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第十一章 帰国
1.王太后様の部屋で
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御陵から城へ戻って部屋へ帰ると、私は寒さでガチガチになった手足をお湯に浸し、暖かな部屋で温かいお茶を飲んでほっと息をついた。
寒かったぁ…
だけど、私は馬車の中でまだマシだった。
外にいて見守っていた衛兵や侍従たちは大変だったろうな…
具合悪くなったりしてないかしら。
そこで私は王太后様のお見舞いに行こうと思っていたことを思い出し、侍女たちに指示を出す。
侍女たちが準備している間にドレスを着替え、髪型とメイクを少し変える。
あとどれくらいここに居られるのだろう。
数日…かな。
さっき、馬車の中で王は『そなたと…ずっと生きていきたいと思ったんだ』と言っていた。
理由が退屈しなそうだからっていうのが、どうもアレだけども。
でもそれならどうして、私を離婚してお姉様と再婚するなんて言い出したんだろう。
戴冠式と国葬は私を王妃のまま執り行って、その後改めてメンデエルに求婚に来るって言うのも判らない。
私の意思なんて関係ないところで、私の人生に関することが決められていく。
小国の第二王女なんてこんなものだ。
国に帰っても、元から決められていた婚約者であるフォルクハルトと再婚させられて、城を出るだけの話だ。
私の自由なんてどこにもない。
お姉様は良いなあ。
女好きと悪評高く、大公爵の令嬢という愛妾がいる王太子に嫁にやりたくないからと、病弱を理由に結婚させられずに済んで。
でも王太子のことが好きで、王太子が公爵を弾劾し愛妾も一緒に幽閉して身軽になったら即、私を離婚して王妃になるなんて。
…僻んでも仕方のないことだけど。
他国で流行っているという、ポセットという温かい飲み物を準備してアドルフに持たせて部屋を出た。
先に王太后様にはお部屋をお訪ねする旨をお知らせしてあり、了承の返事を得てある。
広い王宮の中をひたすら歩いて、王太后様のお部屋に着く。
衛兵たちがさっと通してくれて、次の間の侍従が大きな声で私の到着を報せてくれた。
「…リンスター、来てくださってありがとう」
「王太后様、お加減はいかがですか」
大きな座椅子に座っている王太后様のお顔の色は良くない。
椅子の後ろにはジェルヴェがいて、いろいろ気遣っていた。
私はアドルフと王妃様の侍女に指示して飲み物を王太后様に差し上げた。
王太后様は「…甘い香り、美味しそう」と少し微笑まれて、温めたカップに注いだポセットを口に含む。
「あ、美味しいわ」
「ベルクセイア・バーグマン国で最近流行っている飲み物だそうですの。
温めた牛乳と生クリームに柑橘の果汁と砂糖を入れたものです」
「そう…温まるわ。
あなたのこういう優しい心遣いに、身体も気持ちも」
王太后様はそう言って、半分ほど飲んで侍女にカップを渡した。
「…ありがとう。
少し落ち着いたわ…」
「こちらこそ、ドレスを贈ってくださって、ありがとうございました。
陛下も、そなたに合っているとお褒めくださいました」
「フィリベールは、まだあんなおかしなことを言っているの?」
王太后様は心配そうに訊く。
私は「おかしなこと?」と首を傾げ、王太后様はじれったそうに言う。
「あなたを離婚して、姉君を娶るという話よ」
「ああ…はい、国葬が終わりましたので、わたくしは祖国に帰ることになろうかと存じます。
王太后様には大変お世話になりました、本当にありがとうございました。
この御恩は一生忘れず、メンデエルで婚約者と再婚します」
私は深く頭を下げる。
王太后様は「そんな…」と言って座椅子の肘掛けに顔を伏せてしまった。
ジェルヴェが私の手を取って、王太后様の向かいのソファに座らせ、自分も隣に座った。
「しかし、明日、リンスターをめぐって、フィリベールと婚約者殿が馬上槍試合をすると通達がありました。
フィリベールが勝てばあるいは、リンスターはこの国に残れるのではありませんか?」
「いえ、それはわたくしをめぐって、というようなロマンチックなことではないようですわ」
私は思わず口をはさむ。
そういう通達の仕方は止めてほしい、全然実態と違うんだから。
私は一昨日の夜、クラウスと話しあったことを、お二人に披露する。
・舞踏会の時に王はお兄様を挑発して怒りを煽り、お兄様はフォルクハルトを焚きつけた。
・フォルクハルトは王の目の前で私を攫うようにダンスをして、王は舞踏会を中座した。
・謝罪に訪れたお兄様とフォルクハルトに、気にしていないと言いながら、一部の貴族は大国の体面を傷つけられたと憤慨しているという話をした。
・そこで決闘として馬上槍試合をしようと王が持ち掛けた。
・どちらが勝っても負けても良い、形式的なものだと王は言って、お兄様とフォルクハルトは承諾した。
「どちらが勝っても負けても…?」
ジェルヴェが訝しげに問い、私はうなずいた。
「ええ…クラウスが言うには。
陛下が勝てば、陛下はわたくしを放棄して、元からの婚約者だったお姉様を勝ち得るということができる。
フォルクハルトが勝てば、フォルクハルトは堂々とわたくしをメンデエルに連れ帰ることができて、両国間の約束事として以前から存在していた、メンデエルの王女を娶るという事項に対して、お姉様が嫁すことができる。
結果として同じことだと」
この王妃交代劇(しかも姉妹姫)という前代未聞のできごとに対して、対外的にまあなんとか理屈が通るようにしたいと思われたのではないでしょうか。
クラウスは苦笑して言っていた。
「じゃあ、いずれにせよ、リンスターは国に帰ってしまうの?」
王太后様は私の方へ身を乗り出すようにして訊き、私は重い気持ちでうなずいた。
寒かったぁ…
だけど、私は馬車の中でまだマシだった。
外にいて見守っていた衛兵や侍従たちは大変だったろうな…
具合悪くなったりしてないかしら。
そこで私は王太后様のお見舞いに行こうと思っていたことを思い出し、侍女たちに指示を出す。
侍女たちが準備している間にドレスを着替え、髪型とメイクを少し変える。
あとどれくらいここに居られるのだろう。
数日…かな。
さっき、馬車の中で王は『そなたと…ずっと生きていきたいと思ったんだ』と言っていた。
理由が退屈しなそうだからっていうのが、どうもアレだけども。
でもそれならどうして、私を離婚してお姉様と再婚するなんて言い出したんだろう。
戴冠式と国葬は私を王妃のまま執り行って、その後改めてメンデエルに求婚に来るって言うのも判らない。
私の意思なんて関係ないところで、私の人生に関することが決められていく。
小国の第二王女なんてこんなものだ。
国に帰っても、元から決められていた婚約者であるフォルクハルトと再婚させられて、城を出るだけの話だ。
私の自由なんてどこにもない。
お姉様は良いなあ。
女好きと悪評高く、大公爵の令嬢という愛妾がいる王太子に嫁にやりたくないからと、病弱を理由に結婚させられずに済んで。
でも王太子のことが好きで、王太子が公爵を弾劾し愛妾も一緒に幽閉して身軽になったら即、私を離婚して王妃になるなんて。
…僻んでも仕方のないことだけど。
他国で流行っているという、ポセットという温かい飲み物を準備してアドルフに持たせて部屋を出た。
先に王太后様にはお部屋をお訪ねする旨をお知らせしてあり、了承の返事を得てある。
広い王宮の中をひたすら歩いて、王太后様のお部屋に着く。
衛兵たちがさっと通してくれて、次の間の侍従が大きな声で私の到着を報せてくれた。
「…リンスター、来てくださってありがとう」
「王太后様、お加減はいかがですか」
大きな座椅子に座っている王太后様のお顔の色は良くない。
椅子の後ろにはジェルヴェがいて、いろいろ気遣っていた。
私はアドルフと王妃様の侍女に指示して飲み物を王太后様に差し上げた。
王太后様は「…甘い香り、美味しそう」と少し微笑まれて、温めたカップに注いだポセットを口に含む。
「あ、美味しいわ」
「ベルクセイア・バーグマン国で最近流行っている飲み物だそうですの。
温めた牛乳と生クリームに柑橘の果汁と砂糖を入れたものです」
「そう…温まるわ。
あなたのこういう優しい心遣いに、身体も気持ちも」
王太后様はそう言って、半分ほど飲んで侍女にカップを渡した。
「…ありがとう。
少し落ち着いたわ…」
「こちらこそ、ドレスを贈ってくださって、ありがとうございました。
陛下も、そなたに合っているとお褒めくださいました」
「フィリベールは、まだあんなおかしなことを言っているの?」
王太后様は心配そうに訊く。
私は「おかしなこと?」と首を傾げ、王太后様はじれったそうに言う。
「あなたを離婚して、姉君を娶るという話よ」
「ああ…はい、国葬が終わりましたので、わたくしは祖国に帰ることになろうかと存じます。
王太后様には大変お世話になりました、本当にありがとうございました。
この御恩は一生忘れず、メンデエルで婚約者と再婚します」
私は深く頭を下げる。
王太后様は「そんな…」と言って座椅子の肘掛けに顔を伏せてしまった。
ジェルヴェが私の手を取って、王太后様の向かいのソファに座らせ、自分も隣に座った。
「しかし、明日、リンスターをめぐって、フィリベールと婚約者殿が馬上槍試合をすると通達がありました。
フィリベールが勝てばあるいは、リンスターはこの国に残れるのではありませんか?」
「いえ、それはわたくしをめぐって、というようなロマンチックなことではないようですわ」
私は思わず口をはさむ。
そういう通達の仕方は止めてほしい、全然実態と違うんだから。
私は一昨日の夜、クラウスと話しあったことを、お二人に披露する。
・舞踏会の時に王はお兄様を挑発して怒りを煽り、お兄様はフォルクハルトを焚きつけた。
・フォルクハルトは王の目の前で私を攫うようにダンスをして、王は舞踏会を中座した。
・謝罪に訪れたお兄様とフォルクハルトに、気にしていないと言いながら、一部の貴族は大国の体面を傷つけられたと憤慨しているという話をした。
・そこで決闘として馬上槍試合をしようと王が持ち掛けた。
・どちらが勝っても負けても良い、形式的なものだと王は言って、お兄様とフォルクハルトは承諾した。
「どちらが勝っても負けても…?」
ジェルヴェが訝しげに問い、私はうなずいた。
「ええ…クラウスが言うには。
陛下が勝てば、陛下はわたくしを放棄して、元からの婚約者だったお姉様を勝ち得るということができる。
フォルクハルトが勝てば、フォルクハルトは堂々とわたくしをメンデエルに連れ帰ることができて、両国間の約束事として以前から存在していた、メンデエルの王女を娶るという事項に対して、お姉様が嫁すことができる。
結果として同じことだと」
この王妃交代劇(しかも姉妹姫)という前代未聞のできごとに対して、対外的にまあなんとか理屈が通るようにしたいと思われたのではないでしょうか。
クラウスは苦笑して言っていた。
「じゃあ、いずれにせよ、リンスターは国に帰ってしまうの?」
王太后様は私の方へ身を乗り出すようにして訊き、私は重い気持ちでうなずいた。
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