愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第六章 事件前夜

6.サロンという名の…

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 「大変楽しかったです!
 このような経験は初めてだ。
 また遊びに来させてくださいね、約束ですよ絶対ですよ」
 としつこく言うドゥラクロワ子爵を適当にあしらって、二人を送り出した後、私はクラウスを呼んだ。

 「お妃様、お菓子とても美味しかったですよ。
 とくにショコラの方が秀逸でしたね。
 ベルクセイア・バーグマン国の、あのショコラにも勝るとも劣らない出来栄えだと…」
 一生懸命、新作菓子の感想を述べてくれるクラウスの言葉を遮り、私は専用の低い椅子に腰かけるように促す。

 クラウスは怪訝そうに、でも私の真剣な表情に気圧されるように、すとんと腰を下ろした。
 「…なんでしょう」
 「クラウス、あなたはスレイマン皇子の噂を聞いたことある?」
 藪から棒の質問に、クラウスは目をしばたたかせたが、やがてその濃いブラウンの瞳に納得したような光が浮かんだ。
 
 「…先ほどの子爵様が何か、仰いましたか」
 「あなた、つい先日、お城の中を散歩してきて何かを言いかけていなかった?
 私つい聞き逃していたのだけど…」
 「つい漏らしてしまった、独り言だったのですが。
 さすがでいらっしゃいますね、お妃様」
 クラウスは苦笑して、座りなおし話し始めた。

 「最近、とある貴族の方が、宮殿の端にある塔から身を投じて自死を図られたという話が聞こえてきまして。
 その貴族というのがアンヌ=マリー様のサロンの常連でいらして、どうも賭博による借金で首が回らなくなっていたらしい、と」
 「まあ…」
 思いがけない話に、私は息を呑む。
 仮にもサロンと銘打つのだから、賭け事とは言っても軽い遊びのようなものだと思っていた。
 自殺者が出るなんて…

 「先程、お妃様がお尋ねの、スレイマン皇子様ですが。
 やはりここ最近、頻繁にサロンをお訪ねになっていらっしゃるようです。
 リンディア帝国では、賭博で相当な放蕩を重ねていらっしゃったとか。
 下手をすれば国同士のトラブルに発展しかねない、と。
 王宮内のごく一部ですが、そういう噂が流れているのも事実です」
 そうだよね…
 私もそこが一番の心配の種だと思う。
 
 「胴元はやっぱり、大公爵ってことなの?」
 私は辺りを憚るように、小声で訊く。
 さっき、ドゥラクロワ子爵がわざとらしく隠そうとした言葉の意味はそうだろう。
 クラウスは私の顔を見て、目顔で頷く。
 私は思わず天を仰いだ。

 ルーマデュカ国中の交通を掌握していて、鉱山なども所有しているという大公爵がやってることなのか。
 王様でも止められないってことなのかしら。

 「誰かが助けてあげることはできなかったのかしら…」
 「亡くなった貴族は、そもそもはアンチ公爵派だったそうで…
 巧妙な仕掛けがあった、という人もいるようです。
 大公爵殿は、どうも、後ろ暗いところがある」
 クラウスは考え込むように呟く。

 私はその言い方に、ちょっと違和感を感じた。
 「ねえ、クラウス。
 あなたの情報収集力には信頼を置いているけど。
 噂を集めただけで、そんなに詳しく知れるもの?」
 いつもよりも伝聞が多く、考察の部分が少ない気がする。

 クラウスははっとしたように私を見て「そうですよ?」と苦笑する。
 うーん、なんか怪しいといえば怪しいけど…
 そんなに詳しい内情を、クラウスに話す人がいるのか?と問われたら、それも確かに疑問だし。

 その時、突然部屋の扉がバンっと開いて「リンスター!ひどいじゃないですか!」と大きな声と共に飛び込んできた人物に、私もクラウスも驚いて飛び上がった。

 
 
 
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