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第十三章 二度目の輿入れ
8.出立
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翌日は早朝に起きて支度を始めた。
メンデエルの朝は寒い。
鎧戸を閉めたまま部屋をガンガンに暖めて着替えをしていたら、少し息苦しくなってきて慌てて窓を開ける。
寒いけど、日が高くなるにつれ、ホッとするような温かさが部屋に入ってくる。
王と一緒に、お父様とお母様に挨拶した。
盛装した王は煌びやかで、挨拶も堂々として如何にも一国の王様という感じがして私はまた臆してしまう。
お父様とお母様は私たちの道中の安全、またルーマデュカでの末永く幸福な結婚生活を祈ってくれた。
兄弟妹たちと友人知人は見送りに、ホールまで来てくれた。
その中にフォルクハルトの姿を見つけて、私は思わず近づいていった。
フォルクハルトは目を腫らしていて、その痛々しい姿に私は胸を衝かれる。
「フォルクハルト…」
「自身の気持ちにきちんと終止符を打とうと思って参りました。
ルーマデュカでお幸せに、リンスター王女。
メンデエルでいつもあなたの幸福をお祈りしておりますよ」
「ありがとう…」
涙が止まらなくなって、私はうつむいた。
王が私の肩を抱いて優しく撫でる。
『フィリベール陛下、リンスター王女はあなたにお預け申し上げます。
もし、リンスター王女が不幸になるようなことがあったら、私は、本物の槍で決闘を申し込みます。
ゆめ、お忘れなきよう』
フォルクハルトは挑むような瞳に真剣な光を浮かべ、ルーマデュカ語で言う。
王は驚いたようにちょっと身を引き、それから頬に不敵な笑みを浮かべて答えた。
『私のリンスターであってそなたから預かるつもりはないし、リンスターは私が一生をかけて幸せにし続ける。
ご心配無用だ。
しかし馬上槍試合ならいつでも受けて立つ用意はある。
今度は手加減しないので、貴殿こそ覚悟を持っていただきたい』
私は呆れてしまう。
大人げないよ王…
そんな喧嘩腰の返答…
フォルクハルトは「それを聞いて少し安心しました」と腫れぼったい瞳で微笑んだ。
王は片手を差し出し「いつでもルーマデュカへ遊びにいらしてください。リンスターの幸せな姿を間近に見られますよ」と笑った。
フォルクハルトは苦笑し「ご親切痛み入ります」と言って王の手を両手で握り返す。
何故かソロモンもいて、私たちに向かってお辞儀した。
『もう少し、ギルベルトと国交樹立について話し合ってから、私もルーマデュカに帰ります。
またお会いしましょうねリンスター』
『お前はもう帰ってこなくていいよ、忙しいだろ外交官』
ぶすっとして王が言い、ソロモンは『私はリンスターの傍に居るために、一生、ルーマデュカ大使で居ようと思っていますよ』とにこやかに言う。
陽が中天に差し掛かり、だいぶ気温の上がってきた城の外へ出ると、馬車が用意されていて(例の、ベルクセイア・バーグマン国からの借り物のダミー馬車)、その前に騎士隊長のディートリヒが跪いていた。
「国境まで、警備仕ります」
「ディートリヒ、よろしくお願いしますね」
私が声をかけると、ディートリヒとその背後にいた警備の者たちはいっせいに「はっ!」と畏まった。
王に手を取られて、馬車に乗る。
供の者は他の馬車に乗るので、王と二人きりだ。
ふかふかの座席に腰かけて、王と二人、馬車の窓から見える人々に手を振る。
馬車は静かに動き出した。
皆が見えなくなるまで手を振って、私は背もたれに寄り掛かり顔を両手で覆った。
王が私の両手を外し、涙をハンカチで拭ってくれて、私の肩に手を回して引き寄せた。
『悲しい別れを二度もさせてしまって、すまない』
私の頭を撫でながら王は低い声で言う。
私は首を横に振って『前回は本当に悲しいだけだったけれど、今回は…陛下と一緒だから悲しいだけじゃなくて嬉しいです』と言った。
王はため息をつき、両手で私の頬をはさんで真正面から見つめる。
『まだ陛下か』
『あっ』
私は声を上げ、『まだちょっと…言い慣れなくて』と言い訳した。
『ルーマデュカに到着するまでに矯正するからな』
と言って私の頬にキスする。
耳朶に舌を這わせて『リンスター…』と熱い声で囁く。
私は息が上がってくるのを抑えきれず、『あっ…はぁ…』と声を上げてしまう。
『は…もっと聞かせろその声…』
王は私の顔を自分の方へ向けて、唇を乱暴に吸う。
私はキャリッジの後ろに立っている御者に見られているような気がして、『ちょっ…ダメですっ』と身体をよじって逃れる。
『陛下って呼んだからお仕置きだ』
王はそう言ってまた私を引き寄せる。
前回とは全く違った意味での前途多難な旅路になってしまった。
メンデエルの朝は寒い。
鎧戸を閉めたまま部屋をガンガンに暖めて着替えをしていたら、少し息苦しくなってきて慌てて窓を開ける。
寒いけど、日が高くなるにつれ、ホッとするような温かさが部屋に入ってくる。
王と一緒に、お父様とお母様に挨拶した。
盛装した王は煌びやかで、挨拶も堂々として如何にも一国の王様という感じがして私はまた臆してしまう。
お父様とお母様は私たちの道中の安全、またルーマデュカでの末永く幸福な結婚生活を祈ってくれた。
兄弟妹たちと友人知人は見送りに、ホールまで来てくれた。
その中にフォルクハルトの姿を見つけて、私は思わず近づいていった。
フォルクハルトは目を腫らしていて、その痛々しい姿に私は胸を衝かれる。
「フォルクハルト…」
「自身の気持ちにきちんと終止符を打とうと思って参りました。
ルーマデュカでお幸せに、リンスター王女。
メンデエルでいつもあなたの幸福をお祈りしておりますよ」
「ありがとう…」
涙が止まらなくなって、私はうつむいた。
王が私の肩を抱いて優しく撫でる。
『フィリベール陛下、リンスター王女はあなたにお預け申し上げます。
もし、リンスター王女が不幸になるようなことがあったら、私は、本物の槍で決闘を申し込みます。
ゆめ、お忘れなきよう』
フォルクハルトは挑むような瞳に真剣な光を浮かべ、ルーマデュカ語で言う。
王は驚いたようにちょっと身を引き、それから頬に不敵な笑みを浮かべて答えた。
『私のリンスターであってそなたから預かるつもりはないし、リンスターは私が一生をかけて幸せにし続ける。
ご心配無用だ。
しかし馬上槍試合ならいつでも受けて立つ用意はある。
今度は手加減しないので、貴殿こそ覚悟を持っていただきたい』
私は呆れてしまう。
大人げないよ王…
そんな喧嘩腰の返答…
フォルクハルトは「それを聞いて少し安心しました」と腫れぼったい瞳で微笑んだ。
王は片手を差し出し「いつでもルーマデュカへ遊びにいらしてください。リンスターの幸せな姿を間近に見られますよ」と笑った。
フォルクハルトは苦笑し「ご親切痛み入ります」と言って王の手を両手で握り返す。
何故かソロモンもいて、私たちに向かってお辞儀した。
『もう少し、ギルベルトと国交樹立について話し合ってから、私もルーマデュカに帰ります。
またお会いしましょうねリンスター』
『お前はもう帰ってこなくていいよ、忙しいだろ外交官』
ぶすっとして王が言い、ソロモンは『私はリンスターの傍に居るために、一生、ルーマデュカ大使で居ようと思っていますよ』とにこやかに言う。
陽が中天に差し掛かり、だいぶ気温の上がってきた城の外へ出ると、馬車が用意されていて(例の、ベルクセイア・バーグマン国からの借り物のダミー馬車)、その前に騎士隊長のディートリヒが跪いていた。
「国境まで、警備仕ります」
「ディートリヒ、よろしくお願いしますね」
私が声をかけると、ディートリヒとその背後にいた警備の者たちはいっせいに「はっ!」と畏まった。
王に手を取られて、馬車に乗る。
供の者は他の馬車に乗るので、王と二人きりだ。
ふかふかの座席に腰かけて、王と二人、馬車の窓から見える人々に手を振る。
馬車は静かに動き出した。
皆が見えなくなるまで手を振って、私は背もたれに寄り掛かり顔を両手で覆った。
王が私の両手を外し、涙をハンカチで拭ってくれて、私の肩に手を回して引き寄せた。
『悲しい別れを二度もさせてしまって、すまない』
私の頭を撫でながら王は低い声で言う。
私は首を横に振って『前回は本当に悲しいだけだったけれど、今回は…陛下と一緒だから悲しいだけじゃなくて嬉しいです』と言った。
王はため息をつき、両手で私の頬をはさんで真正面から見つめる。
『まだ陛下か』
『あっ』
私は声を上げ、『まだちょっと…言い慣れなくて』と言い訳した。
『ルーマデュカに到着するまでに矯正するからな』
と言って私の頬にキスする。
耳朶に舌を這わせて『リンスター…』と熱い声で囁く。
私は息が上がってくるのを抑えきれず、『あっ…はぁ…』と声を上げてしまう。
『は…もっと聞かせろその声…』
王は私の顔を自分の方へ向けて、唇を乱暴に吸う。
私はキャリッジの後ろに立っている御者に見られているような気がして、『ちょっ…ダメですっ』と身体をよじって逃れる。
『陛下って呼んだからお仕置きだ』
王はそう言ってまた私を引き寄せる。
前回とは全く違った意味での前途多難な旅路になってしまった。
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