上 下
109 / 161
第十章 戴冠式及び国葬

1.装い

しおりを挟む
 翌朝、私の顔色は最悪だった。
 いつもは楽しそうにお化粧してくれるジョアナも、私のあまりに濃いクマと化粧のりの悪い肌に困り果てていた。
 私は「もう…いいわ、どうせ美しくなんてならないのよ」と投げやりに言って、ジョアナにとある化粧品を渡した。

 ジョアナは渡されたそれを見て、ひどく困惑して泣きそうになる。
 「お妃様…
 いつもと全然違っていらして、わたくしはどうしたら…」
 私は鏡越しのジョアナに、少し笑いかけた。

 「…ごめんなさいね。
 これを使ってくださる?」
 それでも渋るジョアナをなだめすかして、化粧をする。

 鏡に映る私の顔は、誰?というくらい真っ白だった。
 鉛のパウダーを使った、輸入物の究極の美白化粧品だ。
 そこへ濃いピンク色のチークをはたき、唇に朱を差す。
 目の周りに目張りみたいな黒くて太いアイラインを引き、瞳にベラドンナを点眼して瞳孔を開く。
 
 …滑稽な顔。
 こういうのが好きなんでしょう、あの王太子は。

 ドレスも、王太子が「露出が多い」と言って気に入っていなかったものを選ぶ。
 娼婦のように、背中を大きく抜いてみた。
 「お妃様…ちょっとこれはさすがに、モードにしても行き過ぎな気が…」
 ルイーズが恐る恐るというように、私の格好を見て評する。

 髪型は、鬘を使って大袈裟に盛り上げてみた。
 あちこちをリボンや宝石で飾る。
 重い。
 首が折れそう。
 
 いつもと違いすぎる私の言動に、皆は理由はよく判らないながら恐れをなして、遠巻きに見ている。
 私は姿見に映る自分の全身をじっと見つめ、やがて自分が哀れになってきた。
 
 バカバカしい。
 こんなの、あのバカ王太子の思う壺じゃないの。
 
 あんな奴の言うことなんか、気にしてやらない。
 わたくしを誰だと思っているの?!
 
 最後まで毅然として、何も気にしてない、あなたのことなんて何とも思っていないことを態度で示して、メンデエルに堂々と帰ってやる。

 鏡の中の自分に、不敵に笑ってみせる。
 リンスター、さあ、自らを憐れむのはおしまい。
 自分を尊敬できるよう、変えていくわよ!

 ふうっと息を吐く。
 遠巻きにしている皆が、びくっと身体を震わせるのを見て、私は可笑しくなって笑い出した。
 突然笑い出した私を呆然と見守る皆の顔が可笑しくて、また笑う。

 「悪ノリしちゃってごめんなさい。
 これ、あまりにも変だから、普通に戻すわ。
 手伝ってくれるかしら」
 笑いの残る表情で話しかけると、事情を知っているグレーテルとユリアナ以外の皆はホッとしたように笑いあって、私の方へ近づいてきた。

 王太子が作ってくれたドレスは、申し訳ないけど、着たくない。
 何故、王太子がこんなことをしたのか、判らない。
 言行不一致ってやつなのかしら。
 もうどうでもいいけど。

 着替えて化粧も落として、薄い化粧を施す。
 ジョアナは常々「お妃様はお肌の肌理きめが細かくてとてもお美しいので、このままの方が映えますわ」と言っていて、あまり塗りたくるのを嫌っていたからだ。
 ジョアナの渾身のメイクは、確かに私によく似あっていて、派手ではないけれど上品な清楚さを演出してくれるようだった。

 「この季節に生花なんてよく手に入ったわね」
 私の頭の形に沿って可愛らしく結い上げた髪に、淡い色の生花を挿しているソレンヌに声をかける。
 ソレンヌははにかんだように笑って「庭師のシモンが、温室とやらいう花壇を持っていて、そこでは冬にも花が咲くそうです」と言った。
 
 へえ、温室…
 今度行ってみたいわ。

 そう考えて、心が重くなる。
 そうだ、私はもう、用済みの王太子妃だった。
 シモンともきっともう、話もできないで帰るのだ…

 ドレスは、侍女たちと作ったものにした。
 一番お似合いですわ!と絶賛してくれたものだ。
 淡いバラ色のローブデコルテのドレスは、私の首元や、日焼けしていなくて白い肌の部分を程よく上品に見せてくれる。
 敢えて、宝石はジャラジャラと着けない。
 ソレンヌが丹精込めて作ってくれた、目の細かいレースの手袋をはめて、私たちは皆、満足のため息をついた。

 さあ、行こう。
 最後の舞台へ。
 


しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...