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第十二章 求婚

4.私の部屋

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 その夜は、お母様が私たちの食卓を調えてくれていた。
 だけど私は泣きすぎたこともあって、もう何も食べる気にもならず、お母様の手前少しだけ口に入れておしまいにしてしまった。
   グレーテルの代わりにフリーダという新しく私付きになった侍女が迎えに来ていて、私を懐かしい部屋まで連れて行ってくれた。

 部屋の扉を開けて中へ入ると「お帰りなさいませ、王女様」という侍女や小姓たちの声が迎えてくれる。
 そのメンデエル語を聴いた途端、私は懐かしさと同時に激しい寂寥感に囚われた。
 ああ、私は本当に、ルーマデュカではなくメンデエルにいるのだ。
 
 目の前の光景は、たった2週間前までいた「私の部屋」とは全く違っていた。
 どっしりと重い家具や部屋の室礼、小さな窓と堅牢な鎧戸、大きな暖炉に赤々と燃え盛る炎。
 17年間、私を育んでくれた部屋だというのに、何となくよそよそしく感じられた。
 
 私の居場所はいつの間にか、ルーマデュカのあの部屋になっていた。
 でも、今更そんなことを考えても仕方ない。
 私はここに帰ってきたのだ。
 もうあの部屋に戻ることは、ないのだから。

 しかし、長旅の疲れは私を慣れないベッドでも容易く深い眠りにいざなった。
 夢も見ず、ぐっすり眠り、気づくともう昼に近かった。
 グレーテルが「お目覚めでございますか」と微笑んで私を覗き込む。
 「ああ、…良く寝たわ」
 私は起き上がって伸びをした。
 「私もでございます。
 やはり旅の宿ではよく眠れないのでございますね」
 グレーテルが私の肩にブランケットをかけ、朝食の準備を始めた。

 「フォルクハルト様がいらっしゃっておられます。
 姫様のご起床を今か今かとお待ちでございますよ」
 昔に戻ったようでございますね、と笑った。

 「昔ってそんなことあったかしら?」
 私はそんなことまったく記憶になくて、曖昧に尋ねる。
 グレーテルは「覚えていらっしゃいませんか?」と少し驚いたように言って、ベッドに座る私の前にテーブルを据えてお茶とロッゲンブロートを置いた。

 「そういえば、姫様の寝起きが宜しくなくて、お待ちになっていたフォルクハルト様をとてもご機嫌悪く詰られたことがありました。
 それからあまり来られなくなったのですわ」
 「・・・・・」
 私は赤面して沈黙する。
 そんなことがあったのも、すっかり忘れてるわ私。

 この2週間弱一緒に旅をして話をするうちに、そういう小さな記憶違いとか齟齬などが、私とフォルクハルトの間には結構たくさんあったことに気づいた。
 幼馴染あるあるかもしれないけど…
 割と私が一方的に忘れていたり誤認していたことが多くて、さすがに申し訳なく思う。

 まあ結婚したら一生、一緒に居るわけだし。
 少しずつ罪滅ぼししていくわよ。
 
 そう言うと、フォルクハルトは本当に嬉しそうに笑み崩れ、私に抱きつこうとしてグレーテルとイザークに止められていた。
 そんなフォルクハルトの顔を見ていると、この人と結婚するのも悪くないかな、と思う。
 私のこと、本気で好きでいてくれているみたいだし。
 大切にされて心穏やかに人生を過ごしていけそうな気がする。

 あの何考えてるか全然判らなくて、理解不能な行動をするルーマデュカの王とは、一緒に暮らすのは大変そうだ。
 新しいご愛妾は決まったのかしら?
 それともお姉様をお迎えする準備をいそいそと進めているのかしら。
 お姉様に似合いそうなドレスや宝石をたくさん準備して。

 そう思った時、胸がずきんと痛んだ。
 私に似合うドレスを生地の染色から考えて、デザインや型をいくつもいくつも仕立て屋に作らせて、着た後に手直しまでさせて。
 アンヌ=マリーにはそんなことしなかったって、仕立て屋のカルノーが言っていた。
 
 ネックレスも、私に似合うようなデザインのものをわざわざ誂えて、身に着けた私の姿を最初に見たかったと…
 そう、言っていた。

 私、何か、大事なことを見落としていないかしら。
 フォルクハルトとの間に、些末だけどさまざまな行き違いがあったように。
 私は自分の思いにばかり固執していて、王が何を考えていたか、慮ったことはなかった。

 
 
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