、葵祭の前儀からこっち、毎日のように酒宴があって飽きちゃったんです。
 左近衛中将も、貴女のところに訪れなかったでしょ」

 うん。
 寂しかったよ。
 あたしは頷いた。

 「へえ…そんな表情をなさるんですね、あの伊都子姫が。
 主上が妬くわけだ」
 珍しいものでも見るような口調で、東宮は言う。

 は?
 あたしと少輔さんは同時に問う。
 主上が?
 妬く?

 「兄上って方はね、そりゃあお優しい方で、人の気持ちを読むことには特に長けていらっしゃるんだ。
 宮中のいろんな輩のいろんな思惑を、おひとりで黙って受け止められておられる。
 その兄上が、流鏑馬神事での出来事をご覧になった後すぐに、治部大輔を直々じきじきに呼びつけて事の顛末を子細に渡ってお聞き取りあそばし、もうその日から左近衛中将をお側において帰らせなくて」

 「誰が宴席を途中で抜け出しても、見咎めたりなさることは一度もなかったんだが…
 左近衛中将が腰を浮かすともう話しかけられて、お側に寄せて席を立たせず。
 順番でもないのに急に宿直をお言いつけあそばされたり」

 そう言って可笑しそうにくすくす笑う。
 「ありゃあ、絶対ヤキモチだね、伊都子姫のお心を捉えた左近衛中将に対する」

 えーっ!
 左近衛中将様が急に全然姿を見せなくなっちゃった理由には、そんな経緯があったのか…
 って?え?ちょっと待って
 それって、主上が伊都子姫のこと…?

 東宮は驚いたように言った。
 「おや、伊都子姫はお気づきではなかったですか。
 主上は、貴女のこと幼いころからお気に入りでしたよ」
 
 「ご本人を目の前にして申し上げるのもなんだが。
 何しろあの仏頂面姫が、唯一笑顔を見せられるのは、主上に対してだけでしたからね。
 『笑顔はとても愛らしくていらっしゃるのだよ』
 とよくおっしゃっておられましたよ」

 あたしの心に、伊都子姫が乗り移った。
 涙があふれて止まらない。
 
 伊都子姫、泣いてるんだね…
 嬉しくて、悲しい涙だね…

 「東宮様、酷でございます…」
 少輔さんが涙を零しながら責める。

 「あ、…っと、申し訳ない。
 そういうつもりではなかった。
 主上の子供のような振る舞いが、あまりにも珍しくて可笑しかったものだから」
 手をついて頭を下げる。

 「酷いことを言ってしまった。
 貴女を傷つけるつもりはないのです。
 許してくださいませんか」
 あたしは懐紙で涙を拭きながら、頷いた。

 伊都子姫、叶わない恋だけど、でも両想いだったんだよ。
 ほんの少し、楽になれたかな。
 そうだと良いな。
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