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第十一章 帰国
11.出発の朝
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それからはもう、何も考えずただ帰国の準備に邁進した。
考え出したら心が壊れてしまいそうだったから。
警備の問題で、なるべくならお兄様と一緒に帰ってこいという通達があったらしく、何も考える気力すら剥ぎ取られて、気づけば晩餐会から2日後の朝には帰国するべく、極寒の外にいた。
幸い日差しはあり、白い息を吐きながら馬車の前にフォルクハルトと一緒に佇んでいると、騎士隊長のディートリヒがやってきて額ずいた。
『姫様、お久しぶりでございます。
と申しましても、たった半年でございますが…
今回もまた、メンデエルまで警護をさせていただきます』
ディートリヒは優しく笑い、私はなんだか妙に安堵して微笑んだ。
『こんなに早く、またディートリヒのお世話になるとは思わなかったわ。
自分が情けないけど、よろしくお願いしますね』
私が言うとディートリヒは目を瞠って、それからくしゃっと泣き笑いのように顔を歪めて深くお辞儀した。
『寒いですね、馬車に乗りましょう』
フォルクハルトが私の肩を抱いて、御者が開けた扉から馬車に乗り込もうとした。
その時背後がざわめき、「陛下!」とグレーテルが大きな声で言ってさっとお辞儀した。
振り返ると、鬘もつけておらず薄着の王がこちらへ走ってくるところだった。
私もフォルクハルトも、馬車の階にかけていた足を降ろし、振り向いてお辞儀する。
お供の者たちを置き去りにすごい速さで私の前まで走ってきた王は、息を切らしながら私の前に立って手を伸ばして私の腕をつかむ。
「痛っ…」
私はその強い力に顔を顰め、フォルクハルトは「陛下!そのような乱暴は…」と私の腕から王の手を外そうとするが、王はがっちりつかんで離さない。
「出発は、明日だと、聞いていた。
何故、そなたはいつも…」
王は荒い息で言い、それから怖いくらいに真剣な表情で私を見つめる。
「国葬の時の馬車内で俺が言った言葉を、忘れるなよ」
「…?」
私は意味が判らず、不得要領な顔になってしまう。
王は舌打ちし、グレーテルに「しっかりお守り申し上げるように」と短く言う。
グレーテルは少し笑って(苦笑したように見えた)、「畏まりました。心得てございますわ」と深くお辞儀する。
何なの、この暗黙の了解みたいな空気。
フォルクハルトは「お止めください陛下」と強く言って、私の腕にかかった王の手を外し、私の肩を抱いて引き寄せる。
王は一瞬、険しい表情になり、私たちから顔を背けた。
「道中、気をつけて。
元気で暮らすように」
横を向いたまま王は言って、私とフォルクハルトは頭を下げた。
「陛下もお元気で。
姉を宜しくお願い致します」
私はそう言って、フォルクハルトに支えられながら馬車に乗り込む。
お兄様たちの乗る馬車が先に出発し、後から私たちの馬車も動き始めた。
騎士たち歩兵たちが周囲を固めて一緒に動きだす。
私が最後に見た王は、派手にくしゃみをして、慌てた侍従たちに城に連れ戻される姿だった。
あーあ。あんな薄着で出てくるから…
風邪なんかひかなきゃ良いけど。
ガラガラと車輪の音を響かせて、馬車は軽快に真冬の道を進んでゆく。
ここに来たときは、まだまだ残暑が厳しかった。
あと半月もすれば花々も咲き初めるだろう。
見たかったな、ルーマデュカの春。
私の小さなお庭に、シモンと一緒に秋にたくさんの球根を植えた。
一斉に芽吹いて花を咲かせるのを、楽しみにしていたのに。
窓の外を見ながらぼんやり考え込んでいると、隣に座っているフォルクハルトが私の膝にブランケットをかけてくれた。
「ああ、ありがとう」
「フィリベール陛下という王は、見た目はあんなに美しくて貴公子然となさっておられますが、なんだか乱暴で粗野なお方ですね」
フォルクハルトは座席のシートに寄りかかって不満そうな口調で言う。
「そうかしら…
どんなところが?」
「リンスター様の腕を痛いほど掴んだり、乱暴な言葉遣いをなさったり鬘も被らずに人前にいらっしゃったり」
「ああそうね…」
私は頷く。
確かに王様らしくないところもあるわね。
だけどちゃんとした場では、凛々しく風格ある王、って雰囲気も出せるのよ。
「先ほど陛下が仰っていた、国葬の時の言葉とは何ですか?
忘れるなと強く仰っておられましたが…」
「いえそれが全然…」
心当たりないのよ。
私は首を横に振る。
あの時王はなんと言っていたかしら。
私は思い出そうとする。
『バルバストルのオランド枢機卿に対しての裁判で、一方的で私刑だと余は言ったが、余がバルバストルやアンヌ=マリーにしたこともそれと同じではなかったのか』
苦しげな口調でそう言っていたことは覚えている。
だけど、それが…何?
判らないわ~
考え出したら心が壊れてしまいそうだったから。
警備の問題で、なるべくならお兄様と一緒に帰ってこいという通達があったらしく、何も考える気力すら剥ぎ取られて、気づけば晩餐会から2日後の朝には帰国するべく、極寒の外にいた。
幸い日差しはあり、白い息を吐きながら馬車の前にフォルクハルトと一緒に佇んでいると、騎士隊長のディートリヒがやってきて額ずいた。
『姫様、お久しぶりでございます。
と申しましても、たった半年でございますが…
今回もまた、メンデエルまで警護をさせていただきます』
ディートリヒは優しく笑い、私はなんだか妙に安堵して微笑んだ。
『こんなに早く、またディートリヒのお世話になるとは思わなかったわ。
自分が情けないけど、よろしくお願いしますね』
私が言うとディートリヒは目を瞠って、それからくしゃっと泣き笑いのように顔を歪めて深くお辞儀した。
『寒いですね、馬車に乗りましょう』
フォルクハルトが私の肩を抱いて、御者が開けた扉から馬車に乗り込もうとした。
その時背後がざわめき、「陛下!」とグレーテルが大きな声で言ってさっとお辞儀した。
振り返ると、鬘もつけておらず薄着の王がこちらへ走ってくるところだった。
私もフォルクハルトも、馬車の階にかけていた足を降ろし、振り向いてお辞儀する。
お供の者たちを置き去りにすごい速さで私の前まで走ってきた王は、息を切らしながら私の前に立って手を伸ばして私の腕をつかむ。
「痛っ…」
私はその強い力に顔を顰め、フォルクハルトは「陛下!そのような乱暴は…」と私の腕から王の手を外そうとするが、王はがっちりつかんで離さない。
「出発は、明日だと、聞いていた。
何故、そなたはいつも…」
王は荒い息で言い、それから怖いくらいに真剣な表情で私を見つめる。
「国葬の時の馬車内で俺が言った言葉を、忘れるなよ」
「…?」
私は意味が判らず、不得要領な顔になってしまう。
王は舌打ちし、グレーテルに「しっかりお守り申し上げるように」と短く言う。
グレーテルは少し笑って(苦笑したように見えた)、「畏まりました。心得てございますわ」と深くお辞儀する。
何なの、この暗黙の了解みたいな空気。
フォルクハルトは「お止めください陛下」と強く言って、私の腕にかかった王の手を外し、私の肩を抱いて引き寄せる。
王は一瞬、険しい表情になり、私たちから顔を背けた。
「道中、気をつけて。
元気で暮らすように」
横を向いたまま王は言って、私とフォルクハルトは頭を下げた。
「陛下もお元気で。
姉を宜しくお願い致します」
私はそう言って、フォルクハルトに支えられながら馬車に乗り込む。
お兄様たちの乗る馬車が先に出発し、後から私たちの馬車も動き始めた。
騎士たち歩兵たちが周囲を固めて一緒に動きだす。
私が最後に見た王は、派手にくしゃみをして、慌てた侍従たちに城に連れ戻される姿だった。
あーあ。あんな薄着で出てくるから…
風邪なんかひかなきゃ良いけど。
ガラガラと車輪の音を響かせて、馬車は軽快に真冬の道を進んでゆく。
ここに来たときは、まだまだ残暑が厳しかった。
あと半月もすれば花々も咲き初めるだろう。
見たかったな、ルーマデュカの春。
私の小さなお庭に、シモンと一緒に秋にたくさんの球根を植えた。
一斉に芽吹いて花を咲かせるのを、楽しみにしていたのに。
窓の外を見ながらぼんやり考え込んでいると、隣に座っているフォルクハルトが私の膝にブランケットをかけてくれた。
「ああ、ありがとう」
「フィリベール陛下という王は、見た目はあんなに美しくて貴公子然となさっておられますが、なんだか乱暴で粗野なお方ですね」
フォルクハルトは座席のシートに寄りかかって不満そうな口調で言う。
「そうかしら…
どんなところが?」
「リンスター様の腕を痛いほど掴んだり、乱暴な言葉遣いをなさったり鬘も被らずに人前にいらっしゃったり」
「ああそうね…」
私は頷く。
確かに王様らしくないところもあるわね。
だけどちゃんとした場では、凛々しく風格ある王、って雰囲気も出せるのよ。
「先ほど陛下が仰っていた、国葬の時の言葉とは何ですか?
忘れるなと強く仰っておられましたが…」
「いえそれが全然…」
心当たりないのよ。
私は首を横に振る。
あの時王はなんと言っていたかしら。
私は思い出そうとする。
『バルバストルのオランド枢機卿に対しての裁判で、一方的で私刑だと余は言ったが、余がバルバストルやアンヌ=マリーにしたこともそれと同じではなかったのか』
苦しげな口調でそう言っていたことは覚えている。
だけど、それが…何?
判らないわ~
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