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第十章 戴冠式及び国葬

8.急な報せ

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 晩餐会は滞りなく進み、デザートを堪能しているときに執事が背後に来て、そっと耳打ちする。
 「王陛下よりお聞き遊ばしておられると存じますが…
 この後、舞踏会の予定でございます。
 あまり、その…召し上がられると…」

 げっ!
 私は、今まさに口に入れようとしていたパイを、思わずぽとっと皿に落っことす。
 隣で王が噴き出したのが判って、私は焦って「えっ、聞いていないわ」と執事に囁く。
 この後は、外国のゲストの方々と少し歓談して終わりだったはず…
 
 「先程、この晩餐会の前に急遽決まりましたのです。
 ジェルヴェ先王弟殿下、エスコフィエ侯爵閣下、その他大勢の貴族の方々から、ぜひ王妃陛下のダンスを諸国の来賓各位にご披露いただきたいと、それは強いご要望がございまして…」
 執事は困り果てたように小さな声で言う。

 えー!
 決まった時点で言ってよ!
 お腹いっぱい食べちゃったよ!
 ってかそもそも、外国の来賓にお見せできるようなダンスは踊れないから!

 ちょっと、隣でうつむいてずーっと笑ってる王!
 あなた知ってたんでしょう?!
 執事が「王陛下よりお聞き遊ばしておられると」って言ってたし。

 私が横目で睨むと、王は私の視線に気づいて顔を上げ、可笑しそうに片頬をあげたまま口を開いた。
 「だから先程、乾杯の時に言おうと思って『今夜この後』と言いかけたところで、侍女に促されてそなたが着席してもうそれからは、晩餐しか目に入らないようだったから遠慮してしまったのだよ」
 
 嘘っ!
 そんな変なとこで遠慮しないでよ、いつも強引なくせに!
 絶対わざとでしょう…

 恨めしく思って王を見る。
 王は咳払いして、きまり悪そうに私の方へちょっと身を乗り出した。
 「あー…悪かった。
 そなたの、料理を前にした表情が愛らしくて、声をかけそびれたのだ。
 美味しそうに食べる仕草を見ているのが好きなのだよ」

 照れたように微笑み、私の頬にそっと触れて姿勢を戻す。
 私はドキドキ激しく打つ心臓の鼓動を持て余し、フォークを置いて身体の前で両手を握りしめる。

 ずるい…
 今になってそんなこと言うなんて酷い。
 そんなこと言われたら嫌いになれない。

 ああ、でも、そうか。
 お姉様に私が王のワルクチを吹き込むとでも思っているのかしら。
 お姉様に嫌われたくないから、私のご機嫌を取っておこうとでも?

 もういいわ。
 私はフォルクハルトとメンデエルに帰る。
 王のことなんか忘れて、メンデエルで幸せに暮らすんだから!

 その後、テラスのある大きなバンケットホールに大移動した。
 急遽決まったらしいのに、ホールは豪華にダンスパーティらしく設えられ、楽団オーケストラも揃っている。
 部屋の隅の方には飲み物のカウンター、軽食も用意されていた。

 すごいわぁ…
 さすが大国ルーマデュカ。
 しごでき執事の能力も半端ない。

 「リンスター!」
 急ぎ足で私に近づいてきたのは、ソロモン。
 リンディア帝国の衣装で正装し、長いシュマーグを被って綺麗な装飾を施したイガールを着けている。
 黒目勝ちの透明感のある瞳が、白い民族衣装に映えて、ため息が出るほどの美しさだ。

 「あ、ソロモン久しぶり…」
 抱きつこうとするソロモンの腕を背後から強く引っ張って制したのは、腹心の部下イドリースだ。
 「皇子!
 そういう節操のないことはお止めくださいと、何度も申し上げておりますよ!
 ここはルーマデュカ王国です、我が国とは親愛の情の示し方が違うのです」

 ソロモンは怒ったようにイドリースの手を払う。
 「お前はいつもいつもうるさいんだよ。
 リンスターは独身に戻って私の妃になるのだから、大丈夫だこれくらい」
 
 私は抱きつかれる前に慌てて身体を引き、ドレスの裾を踏んで後ろに倒れそうになる。
 その私を「!危ない!」という声と共に背後から抱き留めたのはオーギュストだった。
 「大丈夫でございますか、妃陛下」
 「あ、ありがとうオーギュスト」
 私はオーギュストの腕から身体を起こしてお礼を言う。

 「ソロモン殿下…お気持ちは判りますが、この場でそういう行為はいけませんよ」
 穏やかな声がして、ガレアッツォ翁がにこにこしながら現れた。
 ゆったりしたシルエットの、上等な生地で作られた大きな襟のついているセーを羽織って、如何にも知識人然とした風格を漂わせている。

 「ガレアッツォ翁!
 お珍しいですね、あなたがこのような席にいらっしゃるとは…」
 いつの間にか夫妻で傍に来ていた、カンタール伯爵が驚いたようにガレアッツォ翁に言った。
 
 ガレアッツォ翁は手を挙げて鷹揚に笑う。
 「私もここに居られる方々と同じく、妃陛下のダンスを拝見するのが大好きなのですよ。
 私は踊れないので残念ですが、目の保養に参りました」

 「急遽舞踏会が設定されたとお聞きして、もう矢も楯もたまらず参上しました。
 晩餐会の席が足りなくて別室に居りましたのですが…」
 と言いながら、デュモルチエ男爵夫妻が仲良くやってくる。

 「それについては、私とジェルヴェ殿下に感謝して欲しいものですな」
 エスコフィエ侯爵夫妻が笑いながら現れる。
 「リンスター妃陛下、その節は大変お世話になりました。
 妻がようやく、あの時の恐怖から立ち直りまして、今日はお祝いに馳せ参じました」
 エスコフィエ侯爵と夫人は深く腰を折ってお辞儀する。
 私も「まあ、それはようございました…大変でしたわね」と夫人を労う。

 「ジェルヴェ殿下、それからベルリオーズ公爵など錚々たる方々が、ぜひ舞踏会の開催をと陛下にお願い申し上げたのです。
 私ももちろん、一度妃陛下と踊っていただきたいと熱望するファンの一人でございますから。
 陛下も、それはお考えだったようで、割とすぐに承諾が得られましたが…」

 あれ?
 そう言えば王は?
 
 私は周りにできた人垣の中に王がいないことに気づいて辺りを見回した。
 
 
 
 
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