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第十三章 二度目の輿入れ

3.ファーストネーム

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 そのまま晩餐会の行われる大広間に行くのかと思っていたら、王が泊っている部屋に案内された。
 「リンスター王女殿下のご到着です」
と侍従は呼ばわり、ルーマデュカの衛兵が扉を開ける。

 中には王がもう支度を終えて待っていた。
 私は約ひと月ぶりに見る王の凛々しい姿に、見惚れまいと懸命に自分を叱咤してお辞儀する。

 顔を上げると、王が口元に手をあてて顔を背けていた。
 『…?
 どこか、おかしいでしょうか…』
 私は心配になって自分の身体を見下ろす。

 『いや、違うんだ。
 その、あまりに綺麗で、可愛くて…』
 王は私に近づきながら言う。
 その顔は耳まで真っ赤になっていて、それを見た私も照れてしまう。

 『カルノーに無理言って、最短で仕上げさせて持ってきた甲斐があった。
 リンスターにとてもよく似合っている。
 ネックレスとも前よりしっくりしているな』
 『あ、りがとうございます…
 あの、陛下も良くお似合いですわ』
 
 私が一生懸命言うと、王はぶすっとして『違うだろ』と私の頬をつまむ。
 『え?』
 『さっき、謁見の間では私の名前を呼んだじゃないか?
 どうしてまた陛下になってるんだ』
 『えっそうでしたっけ』

 私はつままれた頬を撫でながら思い出す。
 あ~~そうだ。
 大きな声で「リンスター!」と呼ばれて、思わず「フィリベール!」って言っちゃったんだった。
 
 『思い出したか』
 急に真っ赤になった私を見て、王はくくっと笑う。
 『ほら、言ってみろリンスター』

 う…急にそんなこと言われても…
 『叔父上やスレイマン殿下、オーギュストのことは名前で呼ぶのに、何で私はダメなんだ。
 私はずっと、そなたとファーストネームで呼び合いたいと思っていたのに』
 王は拗ねたように言う。

 『え…陛下だってわたくしのこと、妃とか俺のカスタードとか、誰でもいいような綽名みたいな感じでしかお呼びくださいませんでしたわ』
 私が言い返すと、王はまた白い頬を赤く染めて『それは…意地になっていただけだ』と呟く。

 『私の妃なのに、私がアンヌ=マリーを公妾にしていて作戦のために離れられないのをいいことに、他の男がわんさか寄ってきて、親し気に呼び合っていて、私がどんな思いでいたか。
 私の妻なのに。
 せめて私のものであることを主張したかった』
 
 悔しそうに話す王を見ているうちに、私はくすぐったいような嬉しさがこみあげてきてくすっと笑ってしまう。
 『なんだよ、ほら早く言えって。
 陛下なんて許さないからな』
 
 『…フィリベール』
 私が意を決して、目をぎゅっと閉じて呼ぶと、王は本当に嬉しそうな声で『リンスター』と囁いて『そのまま目を閉じてて』と私の頤を指で持ち上げた。

 仰向いた私の唇に、王の唇が触れる。
 ビックリして目を開けてしまった私の顔を見て、王は照れたように笑い、片手で私の頭を引き寄せた。
 『愛してる』
 頭の上で響く愛しい声に『私も』と応じた。

 王は私の髪を壊さないようにこめかみのあたりを優しく撫でて顔をあげさせる。
 もう一度顔が近づいてくるのを、私はぱっと手で遮った。
 『唇に朱がついてしまいますわ。
 それにもう、広間へ行かないと』

 私の手をどけて、王は強引に口づける。
 『もうこのまま二人で居たい』
 『ダメです!』 
 私は力を入れて、王の身体を離す。

 そりゃ私だって、そうしたいけど…
 そんなわけにはいかないよ。

 王はムッとしたような拗ねたような顔をしていたけど、やがてひとつ大きく息をつくと、私の肩に手を回して歩き出しながら私の耳元で囁いた。
 『そんな生意気なことをこの私に向かって言って。
 今夜、ベッドの中で覚悟しておけよ』
 
 
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