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第十二章 求婚

10.王の到着

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 そして翌日。
 私は着替えて化粧を済ませてからも部屋でぐずぐずしていた。
 動こうとしない私を、グレーテルがハラハラしながら見ているのが判る。
 
 フリーダやその他、私がメンデエルに戻ってくるのに合わせて、新たに雇い入れた私付きの召使たちは、少し冷ややかな視線で遠巻きに私を見ている。

 きっと私のことを、王妃たる資質がなく、王に棄てられた妃だと噂しているのだろう。
 しかも代わりに輿入れするのは、本来嫁するはずだった異母姉だ。
 誰だってこんな訳アリの姉妹のこと、面白おかしく話したいと思うだろうな。
 
 午後にルーマデュカの王が来るから、総出でお出迎えして更に謁見と晩餐会にも出席しろとの通達が宰相から来ていたが、そんな気になれるわけがない。

 どうして私が、お姉様にプロポーズする王を見てなきゃならないのよ。
 お父様も宰相も何考えてるのか、全然判らないわ。
 どこの王様も、ホント身勝手。
 
 窓の外からは、お姉様の嫁入り支度の馬車が何台も連なって荷物を搬入している音が賑やかに聞こえて来る。
 私は耳を塞ぎたくなった。
 
 つくづく残酷な人たちだわ、お父様も宰相もお姉様も。
 私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてない。
 感情のない案山子かかし木偶でくの坊だと思っているのかしら。
 それとも、心情など斟酌する価値もない、取るに足らない存在だということか。

 案山子…といえば、王太子(当時)に庭の四阿で言われたことがあった。
 焼き過ぎのゴーフルとか。
 本当に失礼な言葉ばっかり、思い出すだけで腹が立つ。
 だから忘れようとしているのに、最後に「忘れるなよ」なんて、酷すぎる。

 国葬の馬車の中で?
 …何を言ってただろう…
 案山子でちょっと引っ掛かった。
 うーん、でも、嫌なことじゃ無かったような気がする。
 国葬の記憶自体、別に悪いイメージではない。

 「王女様、そろそろお越しくださいと、宰相閣下が仰っておられます」
 何度目かに執事が呼びに来て、私は重い腰を上げた。
 フォルクハルトが迎えに来ていて、一緒に部屋を出る。
 
 春の遅いメンデエルでは晴れているとはいえ、まだまだ凍てつくような寒さのなか、ルーマデュカの国旗を掲げ、豪華な装飾を施した大きな馬車が到着している。
 あの馬車だ。
 国葬の時、御陵で棺を納めるのを見ていた、馬車。
 その時の、王の言葉?
 
 扉が開き、盛装で王冠を被った王が降りてきた。

 この寒いのに見物に来ていた民衆から歓声が上がる。
 恭しく出迎えた宰相が、扉の前で頭を下げた。

 その姿が視界に入った途端、私は踵を返して走り出していた。
 国を離れて1ヶ月弱しか経っていないのに、凛々しくも懐かしい王の佇まいが私の心を大きく揺さぶり、その胸に飛び込んでいきたい衝動に駆られたのだ。

 自分でも判らない、こんな、激しい情動。

 本当は私、あんなふうに別れたくなかった。
 私を愛して欲しかったのだ、あの王に。
 一度も言えなかったけれど。
 そんなこと、私の立場で言って良いと思ったことがなかったし、王はアンヌ=マリーやお姉様を愛していると知っていたから…

 王のはにかんだ笑顔、真剣な青い瞳、抱きしめる力強い腕、頬や額に触れた優しい指と唇。
 私、いつの間にかこんなに、あの人に惹かれていたんだ。

 不意に王の声が甦る。
 『そなたと…この先ずっと一緒に生きていきたいと思ったんだ』
 
 私は耳元でその言葉を言われたような気がして、不意に立ち止まる。
 後ろからついてきていたフォルクハルトが慌てたようにたたらを踏んで立ち止まった。

 そうだ、馬車の中で確かに王が言った。
 その後にふざけて茶化してしまったから、忘れていた。

 「リンスター王女…
 あなたは、もしかして?」
 少し息を切らしながらフォルクハルトが私の肩を掴んだ時、後ろから「姉上!」と何度も呼ぶ声がした。
 振り返ると、ルートヴィヒが長い廊下の向こうから走ってくるところだった。

 「お戻りください!
 ルーマデュカの王陛下が…」
 言いながら私の前まで来て、はあはあと息を切らしながらルートヴィヒは一度息を呑んで言った。
 
 「第二王女を…姉上をもらい受けたいと、父上に仰ってます!」

 
 
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