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第十二章 求婚
8.求婚のお使者
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私たちは城の中を旋風のように走り抜け、謁見の間へ向かう。
若い侍従は早いが、老齢に近い執事は息が切れて辛そうだ。
「ギーツェン、良いわよ。
ゆっくり歩いていらっしゃい。
わたくし、ちゃんと謁見の間へ行くから」
私が気遣うと、最初は固辞していたものの、そのうち歩調を緩めて「申し訳…ございません」と言って頭を下げた。
私たちは更に歩くスピードを上げて謁見の間へ続く階段をかけあがる。
「陛下、リンスター王女殿下をお連れ申し上げました」
大きな声で侍従は言って、扉が衛兵によって開かれる。
私は部屋に入って、そこにいた人物に、やはり…という思いと懐かしさがこみあげて、つい大声で名を呼ぶ。
「イドリース!」
純白の美しい裾飾りのあるトーブを着て長いシュマッグを被ったイドリースは私の方を向いて深く頭を下げ、綺麗なメンデエル語で言った。
「お久しぶりでございます、リンスター王女殿下。
お元気そうで何よりでございます」
「リンスター、そなたは本当に、この…お使者の方と面識があるのか?」
玉座に居られるお父様が驚いたように言い、横の椅子に座っているお母様も両手を口にあてていた。
お父様の背後に控えているラウツェニング宰相も白髪交じりの太い眉を思いきりあげている。
「あ、ええ、まあ…」
私は何と言ったらよいか判らず、曖昧に濁す。
「ルーマデュカでは、我が主君でルーマデュカ大使のスレイマン皇子殿下が、当時王太子妃殿下であらせられたリンスター様に非常にお世話になったと言うか助けていただきました。
いえ、スレイマン殿下だけではなく、ルーマデュカ国に滞在するすべてのリンディア帝国の者が、リンスター王女殿下に足を向けて寝られません」
イドリースはにこやかに言って、私に笑いかける。
美丈夫の爽やかな笑みは、ルーマデュカでの日々を想起させ、私は切なくなってうつむく。
「なんと…そうなのか?そなたが、本当に?」
お父様は言葉が上手にでない様子で、私の方を向いて同じことを訊く。
「いえ、それほど大したことは…」
なんか勘違いしてるのよ、あの皇子は…
「我が主君はそうは思っておりません。
スレイマン殿下はリンスター様のご希望を叶えた上でお妃としてお迎えするため、本国のお父上であらせられる皇帝陛下に幾度も幾度も嘆願し、最低でも4~5人は必要なお妃の数を、リンスター様ただお一人で良いという許可をもぎ取られました」
『えっ、ソロモンってば、あれ、本気で言ってたの?!』
私は驚愕して、思わずリンディア帝国の言葉で訊く。
イドリースはにこりと笑ってうなずいた。
『もちろんです。
我が国の人間は誰でも、大切な人に嘘はつきませんし、約束は絶対です』
『ええー、やばっ』
私は絶句する。
まさかそんな…嘘っていうか冗談だと思ってた。
無茶よ、民族の文化的な価値観をひっくり返すなんて。
「今、なんと…?」
お父様とお母様それに宰相は、私とイドリースの顔を交互に見て目を白黒させている。
イドリースはお父様の方を向き、優雅に一礼する。
「これは失礼仕りました。
リンスター様はこの通り、リンディア帝国の公用語のひとつを流暢に操ることがおできになり、我が国の厳しい戒律もよくご存知です。
我が主君のスレイマン第三皇子殿下は、この賢く聡く、また心優しく下々の者にまで思いやりをお持ちのリンスター様をぜひお妃にお迎えしたいと、切望しておられます」
「し、しかし…」
驚嘆のあまり、しんとしてしまった謁見の間に、絞り出すようなラウツェニング宰相の嗄れた声が響く。
「今、我が国には、ルーマデュカ国の王陛下が向かっておられて、第一王女のエリーザベト王女との結婚の許可を得にいらっしゃるので、国内や私どももてんやわんやなもので。
それが無事に終わってから、このお話を進めるということで良いのではないですか」
それを聞いたイドリースの眼光が鋭くなる。
「ほう、さようでございますか。
ルーマデュカ国の王陛下がメンデエル国に…
いつごろ到着のご予定でいらっしゃいますか?」
口調はあくまで穏やかに、イドリースは何気ない風に訊く。
「あと…さよう、1週間ほどという連絡がありましたが…」
「1週間…」
イドリースの眉間が、一瞬ぎゅっと狭められ、あれっと思った時には、またにこやかな表情に戻っていた。
「畏まりました。
それでは、ルーマデュカの国王がお見えになったら、また参りましょう」
そう言ってイドリースは一礼した。
そして「そうでした」と言って、背後にいたリンディア帝国のお供に合図する。
「本日、リンスター王女殿下のご両親であらせられる両陛下に拝謁が叶いましたこと誠に有難くお礼申し上げます。
リンディア帝国の皇帝及び、スレイマン皇子からの献上の品でございます。
どうぞお納めください」
扉が開いて、ルーマデュカの私の部屋に絨毯を運んできた巨人が二人、ものすごい量の品物を運び入れた。
「我が国は広く豊かで、山海の植物や家畜、さまざまな調味料が採取でき、そして毛織物や絹織物の生産が盛んでございます。
リンスター王女殿下も、我が国に嫁いでいらっしゃれば一生、あらゆるご心配は一切無用でございます」
堆く積まれた献上物の多さにぽかんとしているメンデエルの人々に、イドリースはにっこり笑ってお辞儀し「それでは失礼いたします」と言って、お供の人たちと颯爽と去って行ってしまった。
私も、これ以上ここにいたら面倒くさいことになりかねないと思い、「ではわたくしも失礼いたします」と言いながら弟妹達を促して、とっとと謁見の間を後にした。
若い侍従は早いが、老齢に近い執事は息が切れて辛そうだ。
「ギーツェン、良いわよ。
ゆっくり歩いていらっしゃい。
わたくし、ちゃんと謁見の間へ行くから」
私が気遣うと、最初は固辞していたものの、そのうち歩調を緩めて「申し訳…ございません」と言って頭を下げた。
私たちは更に歩くスピードを上げて謁見の間へ続く階段をかけあがる。
「陛下、リンスター王女殿下をお連れ申し上げました」
大きな声で侍従は言って、扉が衛兵によって開かれる。
私は部屋に入って、そこにいた人物に、やはり…という思いと懐かしさがこみあげて、つい大声で名を呼ぶ。
「イドリース!」
純白の美しい裾飾りのあるトーブを着て長いシュマッグを被ったイドリースは私の方を向いて深く頭を下げ、綺麗なメンデエル語で言った。
「お久しぶりでございます、リンスター王女殿下。
お元気そうで何よりでございます」
「リンスター、そなたは本当に、この…お使者の方と面識があるのか?」
玉座に居られるお父様が驚いたように言い、横の椅子に座っているお母様も両手を口にあてていた。
お父様の背後に控えているラウツェニング宰相も白髪交じりの太い眉を思いきりあげている。
「あ、ええ、まあ…」
私は何と言ったらよいか判らず、曖昧に濁す。
「ルーマデュカでは、我が主君でルーマデュカ大使のスレイマン皇子殿下が、当時王太子妃殿下であらせられたリンスター様に非常にお世話になったと言うか助けていただきました。
いえ、スレイマン殿下だけではなく、ルーマデュカ国に滞在するすべてのリンディア帝国の者が、リンスター王女殿下に足を向けて寝られません」
イドリースはにこやかに言って、私に笑いかける。
美丈夫の爽やかな笑みは、ルーマデュカでの日々を想起させ、私は切なくなってうつむく。
「なんと…そうなのか?そなたが、本当に?」
お父様は言葉が上手にでない様子で、私の方を向いて同じことを訊く。
「いえ、それほど大したことは…」
なんか勘違いしてるのよ、あの皇子は…
「我が主君はそうは思っておりません。
スレイマン殿下はリンスター様のご希望を叶えた上でお妃としてお迎えするため、本国のお父上であらせられる皇帝陛下に幾度も幾度も嘆願し、最低でも4~5人は必要なお妃の数を、リンスター様ただお一人で良いという許可をもぎ取られました」
『えっ、ソロモンってば、あれ、本気で言ってたの?!』
私は驚愕して、思わずリンディア帝国の言葉で訊く。
イドリースはにこりと笑ってうなずいた。
『もちろんです。
我が国の人間は誰でも、大切な人に嘘はつきませんし、約束は絶対です』
『ええー、やばっ』
私は絶句する。
まさかそんな…嘘っていうか冗談だと思ってた。
無茶よ、民族の文化的な価値観をひっくり返すなんて。
「今、なんと…?」
お父様とお母様それに宰相は、私とイドリースの顔を交互に見て目を白黒させている。
イドリースはお父様の方を向き、優雅に一礼する。
「これは失礼仕りました。
リンスター様はこの通り、リンディア帝国の公用語のひとつを流暢に操ることがおできになり、我が国の厳しい戒律もよくご存知です。
我が主君のスレイマン第三皇子殿下は、この賢く聡く、また心優しく下々の者にまで思いやりをお持ちのリンスター様をぜひお妃にお迎えしたいと、切望しておられます」
「し、しかし…」
驚嘆のあまり、しんとしてしまった謁見の間に、絞り出すようなラウツェニング宰相の嗄れた声が響く。
「今、我が国には、ルーマデュカ国の王陛下が向かっておられて、第一王女のエリーザベト王女との結婚の許可を得にいらっしゃるので、国内や私どももてんやわんやなもので。
それが無事に終わってから、このお話を進めるということで良いのではないですか」
それを聞いたイドリースの眼光が鋭くなる。
「ほう、さようでございますか。
ルーマデュカ国の王陛下がメンデエル国に…
いつごろ到着のご予定でいらっしゃいますか?」
口調はあくまで穏やかに、イドリースは何気ない風に訊く。
「あと…さよう、1週間ほどという連絡がありましたが…」
「1週間…」
イドリースの眉間が、一瞬ぎゅっと狭められ、あれっと思った時には、またにこやかな表情に戻っていた。
「畏まりました。
それでは、ルーマデュカの国王がお見えになったら、また参りましょう」
そう言ってイドリースは一礼した。
そして「そうでした」と言って、背後にいたリンディア帝国のお供に合図する。
「本日、リンスター王女殿下のご両親であらせられる両陛下に拝謁が叶いましたこと誠に有難くお礼申し上げます。
リンディア帝国の皇帝及び、スレイマン皇子からの献上の品でございます。
どうぞお納めください」
扉が開いて、ルーマデュカの私の部屋に絨毯を運んできた巨人が二人、ものすごい量の品物を運び入れた。
「我が国は広く豊かで、山海の植物や家畜、さまざまな調味料が採取でき、そして毛織物や絹織物の生産が盛んでございます。
リンスター王女殿下も、我が国に嫁いでいらっしゃれば一生、あらゆるご心配は一切無用でございます」
堆く積まれた献上物の多さにぽかんとしているメンデエルの人々に、イドリースはにっこり笑ってお辞儀し「それでは失礼いたします」と言って、お供の人たちと颯爽と去って行ってしまった。
私も、これ以上ここにいたら面倒くさいことになりかねないと思い、「ではわたくしも失礼いたします」と言いながら弟妹達を促して、とっとと謁見の間を後にした。
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