愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

文字の大きさ
上 下
129 / 161
第十一章 帰国

9.帰国の打ち合わせ

しおりを挟む
 宴が果ててから、私はお兄様に呼ばれ、フォルクハルトに抱きかかえられるようにしてお兄様が滞在している部屋を訪ねた。
 私は身体に力が入らず、立っていることもできなくてソファに倒れこむ。

 『リンスター…大丈夫か?
 無理もない、ショックだったろう。
 そなたのそういう姿を見たら、父上やラウツェニング宰相だって少しはご自分のなさろうとしていることを反省なさるだろうが…
 私だって、こんな遣いは本当に嫌だった。
 可哀想なリンスターに追い打ちをかけるようなことをして、本当に申し訳ない』
 メンデエル語で言いながらお兄様は私の前に屈み、そっと前髪をかき上げた。
 
 私は首を横に振る。
 『いえ…お父様や宰相がどう仰ろうと、陛下が承諾なさらなければ成立しない話です。
 わたくしが王妃たり得なかっただけのことです。
 容姿でも教養でもお姉様には適わない』
 言いながら涙がこぼれてくるのを抑えられない。

 『そんなこと仰らないでください。
 私は…私個人は、夢のように幸せです。
 この手にリンスター姫を取り戻せたのですから。
 私と一緒に、メンデエルにお帰りくださいますね?』
 私の肩を抱いて、フォルクハルトは囁く。
 私はうなずいた。

 『リンスター様の教養は、エリーザベト様に決して引けはとらないと思います。
 特に語学の才は目を瞠るものがある。
 私は頭の良いあなたに様々なことを教え込むのが楽しかったのですよ。
 そんなに卑下なさらないでください』
 家庭教師だったユーベルヴェークもお兄様の後ろから声をかけてくる。
 
 教養についてはフォローしてくれても、容姿については何もないのね…
 とか僻んでみる。
 
 『お兄様方は、帰国はいつ頃を考えていらっしゃるの?』
 『そうだな…明日明後日には、と考えているが…』
 お兄様が言い、ユーベルヴェークもうなずく。
 そうよね、もうルーマデュカにいる理由が無いわね。
 
 フォルクハルトは腕に力を込めて私を引き寄せた。
 『私はリンスター姫と一緒に帰ります。
 少し滞在を延ばしても構いません』
 『わたくしがここを去ってからも、お姉様を迎え入れるという大仕事があるわけだから。
 あまり長々と滞在を延ばしているわけにもいかないわ』
 王やこの国の人たちと、これ以上交流するとますます離れがたくなってまう。
 お姉様を迎える準備が進んでいく宮殿を見ているのも辛い。

 『わたくしも3日~4日うちには、ここを離れます。
 家に帰るだけなのだから、ここにあるものは置いて行っていいのだし』
 身の回りのものだけ、持って帰れればそれでいい。
 王からもらったさまざまなものを持って帰ったところで、思い出して辛くなるだけなのだから。

 『判った。
 急ぎ国に使者を送って、向こうの準備をさせる。
 お姉様のことは、リンスターは気にしなくて良いのだよ。
 あなたの思う通りにしたら良い』
 お兄様はそう言って『つらい思いばかりさせてしまって済まない』と私の頭を優しく撫でた。

 フォルクハルトに送ってもらって自室に戻る。
 晩餐会前にこの部屋を出た時は、意気消沈していた侍女や小姓たちが、何となく活気づいて見える。
 どうしたのかしら…
 
 「あ、お妃様、お帰りなさいませ」
 ソレンヌがアクセサリーケースを抱えて明るく言う。
 「いえ…あの、わたくしはもう、お妃様ではないのよ」
 私が言うと「あ、申し訳ありません、お姫様」とまたも朗らかに言って寝室に消える。

 「姫様、先ほどから仕立て屋の者が、姫様をお待ちでございますわ」
 グレーテルの表情も明るい。
 私は「仕立て屋?」とオウム返しに訊く。
 「はい、姫様が今お召しのドレスを少しお直ししたいとかで」

 「王妃様、王室御用達仕立物師のカルノーと申します。
 陛下から命令がございまして、さまざまなドレスを仕立てさせていただきました」
 カルノーは40代くらいの、立派な髭を蓄えた物腰柔らかな男だった。
 洒落たデザインの上衣の袖からたくさんのフリルがこぼれていて、なかなかの伊達男のようだ。

 「そう、あなたが…どうもありがとう」
 私が言うと、カルノーは「勿体ないお言葉でございます」と深くお辞儀した。
 「陛下から、今日のお妃様のドレスについて、少々手直しの依頼がございましたので、罷り越しました。
 お疲れのところ大変恐縮ですが、拝見させていただいて宜しいでしょうか」

 ええ…?
 もう疲れてるし、お妃じゃないし、何で陛下がまだ私のドレスに執着してるのかわからないし。
 ツッコミどころ満載だけど、もう何か言うのも面倒で、私は頷いた。
 
 カルノーは一歩近づいて「では失礼いたします」と呟き、私を立たせたままいろいな角度から眺め、腕につけた待ち針の一杯刺さった針山から待ち針を抜いて、幅や身頃の部分に刺した。
 「陛下は、こういうことがお好きなの?」
 私は手持無沙汰で、カルノーに話しかける。

 「こういうこと、とは?」
 「女性のドレスとか、着飾らせることとか…」
 アンヌ=マリーのドレスもカルノーはたくさん作らされたのかな。

 カルノーは針山をくっつけた腕を横に大きく振る。
 「いえいえいえ!
 今まで、一度もそんなことはございませんでしたよ。
 アンヌ=マリー様がいくら仰っても、まったくご興味なさそうにただうなずいていらして。
 実際、アンヌ=マリー様にドレスをお贈りになったことはありませんでした」

 「ですから私どもも、陛下から妃のドレスを作りたいとご下命があったとき、最初は大変驚きました。
 しかもすごい数で、デザインも膨大な量になりまして」
 思い出したのか、カルノーはくすくす笑う。
 「とにかくご熱心で陛下のご指示が大変細かくて、私どもも苦労いたしましたが。
 陛下のお妃様に対するイメージがはっきりしていらっしゃったので、陛下の情熱に引っ張られるようにして製作いたしました」

 どんなイメージだ…
 聞くのが怖いわ。

 しばらくあちこちに針を刺し、やがてカルノーは満足したように「このドレスはお預かりいたします、でき次第、お届けに上がります」と言った。
 そしてそれは、私の帰国には間に合わなかった。 

 
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...