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第五章 サロン
11.サロンにて・Ⅰ
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明るすぎない、適度な灯りがともされた広い部屋には、まだそれほど大勢の人はいなかった。
幾人かが椅子に掛けた王妃様を囲んで、和やかに談笑している感じ。
王妃様は、私とジェルヴェに気づくと、その美しい面にぱっと笑顔を浮かべて手招きした。
私たちが近づいていくと王妃様の周りいた諸侯が道を開けてくれて、私は王妃様の前に立ち、片足を引いて深くお辞儀する。
「本日は、お招きに与りまして、大変恐悦に存じ上げ奉ります。
王妃様に置かれましては…」
私が挨拶を述べ始めると、王妃様はほほほと上品に笑う。
「そのような堅苦しい挨拶は不要ですよ。
ジェルヴェ殿下にどうお聞きになっていらっしゃるか判らないけれど、ここは、気さくでフランクなサロンでございますの。
楽しいひと時を、お過ごしいただけると嬉しいわ」
そう言って、私の方へ少し身を乗り出す。
「いらしてくださってありがとう。
わたくしたち皆、あなたにお会いするのを楽しみにしておりましたのよ。
先日の晩餐会のことなども、詳しくお聞きしたいわ」
なんで、今まで無視だったのに…突然掌を返したように…
とか僻むのはやめよう。
ここに居られるだけで良いんだ。
私はまた深くお辞儀をした。
顔を上げて気づく。
あれ…王妃様の隣で椅子に腰かけてるのは。
ガレアッツォ翁だわ。
お茶目にウィンクなんかしてくる。
私は笑い出しそうになってしまって、慌てて表情を引き締めた。
それから、また何人かの人(地位の高い上級貴族ばかりだった)が部屋に案内されてきて、部屋は冬だというのに人いきれで暖かかった。
私は王妃様から少し離れた椅子に座り、飲み物の提供を受けた。
あ…温かいショコラ。
嬉しくなって少しずつ口に含む。
「皆様お揃いのようですわね。
では、始めましょう。
今宵は、フィリベール王太子の妃である、リンスター妃が初めて参加してくださいました。
皆さま、よろしくお願いいたしますわね」
王妃様が優雅に私を紹介してくれ、皆の視線が一斉に私の方を向く。
私は立ち上がってお辞儀をし、「リンスターでございます。よろしくお願いいたします」と緊張してまるでデビュタントのようなか細い声で言う。
拍手が起きて、私はドキドキしたままもう一度頭を下げて椅子に腰かける。
意外と暖かい雰囲気だったような気がしてほっとした。
噂に違わず、王妃様のサロンは素晴らしく教養深く、洗練されていて私は夢中になって聞いていた。
ジェルヴェは私の後ろに立って、発言している貴族の名前を逐一教えてくれる。
王妃様はもともとイルマーニ王国の王女で、今上陛下に15歳で嫁いできたらしい。
イルマーニ国と言えば、世界一と言われる文化国家で、非常にレベルの高い文明と学問や芸術に秀でている。
そういえば、ガレアッツォ翁の出身地もイルマーニ王国だと言っていたわ。
やがて休憩となり、立食形式で軽食が供される。
ジェルヴェに促されて、私は立ち上がり部屋の隅に設えてあるテーブルの方へ行った。
メンデエルにいたころはエスコートしてくれる男性が、いなかったわけではないけれどほぼ壁の花だった。
ジェルヴェが洗練された動作で私を誘ってくれるのがなんだか申し訳ないような気がして甘えていちゃいけないと思い、だけどとても嬉しかった。
「そう言えば、先日の晩餐会で、最初に出てきたお料理の中に豚肉が入っていて、リンスター妃はリンディア帝国の皇子が宗教上の理由で食べられないことにお気づきになったのよね?
あれは…ちょっと見たことのないお料理だったような気がしたのだけど」
王妃様が私に声をかけてきた。
私は持っていたお皿をジェルヴェに渡し、王妃様に向き直る。
「はい、さようでございますわ。
図書室の本を読み、ガレアッツォ翁の講義を拝聴しまして、リンディア帝国周辺の宗教について学んだことが思い出されたのでございます」
私はそこで一度息をついて、また話す。
「それから…あの豚肉のお料理は、ザウアーブラーテンと申しまして、わたくしの出身国メンデエルの伝統的な料理のひとつでございます。
わたくしは、その、ここの司厨長と懇意にしておりまして…わたくしもあの場にザウアーブラーテンが出ることは存じませんでしたが、きっと司厨長が珍しい料理をと考えてくれたのだと思いますわ。
ルーマデュカ風にアレンジされておりましたので」
その場が少しざわめく。
私は萎縮して、ジェルヴェを見上げた。
なんか…まずいこと言ったかしら。
どうしよう、司厨長がペナルティを受けるようなことになってしまったら…
ジェルヴェはにっこり笑って、大丈夫ですよ、というように私にウィンクしてみせる。
「なんと、リンスター妃殿下は、あのガレアッツォ様の講義をお受けになり、世界的名シェフの司厨長とも懇意であられるのか…」
驚き、感心したように声を上げたのは、カンタール伯爵(ジェルヴェに教えてもらった)だった。
王妃様も手を打ち合わせて少女のように笑う。
「あのお料理、とても美味しかったのよ。
リンディア帝国の皇子には申し訳ないけれど、またぜひいただきたいわ」
幾人かが椅子に掛けた王妃様を囲んで、和やかに談笑している感じ。
王妃様は、私とジェルヴェに気づくと、その美しい面にぱっと笑顔を浮かべて手招きした。
私たちが近づいていくと王妃様の周りいた諸侯が道を開けてくれて、私は王妃様の前に立ち、片足を引いて深くお辞儀する。
「本日は、お招きに与りまして、大変恐悦に存じ上げ奉ります。
王妃様に置かれましては…」
私が挨拶を述べ始めると、王妃様はほほほと上品に笑う。
「そのような堅苦しい挨拶は不要ですよ。
ジェルヴェ殿下にどうお聞きになっていらっしゃるか判らないけれど、ここは、気さくでフランクなサロンでございますの。
楽しいひと時を、お過ごしいただけると嬉しいわ」
そう言って、私の方へ少し身を乗り出す。
「いらしてくださってありがとう。
わたくしたち皆、あなたにお会いするのを楽しみにしておりましたのよ。
先日の晩餐会のことなども、詳しくお聞きしたいわ」
なんで、今まで無視だったのに…突然掌を返したように…
とか僻むのはやめよう。
ここに居られるだけで良いんだ。
私はまた深くお辞儀をした。
顔を上げて気づく。
あれ…王妃様の隣で椅子に腰かけてるのは。
ガレアッツォ翁だわ。
お茶目にウィンクなんかしてくる。
私は笑い出しそうになってしまって、慌てて表情を引き締めた。
それから、また何人かの人(地位の高い上級貴族ばかりだった)が部屋に案内されてきて、部屋は冬だというのに人いきれで暖かかった。
私は王妃様から少し離れた椅子に座り、飲み物の提供を受けた。
あ…温かいショコラ。
嬉しくなって少しずつ口に含む。
「皆様お揃いのようですわね。
では、始めましょう。
今宵は、フィリベール王太子の妃である、リンスター妃が初めて参加してくださいました。
皆さま、よろしくお願いいたしますわね」
王妃様が優雅に私を紹介してくれ、皆の視線が一斉に私の方を向く。
私は立ち上がってお辞儀をし、「リンスターでございます。よろしくお願いいたします」と緊張してまるでデビュタントのようなか細い声で言う。
拍手が起きて、私はドキドキしたままもう一度頭を下げて椅子に腰かける。
意外と暖かい雰囲気だったような気がしてほっとした。
噂に違わず、王妃様のサロンは素晴らしく教養深く、洗練されていて私は夢中になって聞いていた。
ジェルヴェは私の後ろに立って、発言している貴族の名前を逐一教えてくれる。
王妃様はもともとイルマーニ王国の王女で、今上陛下に15歳で嫁いできたらしい。
イルマーニ国と言えば、世界一と言われる文化国家で、非常にレベルの高い文明と学問や芸術に秀でている。
そういえば、ガレアッツォ翁の出身地もイルマーニ王国だと言っていたわ。
やがて休憩となり、立食形式で軽食が供される。
ジェルヴェに促されて、私は立ち上がり部屋の隅に設えてあるテーブルの方へ行った。
メンデエルにいたころはエスコートしてくれる男性が、いなかったわけではないけれどほぼ壁の花だった。
ジェルヴェが洗練された動作で私を誘ってくれるのがなんだか申し訳ないような気がして甘えていちゃいけないと思い、だけどとても嬉しかった。
「そう言えば、先日の晩餐会で、最初に出てきたお料理の中に豚肉が入っていて、リンスター妃はリンディア帝国の皇子が宗教上の理由で食べられないことにお気づきになったのよね?
あれは…ちょっと見たことのないお料理だったような気がしたのだけど」
王妃様が私に声をかけてきた。
私は持っていたお皿をジェルヴェに渡し、王妃様に向き直る。
「はい、さようでございますわ。
図書室の本を読み、ガレアッツォ翁の講義を拝聴しまして、リンディア帝国周辺の宗教について学んだことが思い出されたのでございます」
私はそこで一度息をついて、また話す。
「それから…あの豚肉のお料理は、ザウアーブラーテンと申しまして、わたくしの出身国メンデエルの伝統的な料理のひとつでございます。
わたくしは、その、ここの司厨長と懇意にしておりまして…わたくしもあの場にザウアーブラーテンが出ることは存じませんでしたが、きっと司厨長が珍しい料理をと考えてくれたのだと思いますわ。
ルーマデュカ風にアレンジされておりましたので」
その場が少しざわめく。
私は萎縮して、ジェルヴェを見上げた。
なんか…まずいこと言ったかしら。
どうしよう、司厨長がペナルティを受けるようなことになってしまったら…
ジェルヴェはにっこり笑って、大丈夫ですよ、というように私にウィンクしてみせる。
「なんと、リンスター妃殿下は、あのガレアッツォ様の講義をお受けになり、世界的名シェフの司厨長とも懇意であられるのか…」
驚き、感心したように声を上げたのは、カンタール伯爵(ジェルヴェに教えてもらった)だった。
王妃様も手を打ち合わせて少女のように笑う。
「あのお料理、とても美味しかったのよ。
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