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第三章 賀茂祭・露頭の儀

5.妻問婚と政略結婚

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 左近衛中将様と義光君のことを考えて、あたしは自室に戻ってからも何となく鬱々として過ごした。
 
 宮中での、左近衛中将様の置かれている立場はとても華やかなものなんだ…
 左近衛中将様自身は非常に真面目で素朴な人だし、いつもあたしのことを考えてくれている(と本人が言っている)から、この屋敷の外の世界でどんな感じなのかとか、考えたことなかった。

 今、宮廷内で時めいて居られる左大臣の三男(嫡出子)。
 一夫多妻のこの時代に、まだ誰とも結婚してなくて、『石の姫』と呼ばれる情のこわい、言ってみれば天皇の下され者の女性あたしひとりに通い詰めている。
 
 『誰もが彼に姫君を嫁がせたがっている』
 …お殿様の言葉が甦る。
 『今まで見向きもしていなかった輩が群がっていますよ』
 …義光君の言葉。

 内大臣の姫君との結婚話…受けちゃうんだろうか。
 これからの人生のことを考えれば、政治的な結婚もありえるのかな。

 嫌だそんなの。
 
 あたしは現代人だから一夫多妻の感覚が判っていない、っていうのとも違う。
 いつの時代だって、自分の好きな人が他の誰かと結婚したり子供を設けたりしたら嫌に決まってる。
 
 三日夜の餅…
 あたしもそろそろ覚悟を決めなきゃいけないのかも。

 あたしが、左近衛中将様を手放したくないなら。
 もう「この時代のことがよく判ってないから」とか言っている場合じゃない。

 この時代、貴族の女性の19歳って、相当のき遅れらしい。
 うーん。寿命自体が短いからなぁ。

 しかし義光君は、そんな嫁き遅れのどこが良いんだろう。
 あたしを「姉君」と呼ばなくなった。
 「姫」と、まるで他人のように、普通の求愛者のように呼ぶ。

 伊靖君も、義光君があたしに文を寄越していることについて、からかいのネタにしようとしてたみたいだけど、思いのほか彼が真剣だったからか、それ以上何も言わなかった。
 
 あーあ…なんかもうぐちゃぐちゃだよう。
 伊都子姫、あたしどうしたらいいのかなあ。

 ひとり悶々としていると、式部さんがそっと声をかけてきた。
 「姫様…司厨長が参っております。
 なにか姫様に話がございますとか…
 お会いあそばしますか?」

 おっ、何っ?
 あたしは突っ伏していた文机からがばっと起き上がり、「会うわ!」と言って御帳台の中に入った。

 「伊都子姫様、干し椎茸の試作が出来上がりました。
 あと、姫様のご要望で柚子の皮を干したものも」

 お納めください、と言って料理長が竹の皮に包んだものを差し出す。
 あたしは受け取って中を開いた。

 「あ、すごい!ちゃんと干し椎茸!」
 あたしは驚いて思わず大声を上げる。
 「ありがとう存じます」
 料理長は嬉しそうだ。

 「これを水で戻して、戻し汁も一緒に、うおや野菜、何でも煮てみて」
 とあたしが勢い込んで言うと、料理長は頷いた。
 
 「やってみました。生の椎茸では考えられないほどの旨い味になりました。
 他にもいろいろなものを干してみています。
 順次、お食事の献立にも使っていきますので、お楽しみになさってください」

 やったぁ!
 あたしは御帳台の中で小躍りした。
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