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第十二章 求婚
2.お父様への面会
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城の風景を懐かしむ間もなく、私とお兄様は急いで階段を上がり、お父様の居室の前に辿り着く。
「あなたは相変わらず足が速いな、リンスター」
お兄様は少し息を切らして私を見下ろして笑う。
そうかしら。
私自身は、そんなふうに思ったことはないけれど。
誰かと競争したこともないし。
お兄様は「さて、じゃ、行くか」と呟いて、止めようとする衛兵と侍従を制してドアをノックした。
「父上、ギルベルトとリンスターが参りました。
ご面会を賜りますようお願い申し上げます!」
お兄様は長旅の疲れを感じさせない、凛とした声を張る。
扉が開いて、顔を出した執事が、私たちを見てぎょっとしたように目を瞠り「しょ…少々お待ちください」と吃りながらドアを閉めた。
私とお兄様は顔を見合わせて笑い出す。
「ゲオルクのあんな顔、初めて見たなあ」
「いつも仮面みたいに表情を崩さないものね」
少しして扉を開けたゲオルクは私たちが知っている通りの、顔の皺一本動かさない鉄面皮で「お帰りなさいませ」と厳かに言った。
私とお兄様は笑いをこらえながら「うん、ただいま」と言って、ゲオルクが避けた扉から部屋の中へ入る。
奥の間に到着した。
ああここは、お父様からルーマデュカに嫁げといきなり言われた場所だ。
ずいぶん昔のことみたいに思える。
暖炉の前に設置された大きな肘掛椅子に、お父様は寛いだ様子で座っていた。
「おお、ギルベルト。
無事に帰ったか」
お父様はワインのグラスを傾けながら上機嫌で言う。
お兄様は一礼して、私の背を押して一歩前に押し出す。
「ルーマデュカ王国国王の戴冠式と前国王の国葬に列席し、只今戻りました。
リンスターも連れ戻してまいりました。
ご満足いただけましたでしょうか」
あれ?
お兄様の口調にほんの少し、棘が混ざっている気がする。
お父様はちらっと視線をお兄様に投げて、それから私を見る。
「お久しぶりでございます、お父様」
私は片足を後ろに引いてお辞儀する。
「ああ、リンスター、この度は、まあ、大儀であった。
無事に戻れて何よりだ」
お父様は歯切れ悪く言って、ワインを口に含む。
「しばらくゆっくりして、ヘルツシュプルング侯爵との結婚の準備を始めなさい。
欲しいものがあればアウフレヒト侯爵夫人に相談するように」
そう言って、謁見は終わり、という雰囲気を醸し出したが、私たちが辞そうとしてまたお辞儀をすると「ああ、そうだ」と言って暖炉の火を見つめて口を開いた。
「エリーザベトに、ルーマデュカ王国のこと、とりわけ新国王に関することを話してあげなさい。
いや、ほとんど何も知らぬというのは判っている。
期待はしていないから重荷に感じないで良い。
そなたの知っている範囲で構わない。
その…愛妾とか女性にだらしないとか、そういう噂があったのは、そなたも知っておろう」
「エリーザベトは不安に思っているのだよ。
嫁がせるのも心配なのだが、本人がどうしても妃になりたいと言うのでなあ…
宰相も、そなたに話しても理解できない政治的な事どもをやいのやいの言ってくるしで。
できるだけエリーザベトの不安を取り除いてやりたいのだ」
私はドレスのスカートをぐっと握りしめて、悲しみとも怒りともつかない感情を懸命に堪える。
お兄様が私の背をポンポンと撫でて、お父様に向かって話す。
「リンスターは、立派に王妃としてルーマデュカで役目を果たしておりました。
大使やアウフレヒト侯爵夫妻から聞かされていた、虐げられたお妃、謎の幻の、といった感じは全くなかったのでございますよ」
お父様は疑いの眼でお兄様を見る。
「ではギルベルトは、大使やアウフレヒト侯爵夫妻が嘘を伝えているとでもいうのか?
それだったら何故、新国王は簡単にリンスターを手放した?
どう考えてもエリーザベトの方が王妃に相応しいのは明々白々だろう。
そなたやユーベルヴェーク子爵の手前、その時だけリンスターを立派な王妃のように演出したのではないか?」
お兄様はその言葉を聞いて、大きくため息をついた。
「父上、それはあまりにも酷いおっしゃりようでございます。
もういい。
私はこんな遣いはもう二度と御免です、それだけは申し上げておきます。
失礼いたします」
お兄様はそう一気に言うと、私を促して部屋を出た。
怒りが冷めやらぬというように、大股で歩き、私は小走りになってしまう。
お父様の居室がある西塔を出ると、待ち構えていたお母様の侍女のイザベルが近寄ってきた。
「お帰りなさいませ、ギルベルト様、リンスター様。
王妃様がお呼びでございます」
私はその言葉を聞いて、泣き出してしまった。
お兄様が私の肩を抱き寄せてその広い胸に私の頬をつけた。
お母様に会うまでは泣かないと思っていたのに。
お兄様の胸は暖かくとても安心する…
「あなたは相変わらず足が速いな、リンスター」
お兄様は少し息を切らして私を見下ろして笑う。
そうかしら。
私自身は、そんなふうに思ったことはないけれど。
誰かと競争したこともないし。
お兄様は「さて、じゃ、行くか」と呟いて、止めようとする衛兵と侍従を制してドアをノックした。
「父上、ギルベルトとリンスターが参りました。
ご面会を賜りますようお願い申し上げます!」
お兄様は長旅の疲れを感じさせない、凛とした声を張る。
扉が開いて、顔を出した執事が、私たちを見てぎょっとしたように目を瞠り「しょ…少々お待ちください」と吃りながらドアを閉めた。
私とお兄様は顔を見合わせて笑い出す。
「ゲオルクのあんな顔、初めて見たなあ」
「いつも仮面みたいに表情を崩さないものね」
少しして扉を開けたゲオルクは私たちが知っている通りの、顔の皺一本動かさない鉄面皮で「お帰りなさいませ」と厳かに言った。
私とお兄様は笑いをこらえながら「うん、ただいま」と言って、ゲオルクが避けた扉から部屋の中へ入る。
奥の間に到着した。
ああここは、お父様からルーマデュカに嫁げといきなり言われた場所だ。
ずいぶん昔のことみたいに思える。
暖炉の前に設置された大きな肘掛椅子に、お父様は寛いだ様子で座っていた。
「おお、ギルベルト。
無事に帰ったか」
お父様はワインのグラスを傾けながら上機嫌で言う。
お兄様は一礼して、私の背を押して一歩前に押し出す。
「ルーマデュカ王国国王の戴冠式と前国王の国葬に列席し、只今戻りました。
リンスターも連れ戻してまいりました。
ご満足いただけましたでしょうか」
あれ?
お兄様の口調にほんの少し、棘が混ざっている気がする。
お父様はちらっと視線をお兄様に投げて、それから私を見る。
「お久しぶりでございます、お父様」
私は片足を後ろに引いてお辞儀する。
「ああ、リンスター、この度は、まあ、大儀であった。
無事に戻れて何よりだ」
お父様は歯切れ悪く言って、ワインを口に含む。
「しばらくゆっくりして、ヘルツシュプルング侯爵との結婚の準備を始めなさい。
欲しいものがあればアウフレヒト侯爵夫人に相談するように」
そう言って、謁見は終わり、という雰囲気を醸し出したが、私たちが辞そうとしてまたお辞儀をすると「ああ、そうだ」と言って暖炉の火を見つめて口を開いた。
「エリーザベトに、ルーマデュカ王国のこと、とりわけ新国王に関することを話してあげなさい。
いや、ほとんど何も知らぬというのは判っている。
期待はしていないから重荷に感じないで良い。
そなたの知っている範囲で構わない。
その…愛妾とか女性にだらしないとか、そういう噂があったのは、そなたも知っておろう」
「エリーザベトは不安に思っているのだよ。
嫁がせるのも心配なのだが、本人がどうしても妃になりたいと言うのでなあ…
宰相も、そなたに話しても理解できない政治的な事どもをやいのやいの言ってくるしで。
できるだけエリーザベトの不安を取り除いてやりたいのだ」
私はドレスのスカートをぐっと握りしめて、悲しみとも怒りともつかない感情を懸命に堪える。
お兄様が私の背をポンポンと撫でて、お父様に向かって話す。
「リンスターは、立派に王妃としてルーマデュカで役目を果たしておりました。
大使やアウフレヒト侯爵夫妻から聞かされていた、虐げられたお妃、謎の幻の、といった感じは全くなかったのでございますよ」
お父様は疑いの眼でお兄様を見る。
「ではギルベルトは、大使やアウフレヒト侯爵夫妻が嘘を伝えているとでもいうのか?
それだったら何故、新国王は簡単にリンスターを手放した?
どう考えてもエリーザベトの方が王妃に相応しいのは明々白々だろう。
そなたやユーベルヴェーク子爵の手前、その時だけリンスターを立派な王妃のように演出したのではないか?」
お兄様はその言葉を聞いて、大きくため息をついた。
「父上、それはあまりにも酷いおっしゃりようでございます。
もういい。
私はこんな遣いはもう二度と御免です、それだけは申し上げておきます。
失礼いたします」
お兄様はそう一気に言うと、私を促して部屋を出た。
怒りが冷めやらぬというように、大股で歩き、私は小走りになってしまう。
お父様の居室がある西塔を出ると、待ち構えていたお母様の侍女のイザベルが近寄ってきた。
「お帰りなさいませ、ギルベルト様、リンスター様。
王妃様がお呼びでございます」
私はその言葉を聞いて、泣き出してしまった。
お兄様が私の肩を抱き寄せてその広い胸に私の頬をつけた。
お母様に会うまでは泣かないと思っていたのに。
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