156 / 161
第十三章 二度目の輿入れ
11.ルーマデュカへの入国
しおりを挟む
馬車は進み、ルーマデュカに到着した。
王と私は国境で少し待たされ、無事に国内に入って進んでいく。
王は護衛の騎士隊長を馬車に呼び「さっき、どうしてあんなに待たされたんだ?」と訊く。
馬車に並走しながら騎士隊長は「それが…」と言って考える。
「本日、陛下と妃陛下がご宿泊予定のベジエス城に、王宮からお迎えの方々がいらっしゃるそうで、この馬車の国境通過のお時間が予定よりも少し早かったものですから、報せの者が飛んで行ったりさまざまに対応を協議しておりまして」
王はそれを聞いて、呆れたように呟く。
「まったく、皆、少しでも早くリンスターに会いたいのだろうが…
王宮を空っぽにする気か」
少し身を起こして、騎士隊長に意地悪く言った。
「御者に急がせろ。
皆の想定よりずっと早くにベジエスの城に着いて、慌てさせてやれ」
騎士隊長もにやっと笑って「畏まりました」と言い、乗っている馬に一鞭くれて前に走っていった。
急に馬車のスピードが上がり、私は「ちょ…フィリベール!」と抗議の声を上げる。
「なんだ?」
「何だじゃないです、そんな意地悪なことして…
皆が可哀想ですわ、お止めくださいませ」
王は窓の外を眺め、涼しい顔で「結果的に皆は早くリンスターに会えるんだから良いじゃないか」と言って目を閉じた。
もう…このお坊ちゃんは…
私は呆れながらも、芸術家の力作の美しい彫刻のような寝顔に見入る。
何度見ても見飽きない。
神様の最高傑作の一つではなかろうか。
スピードが上がってもさして揺れは大きくならない、素晴らしい馬車の中で、私は王に寄り添う。
王は寝ていたわけではないらしく、私の肩を抱いて引き寄せた。
窓の外を黙って見ている。
私の肩を抱く王の手に力がこもった気がして、私は王の見ている窓の外へ目を遣る。
少しずつ芽吹いている木々の枝の向こうに、大きく聳える城が見えた。
国境防衛のための、山城のような簡素な城だ。
あれは…
わたしははっとする。
バルバストル元公爵とアンヌ=マリーが幽閉されている城だ。
王の顔を見上げると、王は私の頬に手を添えて唇にキスして、私を抱きしめた。
「バルバストルとアンヌ=マリーは…
私を恨んでいるだろうな。
リンスターのお父上のように、宰相殿とうまくやっておられる国を見て、私のやったことは果たして国のために良かったのだろうかと考える」
私のドレスの、毛皮の襟飾りに顔を埋め、くぐもった声で王は呟くように言う。
私は王の背に腕を回し、抱きしめる。
「メンデエルは歴史が古くて、交通の要衝にある小国ですから…
王は常に陣頭に立って、身体を張って国を守ってまいりましたの。
ラウツェニング宰相も、お父様にさまざま意見は申しますが、国のためを思って言っているのはよく判ります。
わたくしの結婚にしても…」
「そなたの結婚に関して、エリーザベト王女ばかりに目が向いて、そなたには惨いことを何度も強いていた。
とても国のためだけを思って言っているようには感じられなかったが」
王は顔を上げて声に怒りをにじませながら話す。
「ああ…
お兄様が仰っていたのですが、ラウツェニング宰相はお姉様のお母様である、亡き先王妃様をその、どうも好きだったらしいのです。
音に聞こえた美人の亡き先王妃様に生き写しだと言われているお姉様には、一番お幸せになって欲しいのでしょう」
私が言うと、王は呆気にとられたように私を見て「なんだ、思い切り私情か」と言った。
まあ、そうね。
とばっちりを受けた私が一番の被害者ってとこよね。
「そなたの姉上は…そんなに美しかったのか?」
本当に不思議そうに言う王に、私は「えっ?!はっ?!」と驚いて目を瞠る。
「俺マジでぜんっぜん覚えてないんだよ。
ぼんやりと白い塊がいたなって感じの印象しかない。
リンスターの可愛らしさしか目に入らない」
王はまたぎゅうっと私を抱きしめる。
「え、でも、お手紙や肖像画のやり取りがあったんでしょう?」
「あんなの、家庭教師や執事に言われるがままに書いただけで内容なんてない。
エリーザベト王女からの手紙も、まったく文面を覚えてないところをみると、大したことは書いてなかったんだろう。
肖像画も…多分、見たんだろうけど」
素っ気なく言う王に、私は開いた口が塞がらない。
お可哀想なお姉様…
あなたの恋した男は、こんなに不誠実だったのですわ…
「…まあ、それはともかく、お父様とラウツェニング宰相のように強固な主従関係を築くにはというお話に戻りますけれど。
確かにバルバストル元公爵は、王家への忠誠心が足りず恣意的で在り過ぎたと思います。
だからこそ、バルバストル公爵一派と呼ばれる人達以外は、あんなにフィリベールに協力してくれたのでしょう」
「元公爵とその一派を弾劾という形で排斥した、フィリベールの為すべきことはひとつだと思いますの。
これから先、正しく善い政治を行って、国民からの信頼を得ることでしか元公爵とアンヌ=マリー様への贖罪とはならないのですわ」
王は私の言葉を黙って聞いていた。
そしてしばらくじっと考えて「そうだな」と呟く。
それから私の手を取り、甲にそっとキスして握る。
「私はこれから先、善政を敷くように努力する。
それにはリンスター、そなたの聡い賢さや優しさ思いやりが必要不可欠だ。
私を助けてくれるか」
真剣に私を見つめて話す王に、私は頷いて微笑む。
「もちろんですわ。
わたくしは、ルーマデュカの王妃ですもの」
私たちは固く抱き合って、互いの意思を確認した。
陽が傾いて辺りが少し暗くなってきたころ、馬車はベジエス城に到着した。
慌てたように次々と城の扉から飛び出してくる人々を眺め、王は可笑しそうにくすくす笑っている。
こらこら。
善政を敷くんでしょう?
いじめてどうすんのよ。
王と私は国境で少し待たされ、無事に国内に入って進んでいく。
王は護衛の騎士隊長を馬車に呼び「さっき、どうしてあんなに待たされたんだ?」と訊く。
馬車に並走しながら騎士隊長は「それが…」と言って考える。
「本日、陛下と妃陛下がご宿泊予定のベジエス城に、王宮からお迎えの方々がいらっしゃるそうで、この馬車の国境通過のお時間が予定よりも少し早かったものですから、報せの者が飛んで行ったりさまざまに対応を協議しておりまして」
王はそれを聞いて、呆れたように呟く。
「まったく、皆、少しでも早くリンスターに会いたいのだろうが…
王宮を空っぽにする気か」
少し身を起こして、騎士隊長に意地悪く言った。
「御者に急がせろ。
皆の想定よりずっと早くにベジエスの城に着いて、慌てさせてやれ」
騎士隊長もにやっと笑って「畏まりました」と言い、乗っている馬に一鞭くれて前に走っていった。
急に馬車のスピードが上がり、私は「ちょ…フィリベール!」と抗議の声を上げる。
「なんだ?」
「何だじゃないです、そんな意地悪なことして…
皆が可哀想ですわ、お止めくださいませ」
王は窓の外を眺め、涼しい顔で「結果的に皆は早くリンスターに会えるんだから良いじゃないか」と言って目を閉じた。
もう…このお坊ちゃんは…
私は呆れながらも、芸術家の力作の美しい彫刻のような寝顔に見入る。
何度見ても見飽きない。
神様の最高傑作の一つではなかろうか。
スピードが上がってもさして揺れは大きくならない、素晴らしい馬車の中で、私は王に寄り添う。
王は寝ていたわけではないらしく、私の肩を抱いて引き寄せた。
窓の外を黙って見ている。
私の肩を抱く王の手に力がこもった気がして、私は王の見ている窓の外へ目を遣る。
少しずつ芽吹いている木々の枝の向こうに、大きく聳える城が見えた。
国境防衛のための、山城のような簡素な城だ。
あれは…
わたしははっとする。
バルバストル元公爵とアンヌ=マリーが幽閉されている城だ。
王の顔を見上げると、王は私の頬に手を添えて唇にキスして、私を抱きしめた。
「バルバストルとアンヌ=マリーは…
私を恨んでいるだろうな。
リンスターのお父上のように、宰相殿とうまくやっておられる国を見て、私のやったことは果たして国のために良かったのだろうかと考える」
私のドレスの、毛皮の襟飾りに顔を埋め、くぐもった声で王は呟くように言う。
私は王の背に腕を回し、抱きしめる。
「メンデエルは歴史が古くて、交通の要衝にある小国ですから…
王は常に陣頭に立って、身体を張って国を守ってまいりましたの。
ラウツェニング宰相も、お父様にさまざま意見は申しますが、国のためを思って言っているのはよく判ります。
わたくしの結婚にしても…」
「そなたの結婚に関して、エリーザベト王女ばかりに目が向いて、そなたには惨いことを何度も強いていた。
とても国のためだけを思って言っているようには感じられなかったが」
王は顔を上げて声に怒りをにじませながら話す。
「ああ…
お兄様が仰っていたのですが、ラウツェニング宰相はお姉様のお母様である、亡き先王妃様をその、どうも好きだったらしいのです。
音に聞こえた美人の亡き先王妃様に生き写しだと言われているお姉様には、一番お幸せになって欲しいのでしょう」
私が言うと、王は呆気にとられたように私を見て「なんだ、思い切り私情か」と言った。
まあ、そうね。
とばっちりを受けた私が一番の被害者ってとこよね。
「そなたの姉上は…そんなに美しかったのか?」
本当に不思議そうに言う王に、私は「えっ?!はっ?!」と驚いて目を瞠る。
「俺マジでぜんっぜん覚えてないんだよ。
ぼんやりと白い塊がいたなって感じの印象しかない。
リンスターの可愛らしさしか目に入らない」
王はまたぎゅうっと私を抱きしめる。
「え、でも、お手紙や肖像画のやり取りがあったんでしょう?」
「あんなの、家庭教師や執事に言われるがままに書いただけで内容なんてない。
エリーザベト王女からの手紙も、まったく文面を覚えてないところをみると、大したことは書いてなかったんだろう。
肖像画も…多分、見たんだろうけど」
素っ気なく言う王に、私は開いた口が塞がらない。
お可哀想なお姉様…
あなたの恋した男は、こんなに不誠実だったのですわ…
「…まあ、それはともかく、お父様とラウツェニング宰相のように強固な主従関係を築くにはというお話に戻りますけれど。
確かにバルバストル元公爵は、王家への忠誠心が足りず恣意的で在り過ぎたと思います。
だからこそ、バルバストル公爵一派と呼ばれる人達以外は、あんなにフィリベールに協力してくれたのでしょう」
「元公爵とその一派を弾劾という形で排斥した、フィリベールの為すべきことはひとつだと思いますの。
これから先、正しく善い政治を行って、国民からの信頼を得ることでしか元公爵とアンヌ=マリー様への贖罪とはならないのですわ」
王は私の言葉を黙って聞いていた。
そしてしばらくじっと考えて「そうだな」と呟く。
それから私の手を取り、甲にそっとキスして握る。
「私はこれから先、善政を敷くように努力する。
それにはリンスター、そなたの聡い賢さや優しさ思いやりが必要不可欠だ。
私を助けてくれるか」
真剣に私を見つめて話す王に、私は頷いて微笑む。
「もちろんですわ。
わたくしは、ルーマデュカの王妃ですもの」
私たちは固く抱き合って、互いの意思を確認した。
陽が傾いて辺りが少し暗くなってきたころ、馬車はベジエス城に到着した。
慌てたように次々と城の扉から飛び出してくる人々を眺め、王は可笑しそうにくすくす笑っている。
こらこら。
善政を敷くんでしょう?
いじめてどうすんのよ。
0
お気に入りに追加
1,871
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる