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第十一章 帰国
10.クラウスの決意
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ドレスを着替えて髪を解き、メイクを落として私がほっと一息ついたとき。
クラウスが姿を現して「姫様、少しお話宜しいでしょうか」と言った。
「クラウス!
あなたどこ行ってたのよ」
私はクラウスを手招きして、テーブルの向かいに座るように促す。
しかしクラウスはちょこちょこと歩いて私の前に来て立つ。
「姫様が大変な時に、お傍に居られず申し訳ありません。
ガレアッツォ様の研究のお手伝いをしておりました。
陛下からの急なご下命で、研究を進めなければいけなかったもので、ガレアッツォ様も不眠不休で働いておられました」
そう言って深々と頭を下げる。
「クラウスがガレアッツォ翁の研究の手伝いを?
うんまあ、それは…以前にもやっていたし、別にいいと思うけれど…」
だから何?
私は話の先が見えずに首を傾げた。
クラウスは、何度か口を開いて何かを言いかけては言いよどみ、うつむいて自分を鼓舞するように手を握りしめて、幾度も逡巡する様子をみせて、ようやく顔を上げた。
私は、こんなクラウスを見るのは初めてだったし、なにか嫌な予感がして不安になり、何も言えずにただ彼が話し始めるのを待っていた。
「姫様、私は…
ルーマデュカに残って、ガレアッツォ様の研究室で働きたいと思っております」
苦渋の滲む顔で、クラウスは一気に言った。
私は、自分の顔からさっと血の気が引くのを感じ、目の前が一瞬、真っ暗になって椅子の肘掛けにしがみつく。
「姫様!」
傍に控えていたグレーテルがさっと私の身体を支えて、椅子の背に寄り掛からせた。
「嘘、嘘でしょうクラウス…
どうして?
あなただけは、わたくしにどこまでもついてきてくれると思っていたのに…」
言いながら私の頬を涙が伝うのを止められない。
先ほどの、王の言葉の衝撃がまた甦ってきて、私は嗚咽した。
「クラウスまでわたくしのことを見捨てるの?」
自分でも抑えのきかない悲しみが胸にいっぱいに広がり、つい詰るような口調になってしまう。
私は心のどこかで期待していたのかもしれない。
王は、もしかしたら、私をメンデエルには帰さないかもしれない、と。
だって、私の姿を見て綺麗だって言ってくれた。
でも厳然と、冷徹に。
王は皆の前で宣言した。
私と離婚すると。
クラウスはぐっと唇を噛みしめ、泣いているような声で謝罪した。
「申し訳ありません、姫様。
私は…この国に来て生まれ変わりました。
メンデエルでは人として遇してすらもらえなかった私が、ここでは人から頼りにされ必要としていただける。
こんな幸せが存在すると知って私は…」
「判ってるわ」
私はクラウスの言葉を遮った。
判ってる。
私だってそうだもの。
王への、気持ちさえなければ。
私だって先王妃様の養女になるなりジェルヴェの妻になるなりして、この国に何が何でも残っただろう。
こんなにお母様に会いたいと思いつめることはなかっただろう。
私は涙を拭って、クラウスに微笑んだ。
「判ってるわ。
あなたは自身の才覚と努力でここに自分の居場所を築いた。
わたくしだってとても嬉しいことだと思っているのよ。
こんな状況でなければ、もっと喜んであげられたと思うけど…ごめんなさい。
悲しみが勝ってしまうわ、今は」
私はお腹に力を入れ、言葉を絞り出す。
「クラウスがルーマデュカに残ることを許します。
幸せにね。
遠くメンデエルから祈っているわ」
「姫様…
ありがとうございます」
クラウスは顔を上げて、何故か少し微笑んだ。
「姫様にも、すぐにお幸せが訪れますよきっと」
お幸せ?
不幸せじゃなくて?
などとぼんやり考えている私の前に、グレーテルを除く侍女たち小姓たちが並んで頭を下げた。
「姫様…
私どもも、新しいお妃様にお仕えすることが決まりまして。
この国に残るようにとの、王様からのご命令がございました」
「えっ!」
私が驚いて皆の顔を見ると、皆はてんでにあっちを見たりこっち見たりして目を逸らす。
ああ…そうなんだ。
私は妙に納得がいって、脱力して椅子の背にもたれかかる。
だからさっき、私がこの部屋に帰ってきてから皆、明るい表情になっていたんだ。
新しい王妃、すなわちお姉様にお仕えするようにという王からの命令があったから。
深い深い海の底に沈んでいくようだった。
暖かい陽の光はどんどん遠ざかり、冷たくて暗い世界が広がる。
誰も彼もが、お姉様を愛している。
それが現実なんだ。
クラウスが姿を現して「姫様、少しお話宜しいでしょうか」と言った。
「クラウス!
あなたどこ行ってたのよ」
私はクラウスを手招きして、テーブルの向かいに座るように促す。
しかしクラウスはちょこちょこと歩いて私の前に来て立つ。
「姫様が大変な時に、お傍に居られず申し訳ありません。
ガレアッツォ様の研究のお手伝いをしておりました。
陛下からの急なご下命で、研究を進めなければいけなかったもので、ガレアッツォ様も不眠不休で働いておられました」
そう言って深々と頭を下げる。
「クラウスがガレアッツォ翁の研究の手伝いを?
うんまあ、それは…以前にもやっていたし、別にいいと思うけれど…」
だから何?
私は話の先が見えずに首を傾げた。
クラウスは、何度か口を開いて何かを言いかけては言いよどみ、うつむいて自分を鼓舞するように手を握りしめて、幾度も逡巡する様子をみせて、ようやく顔を上げた。
私は、こんなクラウスを見るのは初めてだったし、なにか嫌な予感がして不安になり、何も言えずにただ彼が話し始めるのを待っていた。
「姫様、私は…
ルーマデュカに残って、ガレアッツォ様の研究室で働きたいと思っております」
苦渋の滲む顔で、クラウスは一気に言った。
私は、自分の顔からさっと血の気が引くのを感じ、目の前が一瞬、真っ暗になって椅子の肘掛けにしがみつく。
「姫様!」
傍に控えていたグレーテルがさっと私の身体を支えて、椅子の背に寄り掛からせた。
「嘘、嘘でしょうクラウス…
どうして?
あなただけは、わたくしにどこまでもついてきてくれると思っていたのに…」
言いながら私の頬を涙が伝うのを止められない。
先ほどの、王の言葉の衝撃がまた甦ってきて、私は嗚咽した。
「クラウスまでわたくしのことを見捨てるの?」
自分でも抑えのきかない悲しみが胸にいっぱいに広がり、つい詰るような口調になってしまう。
私は心のどこかで期待していたのかもしれない。
王は、もしかしたら、私をメンデエルには帰さないかもしれない、と。
だって、私の姿を見て綺麗だって言ってくれた。
でも厳然と、冷徹に。
王は皆の前で宣言した。
私と離婚すると。
クラウスはぐっと唇を噛みしめ、泣いているような声で謝罪した。
「申し訳ありません、姫様。
私は…この国に来て生まれ変わりました。
メンデエルでは人として遇してすらもらえなかった私が、ここでは人から頼りにされ必要としていただける。
こんな幸せが存在すると知って私は…」
「判ってるわ」
私はクラウスの言葉を遮った。
判ってる。
私だってそうだもの。
王への、気持ちさえなければ。
私だって先王妃様の養女になるなりジェルヴェの妻になるなりして、この国に何が何でも残っただろう。
こんなにお母様に会いたいと思いつめることはなかっただろう。
私は涙を拭って、クラウスに微笑んだ。
「判ってるわ。
あなたは自身の才覚と努力でここに自分の居場所を築いた。
わたくしだってとても嬉しいことだと思っているのよ。
こんな状況でなければ、もっと喜んであげられたと思うけど…ごめんなさい。
悲しみが勝ってしまうわ、今は」
私はお腹に力を入れ、言葉を絞り出す。
「クラウスがルーマデュカに残ることを許します。
幸せにね。
遠くメンデエルから祈っているわ」
「姫様…
ありがとうございます」
クラウスは顔を上げて、何故か少し微笑んだ。
「姫様にも、すぐにお幸せが訪れますよきっと」
お幸せ?
不幸せじゃなくて?
などとぼんやり考えている私の前に、グレーテルを除く侍女たち小姓たちが並んで頭を下げた。
「姫様…
私どもも、新しいお妃様にお仕えすることが決まりまして。
この国に残るようにとの、王様からのご命令がございました」
「えっ!」
私が驚いて皆の顔を見ると、皆はてんでにあっちを見たりこっち見たりして目を逸らす。
ああ…そうなんだ。
私は妙に納得がいって、脱力して椅子の背にもたれかかる。
だからさっき、私がこの部屋に帰ってきてから皆、明るい表情になっていたんだ。
新しい王妃、すなわちお姉様にお仕えするようにという王からの命令があったから。
深い深い海の底に沈んでいくようだった。
暖かい陽の光はどんどん遠ざかり、冷たくて暗い世界が広がる。
誰も彼もが、お姉様を愛している。
それが現実なんだ。
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