愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

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第十三章 二度目の輿入れ

11.ルーマデュカへの入国

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 馬車は進み、ルーマデュカに到着した。
 王と私は国境で少し待たされ、無事に国内に入って進んでいく。
 王は護衛の騎士隊長を馬車に呼び「さっき、どうしてあんなに待たされたんだ?」と訊く。

 馬車に並走しながら騎士隊長は「それが…」と言って考える。
 「本日、陛下と妃陛下がご宿泊予定のベジエス城に、王宮からお迎えの方々がいらっしゃるそうで、この馬車の国境通過のお時間が予定よりも少し早かったものですから、報せの者が飛んで行ったりさまざまに対応を協議しておりまして」

 王はそれを聞いて、呆れたように呟く。
 「まったく、皆、少しでも早くリンスターに会いたいのだろうが…
 王宮を空っぽにする気か」
 少し身を起こして、騎士隊長に意地悪く言った。
 「御者に急がせろ。
 皆の想定よりずっと早くにベジエスの城に着いて、慌てさせてやれ」

 騎士隊長もにやっと笑って「畏まりました」と言い、乗っている馬に一鞭くれて前に走っていった。
 急に馬車のスピードが上がり、私は「ちょ…フィリベール!」と抗議の声を上げる。
 「なんだ?」
 「何だじゃないです、そんな意地悪なことして…
 皆が可哀想ですわ、お止めくださいませ」

 王は窓の外を眺め、涼しい顔で「結果的に皆は早くリンスターに会えるんだから良いじゃないか」と言って目を閉じた。
 もう…このお坊ちゃんは…
 私は呆れながらも、芸術家の力作の美しい彫刻のような寝顔に見入る。
 何度見ても見飽きない。
 神様の最高傑作の一つではなかろうか。

 スピードが上がってもさして揺れは大きくならない、素晴らしい馬車の中で、私は王に寄り添う。
 王は寝ていたわけではないらしく、私の肩を抱いて引き寄せた。
 窓の外を黙って見ている。

 私の肩を抱く王の手に力がこもった気がして、私は王の見ている窓の外へ目を遣る。
 少しずつ芽吹いている木々の枝の向こうに、大きく聳える城が見えた。
 国境防衛のための、山城のような簡素な城だ。

 あれは…
 わたしははっとする。
 バルバストル元公爵とアンヌ=マリーが幽閉されている城だ。
 
 王の顔を見上げると、王は私の頬に手を添えて唇にキスして、私を抱きしめた。
 「バルバストルとアンヌ=マリーは…
 私を恨んでいるだろうな。
 リンスターのお父上のように、宰相殿とうまくやっておられる国を見て、私のやったことは果たして国のために良かったのだろうかと考える」
 
 私のドレスの、毛皮の襟飾りに顔を埋め、くぐもった声で王は呟くように言う。
 私は王の背に腕を回し、抱きしめる。
 「メンデエルは歴史が古くて、交通の要衝にある小国ですから…
 王は常に陣頭に立って、身体を張って国を守ってまいりましたの。
 ラウツェニング宰相も、お父様にさまざま意見は申しますが、国のためを思って言っているのはよく判ります。
 わたくしの結婚にしても…」

 「そなたの結婚に関して、エリーザベト王女ばかりに目が向いて、そなたにはむごいことを何度も強いていた。
 とても国のためだけを思って言っているようには感じられなかったが」
 王は顔を上げて声に怒りをにじませながら話す。

 「ああ…
 お兄様が仰っていたのですが、ラウツェニング宰相はお姉様のお母様である、亡き先王妃様をその、どうも好きだったらしいのです。
 音に聞こえた美人の亡き先王妃様に生き写しだと言われているお姉様には、一番お幸せになって欲しいのでしょう」
 私が言うと、王は呆気にとられたように私を見て「なんだ、思い切り私情か」と言った。

 まあ、そうね。
 とばっちりを受けた私が一番の被害者ってとこよね。

 「そなたの姉上は…そんなに美しかったのか?」
 本当に不思議そうに言う王に、私は「えっ?!はっ?!」と驚いて目を瞠る。
 「俺マジでぜんっぜん覚えてないんだよ。
 ぼんやりと白い塊がいたなって感じの印象しかない。
 リンスターの可愛らしさしか目に入らない」
 王はまたぎゅうっと私を抱きしめる。

 「え、でも、お手紙や肖像画のやり取りがあったんでしょう?」
 「あんなの、家庭教師や執事に言われるがままに書いただけで内容なんてない。
 エリーザベト王女からの手紙も、まったく文面を覚えてないところをみると、大したことは書いてなかったんだろう。
 肖像画も…多分、見たんだろうけど」
 素っ気なく言う王に、私は開いた口が塞がらない。

 お可哀想なお姉様…
 あなたの恋した男は、こんなに不誠実だったのですわ…

 「…まあ、それはともかく、お父様とラウツェニング宰相のように強固な主従関係を築くにはというお話に戻りますけれど。
 確かにバルバストル元公爵は、王家への忠誠心が足りず恣意的で在り過ぎたと思います。
 だからこそ、バルバストル公爵一派と呼ばれる人達以外は、あんなにフィリベールに協力してくれたのでしょう」

 「元公爵とその一派を弾劾という形で排斥した、フィリベールの為すべきことはひとつだと思いますの。
 これから先、正しく善い政治をおこなって、国民からの信頼を得ることでしか元公爵とアンヌ=マリー様への贖罪とはならないのですわ」
 
 王は私の言葉を黙って聞いていた。
 そしてしばらくじっと考えて「そうだな」と呟く。
 それから私の手を取り、甲にそっとキスして握る。

 「私はこれから先、善政を敷くように努力する。
 それにはリンスター、そなたの聡い賢さや優しさ思いやりが必要不可欠だ。
 私を助けてくれるか」
 真剣に私を見つめて話す王に、私は頷いて微笑む。
 「もちろんですわ。
 わたくしは、ルーマデュカの王妃ですもの」
 私たちは固く抱き合って、互いの意思を確認した。

 陽が傾いて辺りが少し暗くなってきたころ、馬車はベジエス城に到着した。
 慌てたように次々と城の扉から飛び出してくる人々を眺め、王は可笑しそうにくすくす笑っている。
 
 こらこら。
 善政を敷くんでしょう?
 いじめてどうすんのよ。
 
 

 
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