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第六章 事件前夜

1.ダンスの披露

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 「ああ、そう言えば。
 以前、ジェルヴェ殿下が仰っておられたダンスについてやっとお見せいただけるのかな。
 王太子妃殿下にお会いする機会に恵まれたらぜひ、拝見したいと思っておりましたのです」
 30歳前後の、笑顔の素敵な男性が奥様らしき若い女性と微笑みあいながら言う。
 
 確かデュモルチエ男爵だったかしら。
 夫婦仲が宜しいのね、何より。
 っていうか、ジェルヴェが言ってたダンスってなに?
 私と何の関係があるの??

 「デュモルチエ男爵ご夫妻は、ダンスがお好きですからね。
 宮廷の舞踏会でもいつも花形でいらっしゃるのですよ」
 ジェルヴェはそう言って私に笑いかける。

 「とんでもない!
 殿下や、王太子殿下に比べたら私どもなど…
 ですから今日は、ジェルヴェ殿下が絶賛なさる王太子妃殿下のダンスをぜひ拝見したいと。
 それから、お二人が考案なさったという新しいダンスも」
 「えっ」

 私は思いがけない言葉に、びっくりしてデュモルチエ男爵夫妻をまじまじと見てしまう。
 私の驚きようにデュモルチエ男爵夫人が「王太子妃様…何か、いけないことを申しましたでしょうか」と焦ったように問う。

 「え…ああ、いえいえ。
 ちょっと驚いてしまって…
 あのダンスは、ジェルヴェとわたくしが退屈しのぎに遊びでやっていたもので、とても他人様にお見せできるようなものではないのです」

 ジェルヴェったら、そんな内輪のことまで皆さんにお話ししているなんて…
 しかも私のダンスを絶賛とか、勝手にハードル上げるのやめて欲しい。

 「あら、わたくしもぜひ見たいと思っておりましたのよ。
 だって結婚式でフィリベールとリンスター妃のダンスは素敵だったし、とても評判が良かったの。
 フィリベールがあんなに楽しそうに踊っているのを初めて見たわ」
 王妃様まで声をかけてくる。

 楽しそうだった…?
 あれが…?
 私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになる。

 「さようですね。
 2曲目も無理やり追加して、きょとんとしているリンスターが可愛らしかったな」
 ジェルヴェがくすくす笑いながら私の頬を撫でる。

 「ぜひ、ご披露くださいよ」
 カンタール伯爵が重ねて促し、クリスティーヌも「わたくしもジェルヴェ殿下のダンス、拝見したいです」と判りやすく援護する。

 えーやだぁ、面倒…
 「まあまあリンスター、せっかくですから。
 皆様に見ていただきましょう」
 ジェルヴェは笑いを含んだ声で言い、侍従に合図する。
 
 侍従が次の間から連れてきたのは、宮廷の楽士で第一ヴァイオリンの人だった。
 王妃様が笑ってジェルヴェを軽くにらむ。
 「最近、しょっちゅうジェルヴェ殿下が連れて行ってしまうものだから、宮廷のオーケストラは大変なのよ。
 今日もフィリベールとアンヌ=マリーは困ってるかも知れないわね」

 あー…やっぱそうだよねぇ。
 ご迷惑お掛けしています…

 楽士は王妃様に深くお辞儀して、おもむろにヴァイオリンを構える。
 ジェルヴェは嬉しそうに私の手を取り、お辞儀した。
 私も仕方なく、ドレスのスカートをつまんで膝を折る。

 ジェルヴェと考えた新たなダンスは、ルーマデュカで今流行りのアップテンポなステップに緩急つけて、更に早くしたところとゆっくり舞うように踊る箇所を作ったものだ。

 私は最初こそしぶしぶという感じだったけど、ジェルヴェの軽快で美しいリードに引っ張られるように、次第にギャラリーの存在も忘れ夢中で踊っていた。

 
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