愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第九章 戴冠式の準備

12.メンデエルの事情

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 それからどうやって部屋に帰ったのか、私は気が付くと居間の長椅子に寝かされていた。
 『リンスター王女殿下…』
 私の額を優しく撫でているのは。

 『フォルクハルト…』
 私は妙に懐かしいようなフォルクハルトの泣き顔を見て名を呼んだ。
 『リンスター、大丈夫か』
 フォルクハルトの背後から、お兄様が心配そうに顔をのぞかせ、私はこの状況が恥ずかしくて両手で顔を覆った。

 夢であってくれたらと思ってしまう。
 でも夢ではなくて、現実に起こったことなのだ。
 王太子は、私を離縁して、お姉様を娶ると…そう、言ったのだ。

 私が起き上がろうとすると、フォルクハルトが私の背に手を差し入れて起こしてくれた。
 そのまま、抱きしめられる。
 『リンスター王女殿下、お会いしたかった。
 夢のようで…本当のことのようには思えません。
 あなたがまた再び、私の許へ帰ってきてくださるなんて』
 フォルクハルトは感極まったように涙声で囁き、私は戸惑ってフォルクハルトの身体を押して離す。

 『何を言っているの…
 あなたは私のことなんて、何とも思っていなかったでしょう?
 親の決めた結婚だから、唯々諾々と従っていただけで。
 わたくしはあなたからどう思われていたかなんて判っているつもりよ』
 グレーテルやユリアナが駆け寄ってきて、私の乱れた服や髪を直してくれる。
 私は先ほどの衝撃からまだ立ち直れず、途方に暮れて大きく息をついた。

 『いやいや、リンスターそれは違うよ』
 お兄様が見かねたように話しかけてくる。
 『お兄様…』
 顔を上げてお兄様の精悍な顔に目を向けると、お兄様は『悪かったね、あんなことを言って』と申し訳なさそうに私の頭を撫でた。

 『少し話をしたいから、人払いしよう』
 お兄様はそう言って、私に心配そうに寄り添うグレーテルに目配せする。
 グレーテルは渋々、立ち上がり、皆に声をかけながら一緒に出て行く。

 『お兄様、クラウスは…』
 部屋の隅にいて、動こうとしないクラウスを見て、何か話したいことがあるのだろうと察した私はお兄様にクラウスが残っても良いか聞こうとした。
 『なんだ、リンスターが可愛がっていた嬬人か。
 連れてきていたのか、知らなかったな』
 お兄様は驚いたように言って『まあ、別にいてもいなくても同じだから、置いといて良いだろう』と鷹揚に言う。

 クラウスは黙って頭を下げる。
 その姿は、メンデエルにいたころのようで、私は胸が痛む。

 『リンスター…
 何から話して良いのか判らないけど、フォルクハルトの気持ちは疑わないでやって欲しい。
 フォルクハルトは、本当にむかーしからそなたのことを愛していたよ。
 ルーマデュカにそなたの輿入れが決まったときの嘆きようといったら、慰める言葉もないほどだった』

 『アウフレヒト侯爵や公爵夫人も、結婚式が終わってから到着して、どんなにリンスターがルーマデュカで冷遇されているかを、繰り返し語ってくれた。
 大使の私的な書簡でも、リンスターの寂しそうな生活ぶりを憂う文言が連ねられていて、母上がどれほどお嘆きだったか…』

 私はうつむいて両手を握りしめる。
 お母様にご心配をかけたくなかった。
 だから私の手紙には、楽しい事しか書かなかったのに。
 隣に座ったフォルクハルトが私の肩を抱いて、優しく腕をさする。

 『お姉様は、本当に隣国までいらしていたの?』
 『ああ。
 本当は私たちとご一緒にルーマデュカまでいらしているはずだったのだが、やはりそんな長旅にはお身体が耐えられなくて、隣国までしかいらっしゃれなかった』

 『姉上は本気で、あの女好きと評判で愛妾までいるフィリベール王太子がお好きだったようなんだ。
 そしてリンスターが急遽、ご自分の代わりに嫁がされることに心を痛めておられた。
 フィリベール王太子はお手紙などでも優しかった、リンスターに冷たいのは、国同士の約束で期待していたわたくしではなかったからだと父上にずいぶん抗議なさったようだ。
 母上も、当然猛抗議だしねえ』

 あの、お姉様が…
 お優しくて、およそ誰かに何かご意見なさるとか、ましてお父様に抗議なさるとか、考えられない。
 お母様はともかく。

 『そうしたら、ルーマデュカの情勢が、突然大きく変わったとの報告があった。
 世界のあちこちに放ってある我が国のスパイたちからの報告も時を同じくしてルーマデュカの政変を伝えてきたから、我が国の王室は騒然となった。
 陛下の崩御と同時に、フィリベール王太子が自国の大公爵を弾劾し、愛妾の公爵令嬢ともども国の果ての城に幽閉したと』
 そう言ってお兄様は、重く吐息をつく。

 『この無理無体な王妃交換劇を言い出したのは、ラウツェニング宰相だ。
 父上は、掌中の珠である姉上や、頭の上がらない母上に責め続けられることにうんざりしておられたので、その話に乗られた。
 私や弟妹たち、ユーベルヴェークは反対したのだが…』

 『ラウツェニングは、リンスターには王妃になるほどの美貌も能力も無いと最初から主張していた。
 姉上こそが大国の王妃にふさわしいと。
 だから愛妾が居なくなり、王の権力を脅かすほどの大公爵も一掃されたルーマデュカならと、積極的に姉上を推した。
 リンスターはどうせ王太子に愛されていないし、王妃になっても王を支える力量はないと』
 
 お兄様は暗い表情で訥々と、感情を交えずに言う。
 私は涙が止まらなかった。
 フォルクハルトに抱きしめられ、その胸で泣きじゃくる。

 ラウツェニングの言う通りだわ。
 私ごときが、こんな大きな国の王妃になるなんて、そんな夢を見てはいけなかった。
 王を支えて国を発展させていきたいなんて、ましてや、いつか王に愛されたいなんて、思ってはいけなかったんだ。



 
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