愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第九章 戴冠式の準備

4.変わる日常

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 翌日から、私はジェルヴェの言った通り、今までとは比較にならない多忙を極めることになった。
 王太子って…サディストなの?!
 というくらい、朝から呼び出され、夜まで拘束される。

 最初は、かの慇懃無礼な執事が呼びに来たところから始まった。
 私は忘れもしない、最初にこの国に到着した時の、コイツのあしらいを思い出してまた腸が煮えくり返る。
 しかし執事は、そんな事象は存在しなかったかのように、無礼を取った慇懃さで広い広い王宮の中を縦横無尽に歩き回り、私をどこかへ案内していく。

 この変わり身の早さが、王宮で出世していくコツなのかしら。
 私は腹立ちを懸命に抑えながら黙ってついていく。

 「殿下、妃殿下をお連れ申し上げました」
 そう言って、衛兵が恭しく開ける扉を待って、片手で部屋の中を指し示しながら私にお辞儀をした。
 
 え、王太子の部屋?
 私は戸惑いながら足を踏み入れる。

 「妃か」
 と声がし、奥からラフな格好の王太子が髪をかき上げながらこちらへ歩いてきた。
 私はその場で片足を引いてお辞儀をする。
 お辞儀しながら、何故か胸がドキドキと早く打つのに気づいた。

 「寒くないのか、そんな恰好で…」
 自分だって上着も着ないで、見た目は寒そうよ。
 部屋がめちゃめちゃ暖めてあるから、暑いくらいだけど。
 私はそう言いたいのをぐっとこらえて「はい、メンデエルはここよりずっと寒うございましたので」と答える。

 「ふうん…
 女性は皆、寒がりなのかと思っていた。
 アンヌ…」
 と言いかけてはっと口をつぐみ、顔を背けた。

 「…今日は着替えなどがあるから、部屋は暖めてあるが、寒かったら言ってくれ」
 そう言って私の手を取り、次の間へ誘う。
 私は心にどすんと鉛の塊をぶち込まれたような気がして、一気に気持ちが沈んでゆく。
 
 アンヌ=マリーって言おうとした…
 そりゃそうよね、今までずっと、ここにはアンヌ=マリーがいたんだもの。
 昨日、大勢の人の前で、愛する人を晒し者みたいにしてしまったことを悔いているのでしょう。
 
 次の間に入って私は驚いて足を止める。
 ドレスが、アクセサリーが、メイク道具が、鬘が、その他女性のこまごましたものがあちこちに置かれ掛けられ広げられ、広い部屋の中は足の踏み場もないほどになっている。
 そしてたくさんの侍女たちが並んでいて、私たちが入って行くと一斉にお辞儀をした。
 
 「・・・・・」
 一瞬、王太子の趣味かと思って、私は唖然としたまま王太子の顔を見る。
 王太子は、急に立ち止まってしまった私を振り返り、自分を見つめる私の表情から意図を読み取ったようで、真っ赤になって「違う!別に俺の趣味じゃない!」と怒鳴るように言った。

 「戴冠式のドレスを、以前から考えていたんだ。
 そなたには淡い色が似合うと思って、仕立て屋と生地の染色からデザインまでさまざまに試作して、出来上がったドレスをここにすべて運ばせた」
 不貞腐れたように言う王太子の顔を眺めて、私は再度呆気にとられる。

 私の、戴冠式のドレス??
 アンヌ=マリーのじゃなくて?

 王太子は私の腰に手を回して、部屋の中のドレスがたくさん置いてあるところに導きながら小さな声で言う。
 「今まで何もしてやれなかったから…
 そなたから、いろいろとやってもらうばかりで。
 父上も母上も、そして私も、そなたには感謝している。
 司厨長と考えてくれたという、そなたのポトフやパイシチューに私はどれほど慰められ励まされたか判らない」
 ありがとう、と耳元で言われて、私はまた胸がドキドキと大きく脈打つのを感じる。
 
 「しかし、真冬だというのに、そなたの肌の色はあまり白くならないのだなぁ…
 日焼けだけはちょっとどうにかしてもらわなくてはと、叔父上やジョアナに頼んで美白の化粧品などを渡してもらったはずなのだが」
 王太子は私の頬を撫でて、いかにも残念そうに言い、私はいろんな意味で赤面する。

 あの美白化粧品の数々は、王太子からだったのか…
 私もジェルヴェにお願いして取り寄せてもらったりはしてたけど、なんか数とか種類が多いなとは思ってた。
 
 「メンデエルにいたころ、わたくしの仕事のひとつに国内の作物の出来不出来や作高などの管理がございまして、城の中でも畑を作っておりました、ので…
 日焼けはもう当然と申しますか」
 うつむいて言い訳のように言いながら、だんだん腹が立ってくる。

 別に、私が日焼けしていようといなかろうと、あなたには関係ないんじゃないの?
 また他のご愛妾候補がわんさか控えているんでしょうよ。
 女好きの王太子って、外国にまでその名が轟いているんだから。

 しかし王太子は、私の頤に手を添えて顔をあげさせると、少し微笑んだ。
 「そうか、それは知らなかった。
 失礼なことを言ってしまっていたのだな。
 これからはそなたのような健康的な肌色を、そなたがルーマデュカの宮廷のモードにしたら良い。
 母上に代わり、今後はそなたが宮廷の中心になるのだから」
 
 
 
 
 
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