愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

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第五章 サロン

9.サロンへの招待

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 「おや、ガレアッツォ翁、いらしていたんですね」
 「こんばんは。ご機嫌麗しくあそばしますね、ジェルヴェ殿下」
 ガレアッツォ翁は温和な笑みを浮かべて、お辞儀をする。

 ジェルヴェは踊りだしそうなほど機嫌よく、ガレアッツォ翁の両手を取って上下に振る。
 「そりゃそうですよ!
 今宵のリンスターときたら、本当にかっこよかったんですよ!
 リンディア帝国の文化や宗教に通じているばかりか、リンディア帝国の言葉まで話せるとはねえ…
 リンスターの語学の才能は素晴らしい!
 このルーマデュカの王妃に相応しいと思いませんか」
 「さようでございますね」
 ガレアッツォ翁は苦笑してされるがままになっている。

 ジェルヴェはガレアッツォ翁の手を離すと、私の方へ駆け寄るように近づく。
 咄嗟に身構える私を、苦笑いしながら自然な動作でふわっと抱きしめた。
 「リンスター…
 あなたはどこまで私を虜にするのだろう…
 私ばかりか、今日初めて会った皇子まで、すっかりあなたの魅力に屈してしまった」

 私はジェルヴェの腕から逃げ出そうと身をよじる。
 しかしジェルヴェは力を込めて私を腕の中に閉じ込めてしまう。
 「スレイマン皇子は、最後あなたに何をおっしゃったのですか?
 お二人にしか通じない言葉でお話しなさっておられるのは妬けてしまいますよ」
 「別に…大したことは話していないわ」
 びくともしない男性の膂力りょりょくに私は抵抗を諦めて、ジェルヴェの腕の中で小さく首を振った。

 「そうやってあなたはいつも…私の想いなど素知らぬ顔で、この腕から逃げてしまう。
 どうやったらあなたの自由奔放な心をとらまえて、ずっと私の許に置いておくことができるのだろう」
 切なく呟くように言い、私の額にキスをした。
 
 ジェルヴェの言葉が嬉しくないわけではない。
 宮廷の女性たちの人気を一身に集めていると言われる王弟殿下にこんな告白をされて、夢をみているようにぽうっとなってしまうのは、若い女性ならばむしろ当然のことだろう。
 ましてやここは謹厳実直質実剛健なメンデエルではなく、自由闊達天衣無縫なルーマデュカなのだ。
 
 そう考えて、私ははっと気づく。
 そっか、そうよね。
 洗練された女性たちとの恋多きジェルヴェにとって、私なんか、ちょっと毛色の変わった粗野で珍しい生き物を見るような感じなんだわきっと。
 
 「ジェルヴェ殿下、王太子妃様はお疲れのようですよ。
 殿下がお部屋に入ってきたときの感じでは、何かお話があったのでは?」
 急に萎れてしまった私の様子に目敏く気づき、ガレアッツォ翁が助け船を出してくれる。

 ジェルヴェは「あ、そうでした。ご報告があったのでした」とガレアッツォ翁の方を向いて言い、私の身体を離して、私の膝の裏辺りに手をあて少し屈むと、私を抱きあげてソファに座らせた。
 隣に座って、私の顔を覗き込むようにしながら話す。

 「今日のことで、先ほどフィリベールはアンヌ=マリー嬢を叱責しました。
 いつもアンヌ=マリー嬢の言いなりになっているフィリベールにしては非常に珍しいことで、やはりルーマデュカにとってリンディア帝国との良好な関係性を保っていくことが重要だと考えているのだと思います。
 はっきりとは言いませんでしたが、リンスターの助けがあったことも匂わせた」
 ええ…それは言わなくてよかったのに。
 あのおっかないパパさんが、また私のコルセットをきつく締めるように侍女を買収したりしたら嫌だわ。

 「それから、王妃殿下が、リンスターをご自身のサロンにお招きしたいと仰せになったのですよ」
 得意げに言うジェルヴェに、私は訳が分からず首を傾げる。
 「ほう、それは凄い。
 エウフラージア王妃様のサロンと言えば高い教養と宮廷のモードの最先端とで近隣諸国でも有名で、招かれることは大変な名誉だとお聞きしますよ」
 ガレアッツォ翁が言うが、ジェルヴェは「王妃殿下のサロンの常連であるあなたが何をおっしゃいます」と笑った。
 
 そんなところに私なんかがお邪魔していいのかしら。
 不安になってしまってジェルヴェの顔を見る。
 ジェルヴェはふっと微笑んで、私の髪にキスした。
 「三日後に次回のサロンが開かれます。
 私がエスコートします、何も心配せずに楽しみにしていらっしゃい。
 今を時めく紳士淑女がお集まりで、リンスターなら絶対に楽しめますから」

 結局、私はジェルヴェに何もかも頼り切りなのだ。
 弄ばれているのだとしても、それはそれとして受け入れるしかない。
 悲しいけれど…私の運命なのだろう。

 どこにも居場所などありはしない。
 自分の国を追われるようにして出てきた。
 ここにしがみついて生を全うすることだけを考えよう。

 ジェルヴェのことも、スレイマン皇子のことももちろん王太子のことも、誰のことも私は好きになんてならない。
 
 
 
 
 
 
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